第12話『容赦ないな』
涙を流しそうになるのを必死に堪え、深呼吸をし、自然体でいられるよう努める。
そんな僕を心配に思ったのか、綾芽がスマホを操作し、メッセージを送ってくれた。
さぞかし、今度は妹からの慰めに涙を堪えることになるくらいに僕を思った優しい言葉が送られてくるんだろうと、スマホの画面を見ながら待機していると────。
『突撃しちゃう?』
慰めの言葉なんかじゃなかった。
突撃、か────……確かに、それで全てが終わる。
回りくどいことをしなくても、証拠を集めなくても、問い詰めなくても────ここで、全てを終わらせることが出来る。
きっと、このファミレスに入ってからの菜々美とあの男の会話も恋歌先輩が録音してただろうし、親族と言い訳をすればそれは菜々美の親に確認すればそれで詰む。
絶好の、チャンスだ。
だけど、だけど僕は首を左右に振った。
『こんなところで騒ぎを起こしたくない』
土曜日の昼間、ファミレスで、浮気した、されたなんて話をして揉めだしたら、このネット社会において、どんな影響が出てくるか分かったもんじゃない。
それは避けたいんだ。
『人も多いし、そうだね、それは後にする。だけど、お腹減ったし、ご飯は食べるよ』
後半は口で言えばいいだろうに。
わざわざ隠密に伝えてくる理由は───って、さすがに考えすぎか……いや、あの顔────。
あの顔は、何か悪だくみを企ててる時の顔だ。
嫌な笑みを浮かべて、メニュー表を先輩と見ている。
その時間は不自然に長く、お腹が減ったという割には、直ぐに決める様子も無い。
まるで時間稼ぎ────……時間稼ぎ、あっ。
「容赦ないな、お前」
綾芽は時間を稼いでいるんだ。
その為に、メニュー表を見て悩むふりをし、そして、実際に料理が届けば、いつもよりもゆっくり、先輩と談笑に花を咲かせながら食べ進めることだろう。
時間を稼ぐために……菜々美の生理現象が起きるのを待つために。
『ドリンクバーに行くにも、トイレに行くにも、店を出るにも、必ず私たちの横を通らないといけないからね。辛いと思うよ、でも、私たちはただ、食事をするだけだから、ね』
あくまで、嫌がらせの為の滞在ではなく、食事という、欲求を満たす為の滞在。なら、僕たちに非は無いと、そういうことらしい。
本当に容赦がない、我が妹ながら恐ろしいやつだった。
店の迷惑を考えた僕が止めようとしたのを、何となく察したのだろう、直ぐに店員を呼び、注文をする。
これでもう、店を出ることは出来なくなった。
『顔を隠して出るかもしれないけど、それも対策済みだし……私のお兄ちゃんに酷いことしてるんだから、私は手加減しないよ』
どうも今回の件、穏便には済まなそうだ。
別にそれを望んでいるわけでは無いけど、でも、綾芽が行き過ぎた罰を与えないようには抑制しないと、大変なことになりかねない。
その事は肝に銘じおいた。
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