第13話『最後のチャンスだったのにね』
テーブルに料理が運ばれて、食べる、正確には食べているのだが……明らかに綾芽のペースが遅い。
よく噛んで、落ち着いて食べる。
先輩との談笑中は手を止め、偶に僕にも話を振ってくる。
僕が話している間も手を止め、区切りが付いたらまたゆっくりと食べ始める。
頼んだのがパスタとサラダだから、多少時間が経っても、そんなに大きな味の変化は無い。
全部計算された、嫌がらせ。
菜々美の方も注文はしていて、飲み物を汲みに行くのは男の方。
さっき横を通り過ぎた時、思わず視線を向けそうになったのを、綾芽に足を蹴られたことで制止した。
「あ、でさ、本題なんだけどさ」
と、わざとらしく声のトーンを上げて話始める綾芽。
本題?分からないでいると、綾芽が続ける。
「あ、いや、こんな軽いノリでいう事ではないんだけど────……見たのが恋歌先輩だから確定って事じゃないことを前置きに聞いてね」
その前振り、特に『見た』という言葉に、嫌な予感がする───というか、一つしかない。
「菜々美さん、浮気してるかも」
僕たちは今日、菜々美の浮気の真相を確かめる為に集まり、菜々美を尾行し、そして、結論付けた。
たとえ、ほんのわずかの可能性で、浮気はしていないというのが真相でも、でも今の段階では『菜々美は浮気している』と、そう思うのが自然だから。
それなのに、敢えて確定情報じゃなく、更に、僕ではなく恋歌先輩が見たと、あくまで疑いの段階であることを菜々美に聞かせる────菜々美が浮気をしているかもしれないと、その情報が僕の耳に入ったことを知らせる。綾芽が出来る最大の一手。
それが理解出来るから、僕はそれに乗る。
「どういうことですか、恋歌先輩」
「えっ、あ、えーっと」
そんな話聞いてないとばかりに、露骨に戸惑っているが、実際に先輩はあの場を見てるから、すぐに話し始める。
「この間、駅の付近を歩いてた時に、菜々美さんを見て」
「それで?」
「後輩くんじゃない、知らない男の人と歩いてて……バレないように、後を追ったら、その……ホテルに……」
「……間違いないんですか?」
「私も、その、菜々美さんと直接話したことは無いので、後輩くんと一緒に居るのを、偶に遠巻きに見るだけで、自信は無いんですけど……。ただ、写真が」
「写真?」
「写真を撮って、綾芽さんに確認してもらったんです」
「どうだった?」
「……自分で見た方が納得するでしょ」
そう言って、念の為に綾芽が自分のスマホを渡してくる。
写真は写ってない。
スリープ状態で、黒い画面に、酷い顔の自分が反射して映ってるだけ。
「……綾芽は、どう思った?」
「菜々美さんで間違いないと思ったよ」
「この写真を見る限りは……そうだな、僕にも菜々美に見えるよ」
そう言ってスマホを綾芽に返す。
「ちょっと様子を探った方が良いよ。もちろん、浮気してる前提で、ね」
「分かった。でも、僕だけじゃ難しいから、綾芽も気にかけてくれ」
「当然」
「わ、私も、何かお手伝いできることがあれば、言ってください」
「ありがとうございます」
殆どこの前に似たやりとり、だけど、大きく違う事がある。
それは────僕が、菜々美の浮気を前提として行動していること。
そして、それは、菜々美が聞いていたこと。
弁明は……しに来ないか。
「……最後のチャンスだったのにね」
そう小さく綾芽が呟くのを、僕は聞き逃さなかった。
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