第23話 ペガスエルームの入城

  晴れ渡った強い夏の日差しの中、スーリの街では騎馬隊列がスリジク城へ向けてゆっくりと進んでいた。

 この地域は夏の湿度が低く、からりと吹く風が気持ちいい。先頭はアレックスが率いるヴァッセ騎士団、その後ろをエルマー、大男に擬態したウバシュ、メリッサがエルマーの後ろに並んで進む。リゲルは幌馬車を運転している。

 メンバー達は派手に着飾っており、沿道に集まった人々はその様子に感嘆の声を上げていた。


 一週間ほど前に知らせを受けたサイードは、が国王への謁見にスーリを訪れ、王城へ続く道をパレードするという話を広めた。スリジク国王は単に褒美を取らせるだけのつもりであろうことはわかっていたが、この機会を最大に利用することにしたのだ。


 騎士団とペガスエルームの晴れ舞台だと聞き、喜んだロウエなどが率先してスーリの商店街に飾り付けを行ってくれた。前日から街はお祭りムードに染まり、多くの人々が話題の冒険者達を一目見ようと集まってきていた。


 豪奢な衣装を身に纏ったエルマー達が沿道に集まった人々に手を振りながらゆっくりと歩いたおかげで、騎馬隊列が城の前に着く頃には沿道は想定を超える大熱狂となった。


 人々の大歓声は王城の中まで聞こえていた。


−−−


 スリジク城の謁見の間は、白と赤が効果的に配色された壁に、何本もの装飾された柱が両脇に並び、天井からは大きなシャンデリアが等間隔で吊るされていた。豪華で美しい造りは王に謁見する人を萎縮させ、または、晴れやかな気持ちにもさせる。

