第14話 エルマーの計画

 明け方、一晩中続いた宴会が終わり、皆が家々に帰った頃に北から幌馬車が戻って来たという報告がアレックスに伝えられた。


 エルマー達は北の森にある古代遺跡に巣食っていたアンデッドを討伐して来たという。

「廃墟ではない街にアンデッドが大量に来るなんて、何か理由があるはずだと思っていました。」

エルマーが言った。


 ヴァッセの北の砦から1キロほど奥の森に大きな墓のような遺跡があり、その入り口が何者かによって解放されたことで、遺跡に巣食っていたアンデッドが溢れ出し、ヴァッセ領に押し寄せたのだろう、とエルマーは言う。

 遺跡にはランク9のモンスター、ネクロバロンがいて、アンデッド達を束ねていたらしい。


(そんな恐ろしいモンスターがこの近くにいたのか。エルームがいなければこのヴァッセの地はとんでもない事態になっていただろう。)

話を聞きながらアレックスは汗を拭った。


「群になるアンデッドには大抵その頭となっているモンスターがいるんだよ。」

ウバシュが教えてくれた。


「ネクロバロンの魔石も取れたし古代遺跡にはお宝がいっぱい眠ってたな。やっぱ討伐に行って正解だったな。」

リゲルが嬉しそうに言った。


 アレックスは部下の騎士達を集めてエルマー達に改めてお礼を言った。エルマー達はしばらくこの地に停留するようだったので、宿舎に泊まってくれるようお願いした。

「何もない田舎の街ですが、もてなしを受けてもらえるとありがたい。」

アレックスが申し出るとエルマーは喜んだ。


−−−


 エルマーはこのヴァッセ領にしばらく留まる予定にしていた。

幌馬車にいた方が何かと便利だが、幌馬車内の空間について明かすことは得策でないため、騎士団の申し出にしたがってメンバー皆で騎士団の宿舎にしばらく止めてもらうこととなった。


 エルームのメンバー達が宿舎に移ったあと、幌馬車内の自室でエルマーは日記をつけながら悩んでいた。

(ペルセウスの魔力レベルは想定以上だったな。それに思ったより協力的だし。やはり仲間にできてよかった。北の砦の遺跡からは予定通り黒の書と覇者の剣、そして遠隔のピアスを手に入れられた。さてと、ここからどうするか。)

エルマーは日記を見ながらこれからの計画について考え始めた。


−−−


 ヴァッセ領に留まってから数日経った。 

エルマー達は騎士達に混ざりヴァッセ領の復興にも力を貸した。

砦や北領界門の修復を始めた騎士団への炊き出しをしたり、騎士達と領地の内城壁の外にある農地の見回りも行って、あっという間に街は平穏を取り戻して行った。


日曜日の朝、アレックスに街を案内してもらう予定になっていたエルマーが宿舎を出ると、何人かの人たちにアレックスが囲まれているのが見えた。髪の短い女性と少年がアレックスに抱きついて泣いていた。その横で高齢の夫婦らしき人たちも涙ぐんでいた。

(アレックスの家族のようだな。)

エルマーは邪魔しないように柱の影からその様子を見ていた。

しばらくして家族は帰っていった。


「あの方達は家族ですか。」

静かに見送るアレックスの背にエルマーは話しかけた。

「あ、ああ。居たのか。」

「休日ですし、僕ではなく家族と過ごされた方がいいのではないですか。」

「大丈夫だ。気にするな。」

「でも・・」

「ここ1ヶ月会っていなかったから感傷的にはなったが、これからは週に一度は家に帰れるはずだから。」

そういうとアレックスは騎士団の馬車が止めてある停車場に歩き出した。


副団長であるアレックスは基本的に宿舎に寝泊まりしているが、自宅が北地区にあるという。モンスター襲撃後、妻と子どもは実家のあるタカロ村に避難しており、今日自宅へ戻ってきたのだと説明してくれた。


「もう二度と会えないと覚悟したが、本当に良かった。改めてお礼を言う。」

アレックスはエルマーに頭を下げた。


 馬車は領主館前の広場を通りこの街のメイン通りである商店街を抜けると食料品のマーケットに到着した。まだ街道の封鎖が続いている所為かマーケットへの出店はまばらだった。街を歩きながらアレックスはエルマーにヴァッセの街についていろいろと説明してくれた。


