第11話『お疲れ様』
土曜日の昼時、しかも駅前のファミレスだというのに、待ち時間も無く紅葉先輩が席を取れたのは運が良かった。それも、菜々美と背を合わせる席だなんて────いや、これは運が悪かっただろう。
「勢いで座っちゃったけど、どうすんだよ」
菜々美と背中合わせに座るのが紅葉先輩と、その隣に綾芽。僕は向かいの席に一人で座る。
「どうするって、普通にご飯食べるだけだよ。お昼だし、私お腹減っちゃったよー、ねっ、恋歌先輩!」
「は、はい!」
隠せばいいものの、紅葉先輩の名前を普通に呼ぶ綾芽。
どうして二人とも、さっきまではあんなに隠れて見つからないように尾行していたのに、急にそんな大胆に……。
「お、お前さっきサンドイッチ食べてたろ」
二人の意図が分からない以上、僕もそれに乗っかるしかない。
一時間も前の事だよ、という綾芽のよく分からない発言を聞き流していると、スマホが震える。
綾芽が指と、口パクで、「見ろ」と伝えて来た。
「恋歌先輩何にしますか?」
「どうしましょうか、迷いますね」
何事も無いように会話する二人。
とりあえず、綾芽の言う通りにスマホを確認してみる。
『私たちの存在には気付いたっぽい、静かになったから。菜々美さんはこっちに声を掛けてくれるかな?』
菜々美が声を掛けてくれるか────……ああ、そういう事か。だから、二人はわざと────。
おそらく、二人の作戦はこうだ。
僕に菜々美の浮気を認めさせる為の、一撃。僕たちが近くに居ることに気付かせ、声を掛けてくるかどうかを見る。もし、声を掛けてくれば、一緒に居る男が、僕たちに見られても良い相手と言うことになる。ちなみに、出口に向かうには当然だが立つ必要があるので、男の方を先に帰らすという手は悪手となる。
そして逆に、声を掛けないとなれば、つまりは、あの男は、そういう男ということになる。親戚や、友達だなんてそんな関係の良い訳は出来なくなる。まあ、それが無くても、その前の二人の行動を紅葉先輩が撮影してるんだから、それで十分なんだろうけど。
つまり、これで、菜々美の行動次第で、僕は認めざるを得なくなるという事だ。
「……性格悪」
二人に聞こえないように、だけど、避難しているという訳ではなく、怖く思っただけ。女の子を怒らせたら、怖いと言われる所以を目の当たりにして、だから、頼もしくもなった。
綾芽とならまだしも、僕は今、紅葉先輩と居るこの状況。
菜々美がこの間関係を気にし、呼び方の注意までした相手がと、僕が一緒に居るんだ。今すぐにでも飛び出したいに決まってる。
でも、だから、もう認めるしかない。
「恋歌先輩、ここのペペロンチーノおすすめですよ」
「お兄ちゃんここ来るとそれしか頼まないよね」
「私も好きですよ、ここのペペロンチーノ」
「なんだ、食べたことあったんですね」
「お手頃価格ですから」
紅葉先輩じゃなく、恋歌先輩と呼び、トドメをさす。これで出て来なかったら、もう認めようと、自分の中で決めて、そう呼ぶ。
……ダメか。
「……お疲れ様」
綾芽が僕に対して、どういう意図でそう言ったのかは分からないが、決して、憐れみや、励ましではなく、労いの意味で言ったのは、彼女の優しい笑みから伝わった。
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