第24話 決断

 ここで待つように言われてから1時間は経っただろうか、運ばれてきたお茶もすっかり飲み干し、窓のない応接室を手持ち無沙汰で歩きながらエルマーは調度品を眺める。

「これは空調の魔道具でしょうか。ここから冷たい風が出ています。」

暖炉の上に置かれた木でできた箱に触れている。箱はこの部屋にも相応しく植物をモチーフにした美しい彫刻が施されている。


『エルマー、聞こえるか。』

幌馬車で待機しているサイードが遠隔のピアスを通じて話しかける。

「はい、聞こえます。」

『ユング公爵が城に入っていったようだ。公爵家の馬車が隣にやってきた。』

「そうですか。僕たちは待っていたほうがいいでしょうか。」

『恐らくペガスエルームを知っているユング公爵が呼ばれたんだろう。公爵への義理もある。勝手にいなくなるよりそのまま待つほうが良いだろう。』

サイードの言葉にエルマーは退屈な顔をしながら再びソファに腰掛けた。



−−−


 王命の急ぎの呼び出しを受けたユングは会議室の前で汗を拭いた。この会議室は重要な政策を議論する際にごく限られた役職者のみが集められる部屋である。

 部屋に入ると、シスナンド国王の他、スリジク国王軍の将軍であるジョミニ侯爵と政務官長のモンフォール伯爵が座っていた。


(この二人がいるということは重要な決定を行うという話であろう。)


王の側近である有能な新興貴族である二人を見ながら状況を察したユングは息を整えて席についた。


「先日の陳情書についてだが、調査を進めた結果、ヴァッセの納税免除のための虚偽報告が明らかになった。」

シスナンドはユングが席につくと話し出した。

「さようでございますか。」


「領地での徴税については領主に権限があるが、1年におよぶ国への納税違反というのは国王に対する重大な反則行為であると認定される。ジョージ・ヴァッセは領地没収の処分とするのが適当であると判断した。」

「承知いたしました。」

まだ乾ききらない汗がユングのほほを伝った。


「それで、彼の地の状況についてこの2人と相談していたところだ。ヴァッセが任命される前は土着の大領主が治めていたが、その領主も魔獣によって命を落としている。広い田畑があるものの、魔獣に備えて大きな軍隊を領主が維持するのはなかなかに難しいと考える。スリジク国王軍ですら二千ほどであるしな。」

ユングは静かに話を聞く。


「ペガスエルームと名乗っている冒険者達が一体どのようなもの達か、ユング卿は知っているか。」

「何をお知りになりたいのでしょうか。」

話の主旨を図りかねてユングは尋ねる。


「陳情書の調査とともに、その冒険者達も可能な範囲で調べてみたのだがな、随分評判はいいようだ。冒険者組合ヘランの記録でも複数の討伐記録が残っているようで、強いことは間違いないようだった。」

シスナンドは話しながらニヤリとする。

「今日、ペガスエルームのエルマーという男が、彼の地を自分に任せろと言ってきたのだ。」

「な・・・」

ユングは絶句しシスナンドを見返す。


(エルマーがそんな事を・・。だが陛下はその提案を検討しているようだな。確かに歴史上、国のための戦いで名を馳せた兵士が褒美で領土を与えられた例は数多くある。しかし・・・。)


シスナンドの表情からは怒りの感情は読み取れなかった。


 ユングはできるだけ事実を公平に伝えようと話し出した。

「エルマーには陳情書を預かる際に一度会いました。冒険者と言っても乱暴な様子はなく、知的な面があると感じました。また正義感の強い人物だろうと思います。確かカレクという国の小さな村に生まれたと言っていました。」

「ほう、カレクか。ジョミニ卿、カレクについて何か知っていることはあるか?」

シスナンドは将軍ジョミニの方を見る。

「旧六王国に由来する西の小国の一つですね。軍事力を含めてスリジクとは比較にはならないでしょう。」

「エルマーは平民の出です。家族もいないと言っていたので他国と繋がっているとは考えにくいでしょう。」

ユングは捕捉した。

「そうか。ペガスエルームがスリジクに従うのであれば魔獣の多い東端にいることは悪くない提案だと考えているのだが、ユング卿はどう思うか?」


直接的な質問にユングはどう答えるべきか迷ったものの、正直に答えることにした。


「魔獣被害を防ぐという観点であれば、彼らほど心強いことはないでしょう。恐らく領地の経営についてもさほど問題ないかと思います。ただスリジクへの影響といいますか、王国の貴族社会にはあまり向かないかも知れません。」


『貴族社会』というユングの言葉に、シスナンドはフンっと鼻息を強めた。


−−−


 ユング公爵が城にやってきたと聞いてから数時間は経っただろうか。あれから何度かお茶が運ばれたものの、待たされる事に何の説明も無い状態だった。

もう待てないかなとエルマーが思い始めた頃、近衛兵にエルマーが一人呼ばれた。

 そのまま付いていくと、謁見の間近くにある部屋に通された。


 部屋に入ると、モンフォール伯爵だと名乗った短い黒髪を七三分けにした眼鏡の紳士から、エルマーはスリジク王国に関するテストのような質問を矢継ぎ早に受けた。スリジク王国の歴史や貴族の身分、外交問題などに関する質問だった。


 領主になりたいとサイードに伝えた際に同様の話を丁寧にされたエルマーは、思い出しながらそつなく答えていった。


 その後、モンフォールは何枚もの紙をエルマーの前に置いた。辺境伯という爵位についてや、領土の範囲、スリジク国王への納税について細かく書かれていた。

(契約書のようなものだな。)

書面に記載された事項が意味するもの考えながらモンフォールの話を聞く。


 領土はこれまで通りオロガ村以東全ての山林を含み、スリジク国内での交易は自由、領主国としての一定の権限があり、山岳や森林と接する魔獣の多い地域であることからアレックス率いる騎士団をそのまま引き継ぐことができるという。


「貴殿をこの通り、辺境伯に任じる。」

最後にモンフォールが言った。


「謹んでお受けします。」

エルマーは笑顔で答えた。



−−−


 その後、エルマー辺境伯の誕生は、スリジク全土の話題となった。英雄の領主就任は旧ヴァッセ領の人々からも歓迎を受けた。


 また、これに伴いスリジク国王の人気も高まったという。

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