第8話『恋歌せんぱーい!お兄ちゃんが病気なの!治してくださーい!』

「変わらないかぁ……まあそうだよね。菜々美さんが変化が露骨な人なら、もっと前から違和感覚えてただろうし。浮気しているかも、って前提があっても変化が無いのなら、隠すのが上手いんだろうね。違うか、騙すのが上手いのか」

 綾芽が言った。

 今は昼休みで、僕と、綾芽と、恋歌────紅葉先輩の三人で屋上のベンチに座っている。

「騙すとか、人聞き悪いこと言うなよ」

「浮気してたらって仮定の話だよ。というか……まあ、いいか。お兄ちゃんの言う通り証拠は写真しかないんだし、浮気を認めろって方が間違ってるか」

「証拠って言うか、本人の口から聞かない限りは認めない」

「はぁ……それって、菜々美さんが家から出て来て、男に会って、ホテルに入って行っても?」

「それでもだ」

「お人好し、じゃないな。もう、馬鹿だよね、本当に」

 それでも結構、と、弁当のおかずを口に運んでいると───。

「ん?」

 綾芽が突然、恋歌先輩の後ろに回っている右腕を掴んだ。

「恋歌せんぱーい!お兄ちゃんが病気なの!治してくださーい!」

「え、あっ、いや、私、医学に詳しいわけでは無いので」

 腕に抱き着いて助けを求める綾芽。

 特におかしいことはない、のに、なんだかすごく違和感を覚えるような光景だった。

 そういえば恋歌先輩、さっきまで箸持ってたけど、なんで腕後ろに回してたんだ?

「でも、そうですね。でも、後輩くんは、素敵だと思います」

「え?」

 唐突に褒められ、思わず照れてしまう。

「だって、こんなにも菜々美さんのことを信頼してて、本人の口から真実を聞かないと認めないだなんて、そんなこと中々言えませんよ」

「だけどさ、恋歌先輩。このままだとお兄ちゃん、その分、傷つくことになっちゃうよ」

「それも、良いと思いますよ。後輩くんが、それを望むなら。不確定の状態で菜々美さんを疑ったまま接するより、信じて裏切られる道を後輩くんが望むなら、それで。その結果傷ついた時は、綾芽さんと私の二人で、たくさん慰めてあげましょ」

「……うん」

 紅葉先輩に言いくるめられたらしい。

 流石は生徒会長に選ばれる人は凄い、なんだか聖母に見える。聖母に会ったことないけど。

「だ、だけど、後輩くんが菜々美さんのことを信じていても、疑っていても、菜々美さんの浮気が真実であっても、そうでなくても、結局、後輩くんが行動を起こさないといけないと思うんです」

「そう、ですね」

「嘘を吐けないように証拠を集めて、真実を菜々美さんの口から聞く。ただ、証拠を集めるという行為は、菜々美さんの疑いを晴らす行為と、後輩くんはそう思っているという認識で間違いないですか?」

「はい」

「じゃあ、例えば、その証拠を集めていく内に、後輩くんの中で、菜々美さんに対する疑いが生まれ、強くなり、それで菜々美さんを問い詰めた時、信じて欲しい、と、そう言われたら、後輩くんはどうしますか?」

「……分かりません」

 答えられなかった。 

 信じます、と、言えなかった……菜々美の口から聞いた言葉が真実、なんて言っておいて、矛盾した回答をしてしまった。

「……綾芽さん、後輩くんのこと、支えてあげてくださいね」

「言われなくても」

 見透かされたんだと思う、紅葉先輩にも、綾芽にも。

 菜々美を信じることで、僕が守ろうとしているものを。

 僕が弱い人間だということを……。

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