第15話 領民
サイードは騎士団の弓道場へ向かった。
10本目の矢を打ち終えたところで、深く深呼吸する。
(エルマーに救われてから、この冒険者チームに貢献していきたいと考えていたのは確かだ。だが、エルマーが何をしていきたいのかよくわからない。)
もやもやした気持ちを振り払おうと次の矢に手を掛ける。
「精が出ますね。」
ヴァッセ騎士団の聖弓部隊の人達が数人連れ立って入ってきた。
兵士たちはサイードに挨拶するとそれぞれが弓の練習をし始めた。
日が傾き始め、自主訓練を終えた兵士たちは酒を飲みにいくと言うのでサイードはついていくことにした。
兵士たちの行きつけのダイナーはアットホームな雰囲気で、エルームであるサイードは周りの客からも歓迎された。酒が進むにつれていろいろな話で盛り上がる。
「ヴァッセが来る前は税金も安くて住みやすいところだったのにな。」
隣のテーブルから聞こえた。
「ヴァッセ卿はもともとここの領主ではないのか?」
サイードは気になって一緒に飲んでいる兵士に尋ねる。
「ええ。もともとここは自治領だったと父が言ってました。農業が盛んな、のんびりした街だったのですか、魔獣被害があり、領主とその息子が亡くなったため、15年ほど前にヴァッセ卿が王に任じられてここを引き継いだと聞いています。」
「前の領主のエスパル卿は自ら魔獣被害を防いだ勇敢な人だった。それに引き換え、今の領主は我先にと王都に行ってしまった。」
隣のテーブルの客が話に入ってきた。
「だが、勇敢な騎士団を組織していた点は認められるのではないか?」
サイードが言った。
「それはアレックス副団長がいたからです。」
兵士が答えた。
「ヴァッセ卿から直々に騎士に任じられた団長より、アレックス副団長の方が騎士としてははるかに優れていると思います。」
別の兵士が声高に話す。
「人柄というか、人格というか、ヴァッセ卿を好いている人なんてここにはいませんよ。」
料理を運んできたウェイターが言った。
このウェイターは領主館で給仕として働いていたと語った。
「ここの人達を田舎者だと見下してたんですよ。」
その後も様々な不満が多くの人から語られた。
昨年この地は凶作に見舞われ、領民達の中には税金が払えず困窮するものも多かったという。ヴァッセは困窮する領民を見捨てるばかりか、全体の税収が減ったことで税率の引き上げまで実施したという。そして今回のモンスターの襲撃では残った騎士団へはなんの援助も無かったと言う。
(エルマーはこの事を知っていたのか…)
サイードは話を聞きながらウイスキーを
−−−
翌日、エルマーとサイードはアレックスと一緒に街の商店会の会長を訪れた。
ロウエ商店は衣料品やアクセサリーなどを扱う店で、スーリにも大きな店を構えているが、ヴァッセ領の本店は歴史を感じる建物が品格を感じさせる。
商店会の会長である店主のカール・ロウエは、スーリに避難せず、騎士団への食料補給や住民の避難場所の管理などで街に尽力した貢献者だった。
「これはこれは、アレックスさんとエルームの方ですな。よくお越しくださいました。」
カール・ロウエが笑顔で迎えてくれた。
「エルームのリーダーのエルマーです。」
エルマーが名乗った。
「ほう、随分とお若いのにリーダーですか。この度はこの地を守ってくれてありがとうございます。」
ロウエは深々と頭を下げた。
「そんなにかしこまらないでください。僕もこの場所は少なからず縁があり、大切な場所です。力になれることで協力できて良かったです。」
エルマーはヴァッセ領に来るのは初めてだと言っていたことをサイードは覚えている。縁があると言ったのは味方にするための方便かも知れない。そうサイードは思った。
「そうですか、この街を大切に思ってくださる若い冒険者がいて嬉しいですなぁ。」
アレックスがロウエと避難所の撤収について確認した後、エルマーたちは店を出た。
−−−
幌馬車に戻ると、サイードはグレッグを呼んだ。
「すまないが調べて欲しいことがある。」
「何でしょうか。」
「カール・ロウエというこの地の商店会の会長をしている男がいる。ロウエ商店を経営している豪商だ。その男とヴァッセ家との関わりについて調べて欲しい。ヴァッセ家に対して肯定的なのかどうかだ。」
「わかりました。情報を集めます。」
グレッグが答えた。
スリジク王国は商業国であり、有力商人や商店会の意向は重要だ。政治の判断に影響させることもある。彼を味方につけられるか判断したいとサイードは考えていた。
サイードはその後、騎士団の詰所に行くとアレックスと話をした。
「魔獣が去った後も、王都から人が来る気配がないようだが、連絡はしているのか。」
サイードが尋ねるとアレックスは下を向く。
「どうした。」
「すまない、領主も王都もこの地を見放したのかもしれないと思うと、筆が進まず、使いを出さずにきてしまった。」
アレックスは思い悩んでいる顔を見せる。
「そうか、悔しい気持ちはわかる。だが、この街の無事を知らせることが、街にとっては大事だ。今は街道も封鎖されて通商が止まっているだろう。」
サイードがそう言うとアレックスは顔を上げた。
「わかった。すまない、サイード。自分の気持ちを優先して民の生活を省みていなかった。私は愚かだ。早速準備してスーリに向かうよ。」
「そうか、では私も共にして良いだろうか。」
「サイードが?」
「ああ、転移魔法で君を連れてスーリの街まですぐに行ける。それに多少の交渉ごとなら慣れている。」
「そうか、私もサイードがいてくれると心強い。取り乱さずに済みそうだ。」
アレックスが言った。
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