第22話 スリジク国王の憂鬱
スリジク国王シスナンドは、壮年と呼ぶにはまだ早い歳頃で、血気溢れる鋭い面持ちをしている。
古くからの貴族文化を好まず、実利を重視するシスナンドは、即位前の王子の時代に海上輸送の事業を起こし、サロール海の東端にあるランソという領土を発展させ、個人の富を築いた。
シスナンドがスリジク王国の国政を担ってからは商業や貿易がより活発になり、スリジク王国の王都であるスーリは、多くの商人が集まる南部最大の商業都市に発展しつつある。
そんなシスナンドは新興貴族に指示され、国の要職にも多くの新興貴族を配しているが、スリジク王国成立以前よりこの地に領土を持つ古くからの貴族の中で、唯一ユング公爵は外形だけでなく内心的にもシスナンドが重んじている貴族であった。王子時代から様々な面でユングから内政的なサポートを受けていたこともあるが、その暖かな人柄の前では気を張る必要はなく、安心できる存在であった。
ユング公爵が面会にやってきたと聞いて、定例の謁見以外では珍しいと思いつつもシスナンドは気負わず執務室に通した。
「こちらを提出させていただきたく、持ってまいりました。」
挨拶も早々に、ユング卿は紙の束をシスナンドの執務机に置いた。
紙の束はヴァッセ領の商店会からの陳情書であった。ざっと目を通したシスナンドはユングに質問する。
「なぜユング卿がこのような陳情書を?」
「はい、ヴァッセ領に現在滞留している、エルームという冒険者達をご存知でしょうか。」
「ああ、耳に入っている。」
「実はその中に以前知り合ったものがおりまして、彼が私を頼ってこれを持って来ました。」
「かの冒険者と知り合いなのか。」
シスナンドが意外そうに聞く。
「私も彼がそのエルームのメンバーだったとは知らなかったのですが、以前、旅の途中に魔獣に襲われたことがあり、その際に命を救われたことがありました。」
ユングはエルームとの関わりについて、サイードと打ち合わせした通りに答えた。
「エルームは今スーリで大変話題であり、民衆からも人気です。ヴァッセ領自体に関心を寄せる者も多くいます。そう言った状況ですので、私自身もこれを陛下にお知らせすべく、陳情書を預かりました。」
王は納得したように頷くと陳情書に添えられた手紙に目を遣る。
「このカール・ロウエというのはロウエ商店のことか?」
「はい、左様にございます。カール・ロウエがヴァッセ伯爵に直談判しようとしていたところだったようです。ヴァッセ卿に反抗すればロウエが潰されかねないでしょう。ロウエはご存知のようにここスーリでも有数の大商店です。彼が潰されればヴァッセ領だけでなくスーリの商人達にも大きな影響が出る可能性もあります。」
「わかった。で、ヴァッセをこのままにしておくことはできないと、其方は考えるか?」
「私にはそのような判断は恐れ多く、ただ知り得たことを陛下にご報告に伺ったまでのことです。」
ユングはそう言うとシスナンドを見た。
シスナンドは口の左端を上に持ち上げるようにふんッと口を閉じた。
ユングは視野が広く私欲を見せずスリジクへの忠誠心も高い。ユングがわざわざこのような知らせを持ち込んだことは、ヴァッセをどうにかしなければまずいと言う忠告に他ならなかった。
ヴァッセ領については今シスナンドが持て余す問題だった。
ヴァッセが領主に任命されたのは先代の王の時。爵位が高い古くからの貴族であるヴァッセは、貴族としての評判が悪く、中央から遠ざけるための施策だった。
都市国家から発展したスリジクにおいて、今のヴァッセ領は最後にスリジクの領土となった地域だった。
その地域は王都からも離れ、王都スーリと結ぶ街道沿いには小さな村々が点々としているが、両側には山々が迫っている。スリジクの最東端に突き出るように位置しており、北東にかけてバルキアとの緩衝地帯である深い森に接しているため他国とも離れた地域であり、侵略される恐れはない。
だが、これまでも魔獣の被害をたびたび出していた。農業が盛んと言う以外にこれといった産業はなく、今後もその脅威が続くとなると軍備を強化しなければならず、スリジクにとっては維持するメリットが少ない。そのためヴァッセ領を捨てることもシスナンドの頭の中にはあったのだった。
しかし、今やヴァッセ領は国民が最も関心を寄せる救国の英雄譚の舞台である。吟遊詩人が広場や酒場で語る魔獣討伐の話は多くの人を集め、貴族も含めて人々は熱狂している。
魔獣被害の訴えに対して国は助けを出さなかった。
今となっては失策だったと言える。
そして、領主としての能力に欠けるジョージ・ヴァッセ。ヴァッセの非道は英雄譚と同じくらい広く知れ渡った。ヴァッセを何とかしなければならない。しかし奴を排したとしても、あの領土に新たに領主として任命できる候補はいない。
だが、ここに来てその住民達からの陳情を無視して放置することはスリジク国王への落胆や不審を招くだろう。
シスナンドは考えあぐね、深いため息をついた。
「私が聞いたところによりますと、命をかけて戦ったヴァッセ領の騎士団や冒険者のエルームに何らの褒賞も出ていないようです。彼らの功績に報いるためにも陛下からの褒賞を検討されてはいかがでしょうか。今後も魔獣の脅威があるのであれば、彼らの忠誠心をなくさないようにすることが必要かと存じます。」
ユングが助言した。
−−−
それから数日後、騎士団副団長のアレックス、そしてペガスエルームがスリジク国王に呼ばれた。
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