エピソード12 神たちの事情

〈エピソード12 神たちの事情〉


 次に辿り着いたのは商店街の一角に建てられた小さな社だった。


 商売が繁盛するようにとの願いを込められて建てられたものらしいが、今は薄汚れていて手入れもされていないように見える。


 この社に幾ら願ってもご利益はなさそうだし、何となく蕭然とした感情を抱いてしまう。


 ただ、そんな見た目に反してお供え物や花などはたくさん置かれていて、多くの人から愛されているような印象も見受けられた。


 社が薄汚れたままになっているのも変に手を加えておかしなものにしたくないという気持ちの表れからかもしれない。


 その上、お供え物の中には高価格帯で有名な水月堂の饅頭もあった。ネコマタが見たら例えお供え物でも嬉々として食べてしまうかもしれない。


 そんな社の前にイリアが立ち、呼びかけるような声を上げるとモワッと煙りのように人間の老人が現れた。


 もちろん、普通の人間には見えない霊体である。


「フォ、フォ、フォ。あの上八木イリアちゃんがわざわざ会いに来てくれるとは、このワシもまだまだ捨てたものではなさそうだのー。人間に福を与えるのはよくあることじゃが、ワシ自身が福を感じるのは本当に久しぶりじゃ」


 そう言った老人、いや、福神はゆったりとした豪奢な着物を身に纏っていて、いかにも人に福を与えられるような風格を漂わせていた。


勇也も幸の薄い自分にも福を授けてもらいたいと思ったくらいだし。


 イリアはそんな福神に自己紹介をして、水神の時と同じ質問をした。が、やはり福神も詳しいことは何もわからないと言う。


 しかも、自分は古くからこの社を拠り所として存在していたが、神と呼ぶに相応しい力を得たのは最近になってからだそうで、いきなり大量の神気が自分ところに集まってきたことには戸惑ってさえいると言う。


 もっとも、そのおかげでこの商店街により多くの福を授けられるようになったので、迷惑は感じてはいない。


 ただ、誰が与えてくれた力かは知りたいところだと言う。


 話を聞いた勇也とイリアはここにいても得るものはないと判断し、話もそこそこに他の場所に行くことにする。


 次にやってきたのは商店街からほど近い駅前だった。駅前のロータリーの真ん中には立派な武者の銅像が建てられている。


 何でも、その武者の銅像は鎌倉時代にこの地方で活躍した武士のものらしいが、台座に刻まれている名前を見ても勇也はいつものようにピンとくることがなかった。


 この武者の名前は他の場所ではとんと見たことも聞いたこともなかったからだ。歴史の教科書にも載っていないし、時代劇や大河ドラマにも出てこない。


 つまり、この武者の知名度はローカル程度のものだということだろう。本当にこの武者が実在したのかも疑わしいところではある。


 勇也がそんな失礼なことを考えていると、イリアの声に応えるように神となった武者の霊が銅像の中から抜け出てくるように現れた。


「貴殿が、この町の女神として名高い上八木イリアか。噂通りの美しさだが、異国の女神は拙者には少々、眩しすぎるな。やはり、拙者のような武骨者にはこの辺りを通り過ぎていく日本の生娘の方が良い」


 そう言った武者の霊は威風堂々とした馬に乗っていて、手綱を引くと悍馬が大きく嘶いた。その姿からは思わず息を呑み込んでしまうような剛勇さが伝わってくる。


 名前こそ他所では聞いたことがなかったが、それなりの強者の武者だったというのは間違いないように思えた。


 それを見たイリアは気圧されることなくするべき質問をしたが、予想した通り、詳しいことは何も分からないという残念な答えが返ってくる。


 武者の霊は面目なさそうな顔をしたが、イリアは丁寧にお礼を言って、武者の霊の気分を損なわせないようにした。


 それに気を良くしたのか武者の霊は腰から刀を抜き放ち、その切っ先を天へと掲げて自分の武勇を見せつけるようなポーズを取った。


 駅前を後にした勇也とイリアは繁華街へと向かった。


 そこには繁華街というよりは歓楽街といっても良い通りがあり、飲食店を始めとして、居酒屋やバー、雀荘や囲碁サロン、スナックやキャバクラなどが立ち並んでいた。


 今はまだ昼間なので人通りはあまり多くないが、夜になるとここはまるでお祭りのように人でごった返すのだ。


 もっとも、夜の繁華街には勇也のような子供は滅多なことでは近づかないが。


 そんな通りの裏路地に足を踏み入れると、そこには主にテナントがガラガラになっている汚らしい雑居ビルが乱立していて、更に奥へと進むと商店街と同じように小さな社があった。


 商店街の物とは少し趣の異なる社だ。


 繁華街には縁起を担ぐ店が多いと勇也も聞いたことがある。


 だから、この社は特に大切にされていて、小さくはあるがごみごみした状態にはなっていないのだろう。


 イリアが慣れたような足取りで社に近づき声を上げると、艶やかな姿をした女性の霊が浮かび上がるようにして現れる。


 普通の日本人にはあり得ないような露出度の高い服を身に着けているので、勇也も少し目のやり場に困る。

 肌の色も褐色に近いので、何とも言えないエキゾチックさを感じた。


 そんな女性の霊が発する空気に当てられ、勇也はドキドキする。


 こういう淫蕩な匂いを漂わせている女性は思春期の自分には刺激が強すぎる。脳の快楽中枢が勝手に動き出し、それが更にある種の欲望を掻き立てる。


 自分も大人になれば、こういう女性とも、もっと余裕を持った態度で接することができるのだろうか。


 であれば、早く大人になりたいものだが、繁華街の店に入り浸るような大人になるのは駄目だな。


 それでは遊興に耽って、多額の借金をこさえた落魄の父親と同じになってしまう。


 そんなことを考える初心な勇也を見た女性の霊は嫣然と笑う。


 勇也もその笑みを見て益々、ドキドキしてしまい、体が熱くなった。が、女の子であるイリアは何の影響も受けていないのか、平然としていた。


「わらわは水商売の神じゃ。この繁華街で働く女性たちを見守っておる。こんなところに子供がやって来るのは感心せぬが、まあ、今は昼間だし良しとしよう。で、子供がわらわに何の用かの?」


 水商売の神の明瞭さを感じさせる問いかけに、イリアも気後れすることなくハキハキと答える。

それを受け、ろう長けた水商売の神も興味深そうにイリアの話に耳を傾けた。


 そんなやり取りが少しの間、続いたが、結局、イリアの欲していたような情報を得ることはできなかった。


 これにはイリアも気を落としたような顔をする。


 最後に水商売の神は力になれなくて済まぬが、と前を置きをした上で、イリアにこの繁華街にある水商売の店のPRもやってくれと頼んできた。


 最近の夜の町は以前のような活気がなくなってきている。それはこの町全体の衰退にも繋がると危惧するように言って。


 それに対し、イリアはどんな仕事だろうと自分は働く女性の味方ですと啖呵を切って水商売の神の頼みを了承した。


 その後、勇也とイリアは他の神に聞いて回っても結果は同じ事になるのではないかと気落ちしながら、それでも次の神がいる場所へと向かった。


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