第25話 再会

 エルマーとサイードは飛空挺に乗り込むと、サロール海を越えてマンチェス王国の大都市ギルフに向かった。

 リゲルとグレッグが調べれくれたジャン=リュック・ワーズの滞在先に赴く。



 ギルフの西にある大きな空港に飛空挺を止めると、二人はグレッグから聞いたホテルに向かった。


 街の中心から少し離れたところにあったのは、冒険者や行商人が利用する様な安宿だった。

「ここなのか。」

サイードはポツリと言った。


 ホテルの中に入ると、外見通りの薄汚れた様子だった。埃と汗が混じったような、決して良いとは言えない匂いがする。

 無愛想なフロントに銀貨を2枚渡すと、すぐにワーズ卿の宿泊する部屋を教えてくれた。

ところどころヒビの入った灰色の壁を見ながらワーズ卿の部屋がある3階まで狭い階段を上がる。


 3階の廊下には背の高い男が立っていた。

「誰だ。ここに何の用だ。」

男はそう言うと二人を見回した。


 サイードはかけていた黒縁の眼鏡を外してその男に近づいた。

男は近づくサイードを眺める。


「サ、サイード様・・・ですか。」

「パトリック。久しぶりだな。」

驚いているパトリックにサイードが右手を差し出す。パトリックがその手を握るとサイードはパトリックをぐいっと引き寄せてハグをした。サイードがパトリックの背中を2回力強く叩いた。


「…よくぞご無事でっ…」

パトリックと呼ばれた男はサイードの肩で泣き出した。

しばらくしてパトリックは落ち着きを取り戻して涙を拭った。


 ワーズ卿と二人で話したいと言って、サイードは案内された部屋に1人で入った。


 残されたエルマーが廊下で立っていると、パトリックが女性を連れてきた。

彼女はマリーと名乗った。スラリとしていて聡明な雰囲気の女性だ。ワーズ家の執事長だと言う。


 エルマーはマリーの部屋に通された。上等とは言えないベッドに小さなデスクが置かれていた。マリーはデスクの小さな木の椅子に腰掛け、エルマーはベッドに腰掛けた。

 マリーはエルマーがサイードを救出した冒険者だとわかると、感謝を示した。


「サイード様が処刑場から逃走後、たくさんの近衛兵達がワーズ領にやって来ました。旦那様はそれから数日の間、近衛兵達の執拗な取り調べにあい、屋敷の中や、領内の目立つ屋敷などが調べ回られました。取り調べを終え旦那様は解放されましたが、彼らはワーズ家の爵位剥奪と領地没収を告げました。旦那様は家臣や使用人たちを家々に返すと、残った者達を連れて僅かな荷物だけを持ってこのギルフに向かいました。」

マリーは時々涙ぐみながら経緯をエルマーに話した。


「一緒にギルフに来たのは何人いらっしゃるんですか。」

エルマーが聞く。

「騎士の5人にメイド4人、厩の管理人、コックが2人、パン焼職人、菓子職人、庭師、見習いバトラー、副執事と私の18人です。」

マリーは指を折りながら言った。

「何とか全員無事でこのギルフまで到着することができました。ギルフについてから、旦那様は昔の知り合いを頼って私たちの職探しを行なっていらっしゃいます。手に職があるもの達ばかりですから、ここギルフなら新しい就職先でやっていけるだろうと、そうお考えの様です。」

マリーは言った。

「そうですか。それは大変ですね。」

「ええ。私も含め皆、旦那様のところ以上の職場など無いと考えております。いつまでも旦那様に頼ってはいけないとわかっているものの、ここでの職探しに熱心になれないのです。」

マリーは曇った顔で言った。


「でもサイード様の無事がわかって皆とても安心するでしょう。本当にありがとうございました。」

マリーはエルマーの手を両手で強く握った。


 ワーズ卿との話を終えたサイードが廊下に出る。狭い廊下にはワーズ卿の使用人達がいつの間にか集まり、涙を流していた。


 サイードがマリーの部屋をノックし、エルマーをワーズ卿の部屋へ連れて行く。

 エルマーはワーズ卿と挨拶した。領土を追われ、長い旅程と安宿生活での苦労があるだろうワーズ卿は若干疲れている様子だったが、凛としていて高貴な、そして穏やかな人物だった。



 エルマーはワーズ卿と話をした後、宿を出て彼らを飛空挺まで案内した。


 飛空挺の中を案内し、彼らに割り当てられる部屋があることを説明した。

エルマーはワーズ家のコック達に何やら話をすると、ワーズ卿、マリー、サイードとエルマーで話をする事になった。


「この先、ワーズ卿自身はどの様にされるおつもりですか。」

エルマーが聞いた。

「魔導技師として、ギルフで暮らしていきたいと思っているよ。」

ワーズ卿が言った。

「魔導技師ですか。」

「ああ。しばらく離れていたが、昔からの夢だったんだ。」

ワーズ卿は笑顔で言った。


「ワーズ卿、お願いがあります。」

エルマーは真剣な顔で言った。

「ワーズ家の使用人の皆さんを全て僕に預からせてはくれないでしょうか。」

「全員をということか?」

「はい。そうです。サイードのもとで、という事にもなります。」

「しかし、君たちは冒険者だろう。」


 エルマーはワーズ卿に旧ヴァッセ領を引き継いだことを話した。その話にワーズ卿は随分驚いていた。


「ちょうど屋敷の使用人を探すところだったんです。」

エルマーは笑った。

「そうか。皆が賛同するのであれば私は構わない。ありがとう。」

ワーズ卿がそういうとマリーを見た。

 マリーは頷いた。ワーズ卿の元で働けなくともサイードの元で皆一緒に働きこれまでの経験を生かせることは今の時点では最善だと思えた。エルマーはサイードを救った人物であり、サイードも信頼をしているのがわかる。


「それと、ワーズ卿にも来てもらいたいんです。」

ワーズ卿は真顔に戻るとエルマー、そしてサイードを見た。サイードも驚いたような顔をしている。

「何より僕たちの領地を治めるのにワーズ卿の助けが欲しいんです。お願いします。」

エルマーは頭を下げた。ワーズ卿は戸惑った様に沈黙した。


「魔導技師を目指されるのであれば、僕もそのサポートをします。ギルフと比較すると小さな田舎の街ですが、必要であればどこにでもすぐに行くこともできます。あの場所で魔導技師を志すこともできると思います。」


「君はサイードの恩人だ。君が義理ではなく本当に私を必要としているのであれば、喜んで助けよう。」

ワーズ卿は穏やかに言った。


 しばらくするとキッチンからいい匂いがして来た。

ダイニングに豪華な食事が並べられ、使用人達全員とワーズ卿、そしてサイードとエルマーが入っての大宴会となった。

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