第21話 人探し
ギルフは大陸一発展している大きな商業都市だ。マンチェス王国の領地だが、自治権があり、国交の有無に関わらず自由貿易を行い、選挙で首長を決める都市である。最先端の都市、ということで世界でも有名だ。
リゲルとグレッグは転移魔法でギルフにやって来た。
エルームは1年前にギルフを旅しており、リゲルはそれ以来2度目のギルフ来訪となった。
「グレッグ、俺が案内してやるよ。何か見たいものはあるのか?」
リゲルがグレッグに聞いた。
グレッグはアサシン時代はノワやスリジクなどを活動範囲としてきたため、ギルフに来るのは初めてだった。
「あの時計台に行ってみたい。」
グレッグは街の中心に見える高いビルを指差した。
「よし、じゃあ連れてってやる。」
時計台はこの街の役所の建物に併設されていた。自由に出入りできるようで、グレッグ達は役所の中も見学した。多くの人が忙しく動き回り、貿易品の届け出や価格交渉などが行われていた。
時計台は展望台にもなっていて、エレベーターで展望台まで上がることができた。
グレッグはエレベーターに乗るのも初めてだった。興奮した様子を見て、何故かリゲルが自慢げに魔導技術について語っていた。
エレベーターで到着した展望台からはギルフの街が一望できた。
大きな窓から見渡す限り街が続いている。
高い建物も多く、飛空挺が行き交う様子も確認できる。
「すごいな、この街は。」
グレッグは圧倒されたように言った。
観光気分を早々に切り替えた二人は役所で技術大学までの行き方を確認して、乗り合い馬車で向かうことにした。街の中を決められたルートで進む大きめの馬車は料金を支払えば誰でも利用できる。グレッグ達が乗り込むと他にも子連れの若い女や脚の悪い老人など数名の客がいた。
「こら、やめなさい。」
小さな子供がリゲルの尻尾を掴んでいた。
「本当にすみません。」
母親がリゲルに謝っている。
「ああ、べつに良いよ。俺の尻尾は毛並みがいいからな。」
「珍しいですなぁ。獣人ですか。」
向かいに座っていたお年寄りがその様子を見て話しかけてきた。
「ええ、そうっす。狼族と人族のハーフって言うんですかね。」
リゲルが気さくに答えている。
その様子をグレッグは少し驚いて見ていた。これまで訪れた街では大抵の人が獣人との関わりを避ける様子だったが、この街は違うらしい。いろいろな国から人が集まるせいからなのか、そういうことには寛容なのかもしれない。
大学に着く。大きな石造りの門は解放されており、すんなりと構内に入ることができた。グレッグやリゲルと同じ年代の若者が沢山いる。貴族に限らず平民も多くいるようだった。自由な校風を思わせる雰囲気だ。
複数の建物が見える。二人は戸惑っていた。
「どうやって情報を得るんだ?」
リゲルが聞いた。
「受付みたいなものがあるといいんだが。」
グレッグはそういうと、1番目立つ大きな校舎に向かった。
校舎の前に案内板が出ていた。
「魔法科、数学科、技術科の建物は此処らしい。」
「でもよ、ワーズ卿が昔ここで教師をしてたとしても、いきなりワーズ卿を知ってますか、なんて聞けねえじゃん。仮に知っている人がいても怪しまれるんじゃねえか。」
「確かにそうだな。だが取っ掛かりはあるかも知れない。人探しは地道にやるもんなんだよ。」
グレッグは言った。
「取り敢えず、誰でも利用できるっていう図書館に行ってみようか。」
構内の案内図を見ながらグレッグが言った。
図書館は大きく、たくさんの蔵書があり、備えられた机で勉強する学生も多かった。
リゲルとグレッグは図書館を歩き回る。
技術科向けの区画に入ると各教授の名前と授業の参考書一覧という冊子が備え付けられていた。
「よし、これをメモして一番古くからいる教授を学生に聞こう。」
グレッグが言った。
「勉強中にすみません、つかぬ事を伺いますが、技術科で一番古くからいる教授の名前を教えてくれませんか。実は探している本があるんですが、教授の名前が出てこなくて。」
グレッグは近くの席で勉強していた学生に声をかけた。
「え、ああ、タナー教授か?」
「そうでした、タナー教授でした、ありがとうござます。」
グレッグはそういうとそくささとその場を離れた。
他の学生でも試したが、一番古くからいる教授はタナーという人物で間違いなさそうだ。
「どうやってタナー教授と会うかだな。」
リゲルが言った。
「俺に考えがあるんだ。」
グレッグはそういうと学生証を見せた。
「お前、さっきの学生から盗んだのか!?」
「机の上に置いてあったから借りただけだよ。用が終わったら返しとけばいいよ。」
グレッグは悪びれもせずにそう言って、技術科がある校舎に戻ると、授業の案内が出ている掲示板を確認した。
「ちょうどこの後の授業だな。リゲルは目立つから外で待っててくれ。」
「はいよ。」
グレッグは学生に紛れて目立たない後ろの席で講義を受けていた。
飛空挺の推進エネルギーの生み出し方についての講義だった。グレッグは学校に行ったことは無く、難しい内容に戸惑ったものの、周りの生徒の様子を伺いつつ、講義内容をノートを取りながら熱心に聞いた。
「教授、質問があります。」
講義が終わると、教授が教室から出たタイミングを狙って話しかけた。
「ああ、さっき熱心に聞いていた学生だね。初めて見るけど、聴講生かな。」
目立たないようにしていたのだが、教授には見えていたようだ。
「え、ええ、そうなんです。」
グレッグは自然な笑顔で出来るだけ丁寧な言葉を選んで先程の授業に関する質問を2、3した。前の席に座っていた二人連れが講義後にお互いに確認していた部分を盗み聞きしてメモした内容だ。
タナー教授は気さくに答えてくれた。
話しやすい人だと理解してグレッグは本題に入った。
「教授は長くこの大学にいらっしゃるんですよね。」
「ああ、そうだよ。」
「ジャン=リュック・ワーズという方をご存知ですか。」
グレッグは直球の質問をした。
「えっ、ああ、知っているよ。友人だ。何故君が彼を知っているのかね?」
「私の父が昔この大学でワーズさんに少しお世話になったことがあるみたいで、ワーズさんが技術科だったと聞いていたので、教授ならもしかしたらご存知かなと思いまして。でもご友人でいらっしゃったんですね。」
「そうなのか。私もつい先日ジャンと会ったばかりだ。奇遇だな。」
「実は父がずっと会いたがってまして、もしご存知でしたらお住まいを教えていただけないでしょうか。お手紙を送りたいと思っています。」
教授はグレッグの真摯な様子をみて、ワーズ卿がしばらく居るというホテルを親切に教えてくれた。
グレッグはタナー教授にお礼をいうと、足早に階段を駆け下り、技術科の学生受付に拾った学生証を届けると外で待っていたリゲルと合流した。
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