 その広間の奥の一段高くなっている場所には玉座が置かれ、仰々しく広間に入ってきたシスナンドが座った。


 「この度のモンスター討伐への尽力、王として感謝する。」

低く威厳のある声が広間に心地よく響く。

「有難きお言葉にございます。」

アレックスは片膝をついた状態で深く礼をした。


「聞いたところヴァッセから討伐への褒美も無いというが、誠か。」

「我々騎士は領土、そして民を守る役割りにございます。褒賞が無くともその役割りを全うするのみであります。」

「左様か。良い心がけだ。だが今回の件、王として何もしないわけには行かぬ。援軍を手配できなかった件も詫びねばならん。」

「とんでもございません。」

「今回の討伐に対し、戦った兵士全てに勲章と褒賞金を出す。」

「は、ありがとうございます。」

アレックスは王の言葉に喜び、声を詰まらせながら感謝した。

「アレックス、そなたは本日をもって、かの領地の騎士団長とする。」

「えっ」

アレックスは思わず驚きが漏れてしまった。

「失礼いたしました。」

アレックスは慌てた。


 スリジクでは領主騎士団の長は子爵家以上の出身者からしかなれないという慣例があった。

平民出身であるアレックスはまさか騎士団長になれるなどとは思ってもいなかった。


「驚いたか。この先もアンデッドモンスターの脅威が続くと思われるが、頼んだぞ。」

「は、身に余る光栄でございます。精進し必ずご期待に添えるよう努めて参ります。」



 アレックスが謁見を終えると、続いてペガスエルームが呼ばれた。

エルマー、メリッサとそして大男に擬態したウバシュが謁見の間に入った。


「君らがアンデッドを討伐した冒険者か。ペガスエルームと改名したそうだな。この度のこと、王として感謝する。我が国の領土の危機を救ってくれたことに褒美を出す。」

シスナンドが話すと、鍵のついた大きな木の箱を執事のような男が運んでエルマー達の前に置いた。

木の箱には金貨がびっしりと入っていた。


「この度は拝謁の機会を与えていただき誠にありがとう存じます。」

エルマーは礼の姿勢を取りながら言った。

シスナンドはエルマーを見た。エルマーはニコニコと笑っている。


「恐れながら、ヴァッセ領への魔獣襲撃についてお話しさせていただいても良いでしょうか。」

「構わん、話せ。」

そう言ったシスナンドはエルマーの不思議な雰囲気を感じ取っていた。


「アンデッドのランク6以上のモンスターが300ほど砦に押し寄せました。さらに砦の北にある遺跡にはその数倍の数がいました。アンデッドのランク6を一体倒すのに普通の兵士であれば5人以上必要です。下手したらそれでも全滅することもあります。つまり、それが300いたということは、あの時砦を守るのに、単純計算で1500 人の兵士が必要だったと考えます。それをたった30の兵士が一ヶ月も侵略を防いでいた。アレックスの指揮による奇跡と言っていいでしょう。しかしそれも限界でした。あと1日僕らの到着が遅ければ、破られていたでしょう。そして北の遺跡からも魔獣が押し寄せ、僕たちが駆けつけなければかの地は壊滅していたことでしょう。」

エルマーは淡々と語る。


(・・報告にあった内容と一致する話ではあるが、この男は一体何が言いたいのか。)

シスナンドはエルマーを見据える。


「ヴァッセ伯爵がスーリに避難し、援軍要請を行ったと聞きましたが、なぜ援軍は派遣されなかったのでしょうか。」


エルマーの言葉にシスナンドは片眉をあげた。


「だ、黙りなさい。不敬であるぞ。」

近くに立っている男が声をあげた。スリジクの政務官だろう。シスナンドはエルマーを睨むように見据えている。


「実はまだ、脅威は無くなってはいません。遺跡の入り口を封じただけであって、いつか破られた時にまた同じことが起こるでしょう。その時はどうなさるつもりでしょうか。」


すでに討伐済みの遺跡だが、メンバーは静かにやりとりを見守っている。


「300の数倍といったか。」

シスナンドは低い声で言った。

「はい、そうです。」

エルマーは笑顔で返事をする。


(報奨金の交渉をするつもりか。)


シスナンドは褒賞金に関して交渉するつもりはなく、また、先ほど政務官が言ったようにエルマーの態度は王に対して不敬だと取れた。しかし、シスナンドは不思議とエルマーに対して嫌な気はしなかった。


空気を全く読んでいないのか、エルマーは続けて話をする。


「僕たちがヴァッセ領に滞在する中で様々な話を人々から伺いました。重税に苦しんでいる実情や魔獣に怯える状況を僕たちが助けていきたいと、そう考えています。」

エルマーはニッコリと笑って続けた。

「準備いただきました報奨金ですが、辞退させていただければと思います。その代わり、かの地を僕たちにお任せいただけないでしょうか。」


周りで控えている近衛兵達がカタカタと装備を鳴らした。


「貴様、何を言っている、先程から不敬にも程があるぞ。冒険者の分際で。」

後ろに立っている政務官が強い剣幕でエルマーを牽制する。


「褒美を辞退することは了承する。報奨授与がなくなったため、これで終了する。」

シスナンドは低く響く声でそう伝えると、広間から出て行った。


−−−


 エルマー達は近衛兵に追い立てられるように謁見場から出され、城の出口までの長い廊下を近衛兵に囲まれながら歩いていた。

奥からパタパタと政務官らしき人が近づき近衛兵達に何かを伝えると、近衛兵はエルマー達を部屋に通し、しばらく待機するように言った。


「エルマー、どうするんだ。」

部屋に入るとメリッサが聞いた。

「丁寧に発言したつもりでしたが、不敬だったのでしょうか。」

エルマーは遠隔のピアスを触りながら言った。

『そこは牢のような場所か。』

ピアスから返事があった。

「いえ、応接室のようです。豪華なソファとテーブルが置かれています。」

『では恐らく問題ないだろう。しばらく様子を見よう。』


 しばらくしてお茶やお菓子などが運ばれ、エルマー達はサイードの指示に従って大人しく応接室にとどまっていた。

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