裏切られた僕は再び歩き出す

第1話『冤罪で疑うようなこと、したくないから』

「えっと、整理するね。まず、お兄ちゃんは今日、また駅の近くにある漫画喫茶に行ってたんだよね?」


 綾芽あやめの問いかけに、頷きで答える。


「それでその帰り道────……菜々美ななみさんを見かけたんだよね……若い、同い年くらいの男の人と腕を組んで歩いている菜々美さんを」

「本人だとは思いたくないけどな……でも、顔だけじゃなくて、菜々美がよく着る服を着てて、鞄も菜々美の鞄だった」

「私から見ても、これは菜々美さんで間違いないと思う」


 僕が撮った、菜々美が男と腕を組んで歩いている写真とビデオを、二人で見ながら話し合う。

 菜々美────……僕の恋人である彼女のこんな姿、出来れば見たくないのだが、でも、恋人を冤罪で疑うようなことをしたくはない。だから、こうして妹の綾芽と吟味しているのだが……残念ながら、菜々美本人で間違いなさそうだ。


「あ、それで、続きね。この後、お兄ちゃんは二人を尾行したんだよね。菜々美さんかどうかを確認────あ、これはどっちかな」

「どっち?」

「菜々美さんかどうかを確認したのか、菜々美さんじゃないかを確認したのか」

「何か違うのか?」

「重要ではないんだけどね、ただの興味本位だよ」

「んー……どちらかと言えば、菜々美じゃないかを確認する為、かな」

「ふぅん。じゃあお兄ちゃんは、尾行を開始した時点では、この女の人を、菜々美さんだと確信を持ったわけだ」

「いや、確信を持ったわけじゃないって、だから尾行したわけだし」

「でもそれは、認めたく無かったからそうしただけでしょ?」


 もし、菜々美だという確証が無ければ、僕は先ほどの綾芽の回答に、「菜々美かどうかを確認する為」と答えていたというのが綾芽の言い分だ。


「でもそれが分かったからって、何になるんだ?」

「だから重要じゃないんだって。何かが分かるとか、そんなのじゃなくて、ただ、気になったから聞いてみただけ。えっと、話を戻すと、二人を尾行してみると、二人はある建物の中に入って行ったんだよね。兄弟とか、従兄弟とか、友達とは行く必要が無い場所。少なくとも、旅行でも何でもない、年齢的にもアウトな、そういうホテルに二人は入って行った」

「ああ、そうだよ……嫌々でも、何でもなく、嬉しそうに二人で入って行ったよ」


 兄弟か、従兄弟と言う可能性は、あの瞬間になくなった。

 

「辛かったよね……辛かったはずなんだけどね、ねえ、どうしてお兄ちゃんは平気そうなの?まるで傷付いているようには見えないよ」

「そんなわけないだろ」

「いや、実際そう見えるんだって。まぁ、菜々美さんじゃない事を、自分自身に証明するために尾行してたんだから、菜々美さんのことを嫌いとか、どうでもいいとは思っていないんだろうけど、何だろ、どうしてだろ」

「知るかよ」

「泣いたりしなかったでしょ?」

「まあ」

「お兄ちゃんの性格上、浮気なんてされたら、泣くのは当たり前として、部屋に籠って腐ってそうなものだけど」

「どんなイメージだよ」

「それぐらい菜々美さんのことが好きなように見えたんだけど、違ったのかな?もしかして、お兄ちゃんも浮気してたり?それか、他の女の子好きになったりしてるのかな?」

「そんな訳ないだろ」

「なら、いいんだけどさ……うん、考えすぎかな。まだ現実味が無いのかも、早い段階で私に相談できたのも良かったのかも」


 ちなみに綾芽に相談することになった流れは簡単に説明できてしまう。ただ単に、僕が二人を尾行している姿を、綾芽に見つかってしまったからだ。

 菜々美に報告するという話の始まりから、今こうして僕の部屋で話をしているわけだ。


「もしかしてさ」

「ん?」

「いや、何でもない」

「なんだよ、気になるだろ」

「聞くのも馬鹿馬鹿しい、分かり切ったことだから別にいいよ」


 綾芽はそう言うけれど、でも、なら何故聞こうとしたのか。僕なら、その他の人なら「はい」と答えるような質問を、「いいえ」と答えてしまうと、そんな可能性を感じたから、だから聞こうとしたんじゃないんだろうか。

 まあ、本人がいいというなら、無理には聞かないけど。

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