「やあ救世主どの。」

「かっこいいねぇ。」

街を歩くと人々は気軽に親しみを持って声をかけてくる。

エルームの名声は街にも広がっているようだった。


街の案内が終わり馬車が領主館前の広場に差し掛かる。

「アレックス、もし良ければ領主の館を見学したいのですが、できますか?」

エルマーが言った。

「領主館の見学?中を見たいのか?」

「はい。ダメでしょうか。」

「確か老齢の管理人が残っているはずだ。聞いてこよう。」

アレックスは領主館に残った管理人に確認し、案内することにした。


−−−


 領主の館は美しかった。今は庭の雑草などが目立つが、綺麗に整備されていたのだろう。


 管理人は正門を開けるとアレックスに何やら告げて去っていった。

「ヴァッセ卿には内緒にしてくれるって言ってたから大丈夫だ。」

アレックスはそういうとエルマーを伴って敷地の中に入って行った。


 建物の中には入れなかったが、大きな窓から中の様子が見える。

家具は残っているが装飾品などは運び出されているようだった。

正面にある三階建の大きな本館と、裏手には奥方の住む別館、そして使用人達の住居となっている二階建ての建物を見て回った。


「アレックス、使用人達はみんな居ないのですか?」

「何名かはヴァッセ卿と共に王都へ行った。残ったものも避難指示を受けてここから出て行ったようだな。管理人が言うにはコックや庭師なんかは近くに住んでるらしいのだが。またヴァッセ卿が戻ってきたら集められるかも知れないな。」

「そうですか。ヴァッセ卿がまた戻ってくるんですね…。それにしてもこの城は凄く綺麗ですね。広くて建物自体も素敵だし、快適そうです。割と最近建てられてますね。」

「ああ。15年ほど前に建てられた。」

「僕はここがとても気に入りました。」

「そうか。良かった。」

眺める建物として気に入ったと理解したアレックスが言った。


−−−


 エルマーは宿舎に戻るとサイードの部屋に行った。


「ちょっと相談に乗ってもらえますか。」

「ああ。どのようなことだ?」

「今日ヴァッセの領主館をアレックスに案内してもらったのですが、とても綺麗で一目で気に入ってしまいました。どうしたら領主館を買えるでしょうか。」

「えっ。」

サイードは予想もしていないことに驚いた。

「エルマー、領主館はヴァッセ卿の持ち物だ。」

「わかっています。何か方法はありませんか?」


 《フィールドオブブレイブ》にはいくつか廃墟となった街が存在し、城が残っている場合には条件を満たしているとゲーム内通貨でその城を購入することができた。城を購入すると、武具の倉庫を持つことができ、武具の所持数が格段に増える。そして武器職人と魔導技師がオプションで購入できるようになり、武具の合成が城の中で可能となる。


 城を購入する条件は、500万以上のギリーを保有していることと、サイードがメンバーにいる事だった。エルマーはこの条件は満たしている。


城を買わなくてもゲームは進められるが、《フィールドオブブレイブ》ではヴァッセ城を購入しその後の冒険の拠点にしていたため、何としてもここは抑えておきたかった。


 ただ、ゲームだと、エルマーのヴァッセ領到着は魔獣により街が侵略され街全体が魔獣の巣となった後だった。しかし現実にはヴァッセ壊滅前にここを救うことができた。街への被害は無かった。

それ自体はエルマーが望んでいた結果だ。スーリでヴァッセについての情報発見後に他のイベントを無視してすぐに向かった。本来であればヴァッセ領へ視察に向かうスリジク王国騎士団の護衛の依頼がヘランに出され、それを受けた後ヴァッセに入る流れになっていた。


 街は救えたが、今の段階では城を購入できないかもしれないな。エルマーは悩む。


サイードも難しい顔をしながらエルマーの真意を探る。

「この地にとどまるための住居が必要ということか。」

「そうです。ここから東は、スリジク王国とバルキア帝国との緩衝地帯、つまり未開の地です。先日訪れた北の砦の古代遺跡にも、黒の書と覇者の剣が残されていました。この先も期待できると思うんです。街道もあり西側にも行きやすいですし、緩衝地帯の探索の拠点にしたいんです。」

「それならアレックスに言って家を売ってくれるところを紹介してもらう方が早いだろう。」

「あのお城がいいんです。」


(エルマーは一体何を言っているんだ?)

サイードはますます困惑する。


「なