第4話『カノジョを信じて悪いか?』

「凛空くんも部活入れば良いのに。運動部じゃなくても、文化部でもさ……そしたら、罪悪感感じることなく一緒に帰れるのに」

「なんだよ、罪悪感って」

「だって、私の部活が終わるまで待ってもらうの、やっぱり申し訳ないなって」

「図書室で待ってることが多いから退屈してないって、嫌なら帰ってるし。だから、そんなこと気にしなくていいから、菜々美は部活頑張って来いよ」

「凛空くんはほんとに、もう、優しいんだから」


 流石に教室で抱き合う訳にもいかず、ハイタッチで一旦別れる僕たち。

 さて、僕も図書室に向かうか────そう思って立ち上がり、教室を出ようとすると、誰かに腕を引かれた。 

 その誰かは顔も見せず、何も言わずに僕のことを引き連れて行くが、それでも、後姿だけでもそれが誰だか分かるから、僕は抵抗することなく連れられた。

 だけど、菜々美を待つ以上、用件ぐらいは聞いておかないと、家に帰る程の急用なら、連絡をしておかないといけない。


「僕をどこに連れて行く気だ、綾芽」

「……」

「綾芽?」


 どう見たって妹の後ろ姿だ。

 だけど、僕の問いかけに答えず、ただどこかに────あ、止まった。


「生徒会室?」


 綾芽が扉をノックして、返事も待たずに「失礼します」と、扉を開けて僕の腕を引いたまま、生徒会室の中へと入って行く。

 

「あ、ありがとうございます、綾芽さん」


 僕たちを迎え入れたのは、昼休み、僕に話しかけて来た、おそらく、駅で菜々美が他の男と歩いていたのを目撃していた女子生徒だった。


「後輩くん、ごめんなさい。でも、どうしてもお話がしたくて……」

「だからって綾芽に頼まなくても……それに、生徒会室も勝手に使って。生徒会とか、顧問の先生に知られたら────」

「いやお兄ちゃん、この人が生徒会長だから」

「……え?」

「相変わらず周囲に興味を持たなすぎ。っていうか、真面目に集会の時に話とか聞いて無いんでしょ」

「大抵、早く終われって思いながら、前日に見たアニメを脳内再生したりしてるな」

「あはは……」

恋歌れんか先輩!大丈夫ですよ!お兄ちゃんが特殊なだけで、殆どの生徒は恋歌先輩の話聞いてますから!」

「い、良いんですよ、どうせ私なんて……あ、ごめんなさい。どうぞ座ってください」


 綾芽と向かい合う様に座り、会長さんに視線を向ける。

 

「えっと、私は、一応生徒会長なので、生徒同士のトラブルは、なるべく解決したいって思ってるんですね。生徒の代表ですし……よく、そこまでしなくていいと言われますが、それでも……。だけど、これはプライベートな事ですから、私が介入して解決するってわけでは無いという事は分かっています……けど、見ない振りは出来なくて。力になれれば、せめて、お話だけでも聞いてあげられたらって、味方になってあげられたらって、そう思って」

「あ、あの」

「はい?」

「えっと、何の話────って、いや、昼の事で、何となく予想は出来ますが」

「見たんだって、恋歌先輩。昨日お兄ちゃんが見たものと、それを見てるお兄ちゃんを」


 綾芽の言葉に小さく頷く会長さん。

 やっぱり居たんだ、だから心配になって、僕の力になろうとしてくれた、か。僕の心が壊れてしまうんじゃないかって、そう思って。


「あれは、違いますよ」

「違う?」

「ええ。見間違いか、何かしら理由があったんでしょう。だから、会長さんが考えているような、浮気なんかじゃない。だから安心して下さい」

「え、え?」

「お兄ちゃん、やっぱり……」

「やっぱり?」


 呆れ顔の綾芽。


「昨日からそんな気がしてたんだよね、浮気だと思って無いって言うか、菜々美さんを信じてるって言うか、だから、特段悲しんでいるようには見えなかった」

「カノジョを信じて悪いか?」

「それ自体は悪くないんだけどね、認めたくないって気持ちも分かるし。でも、妹としては、現実を見て欲しいなって────目を背けて、楽かもしれないけど、でも結果的にはお兄ちゃんを苦しめる……そんな道を歩こうとしているお兄ちゃんを、止めてあげたいんだよ」

「……」

「後輩くん、辛いのは分かります。認めたくないのも、分かります。ですが、綾芽さんの言う通り、このまま行くと、いずれあなたは傷ついて、心が壊れてしまう。それは、菜々美さんのことを無理やり信じれば信じる程に……。だから、一緒に────私が嫌なら綾芽さんとだけでも、お願いですから、菜々美さんが浮気をしていないっていう証拠を見つけてください。あの日の真相を探ってください」

「会長さん……」


 『菜々美さんが浮気をしている証拠』ではなく、『菜々美さんが浮気をしていないっていう証拠』と、その気遣いだけで、会長さんが悪い人ではないのかもって、思えてしまう。


「お兄ちゃん、こんな事言っちゃダメだろうけど、敢えて言うね。絶対、菜々美さんより、恋歌先輩の方が信頼できると思うよ」

「お前はなんでそんなに会長に懐いてるんだよ」

「懐いてるってわけじゃないけど、話を聞いたら信頼できるなって……今回の件に関しては、ってだけだけど」

「気になる言い方だな」

「気にしないで」


 無理だろ、と思いながらも、会長よりも信頼できる妹の言う事だから、これ以上は聞かないでおいた。


「どうでしょうか?」


 会長さんのお願いに対しての答えを聞かれているのだろう────……断る理由は無いか。菜々美が浮気してない証拠を掴めば、綾芽も、会長さんも納得してくれるだろうし。

 それに、いざと言う時は────……。


「やりますよ、カノジョを疑われたままなのは嫌ですし。それと、会長さんにも協力して欲しいです。僕と綾芽だけだと難しい状況があると思うんで」

「もちろんです!」


 嬉しそうに笑う会長さんを見て、本当に生徒の力になりたいんだな、と関心をする。

 もう少し、こう、おどおどせずに、きっちりした感じの性格だったら、もっと生徒会長らしかった────というか、生徒会長の鑑だったんだろうけどな。


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