第2話『だって、お兄ちゃんの事騙してる最低な女だし』

 朝、具体的には、僕の恋人である菜々美が他の男と腕を組んで歩いているところを発見した次の日、月曜日の朝。

 学校へと向かう道のりを、妹の綾芽と並んで歩いている。


「そういえば、あれから菜々美さんからなにか連絡あった?」


 あれから、というのは、昨日、綾芽が僕の部屋を後にして以降のこと。


「ああ、あったな」

「多分だけど、『今日何してた?』とか聞かれたんじゃない?」

「おお、凄いな綾芽は」

「いや、別に私が凄いってわけではないんだけど。ほら、よくある話だし」

「よくある?」

「浮気してる人って、ヤンデレな人と同じくらいに相手の行動が気になるなんて、有名な話だからね」

「そんな話聞いたことないぞ」

「一般常識で、学校でも教えてもらうようなことだよ」


 絶対に嘘だ。


「とまあ、だからね、つまり、相手の行動が気になるの。だって、行動パターンさえ分かっちゃえば動きやすいからね、色々と」

「例えば僕が、毎週日曜日は駅前の漫画喫茶に行くことが分かってれば、そこは避けてしまえば僕にバレる可能性は減るってことか?」

「そうだね、でも……」

「でも?」

「いや、お兄ちゃんが撮った写真さ、菜々美さん変装してなかったなぁって」

「変装?」

「ほら、お兄ちゃんにバレるのもそうだけど、それこそ私とか、付き合っていることを隠しているわけじゃないんだから学校の人だって、見られればすぐにお兄ちゃんにバラされそうじゃない?」

「確かにな」

「なのに、なんでだろって」


 バレるリスクがあるにも関わらず、変装をせずに他の男と腕を組んで歩いている理由、か……思い当たる節は無くは無いのだが、うん、漫画の読み過ぎだな。


「あ、お兄ちゃん、アレ、あそこ」

「おい、人の恋人指差して『アレ』とか言うんじゃない」

「だって、お兄ちゃんを騙してる最低最悪な女だし────というか、お兄ちゃん?まだあの人のこと、恋人とか言ってるの?」

「別れ話をした記憶は僕には全くないぞ」

「うわ、真顔で言ってるよ」


 呆れた表情の綾芽に「ちょっと行ってくる」と言って、小走りで先を歩く菜々美を追いかける。その足音と気配に気付いたのか、菜々美が振り返って、目が合うと、彼女は優しく、そして嬉しそうに微笑んでくれた。

 

「おはよ、凛空りくくん」

「ああ、おはよ」

「綾芽ちゃんもおはよう」

「……お邪魔します」

 

 綾芽の方は菜々美と目を合わせず、誰も目から見ても不機嫌そうにしている。


「綾芽ちゃんの方が先に凛空くんと居たんだし、兄妹なんだから、邪魔なんて思わないよ────って、なんか怒ってる?」

「いいえ、お気遣いいただきありがとうございます」

「やっぱ怒ってる!凛空くんと喧嘩した?」

「いえ、お兄ちゃんとは変わらず、いえ、毎日どんどん仲良くなっているので、安心してください」

「へえ、いいなあ。私もこんなに可愛い妹欲しかったなあ」


 心の底からの笑顔のまま、綾芽のことを撫でようとする菜々美の手を、綾芽は避け、僕たちの前を歩き始める。


「あらら、もしかして、お兄ちゃんと二人きりで居るところを邪魔して怒っちゃったのかな?悪いことしちゃったな」

「菜々美が責任を感じる必要は全くないだろ、僕が話し掛けたんだし。それに、朝合流するの何て、今日が初めてじゃない。あいつも難しい年ごろなんだし、色々あるんだろ」

「んー……あ、それはそうと凛空くん!昨日の返事は酷いよ!」

「え?」

「『今日何してたの?』って聞いたのに、『適当に近くぶらぶらしてた』って。なんか冷たい!」

「そうか?」

「そうだよ!」

「本当に目的無く歩いてただけだから特段何してたってわけじゃないからなあ。うん、でも、不快にさせたなら、ごめん」

「ははっ、冗談だよ」

「冗談?」

「怒ってないよって、だから、謝らないで。だけど、どんな些細な事でもさ、例えば、歩いて何か見たとか、それこそどの辺りを歩いたとか、そういうので良いから聞かせて欲しいんだよ。凛空くんと、色々とお話ししたいんだから」


『浮気してる人って、ヤンデレな人と同じくらいに相手の行動が気になるなんて、有名な話だからね』


 なるほど、強ち間違いじゃないのかもしれない。

 何か見たとか、どの辺歩いたとか、そういうことを聞かせて欲しい────知りたいんだな。僕に会わない為に。

 ……そう、思われても仕方がない状況だ。


「知ってどうするんだ?」

「そりゃ、ほら、暇なときにその辺り歩いたら、偶然会えるかなって」

「その時は普通に連絡してほしいんだけど」

「偶然会うっていうのが良いの!」


 それは付き合う前に行われるイベントでは?なんてことを思わなくも無いが、でも、そういうのに憧れを持つ当たり、菜々美も可愛い女の子ということだろう。

 実際可愛いし。


「あ、じゃあ、一つ」

「ん?」

「昨日、菜々美そっくりな人が居てさ、菜々美ってお姉ちゃんとか居たっけ?それかお母さんだったり?」

 

 分かりやすい────……分かりやすく、表情が強張り、肩に力が入った。







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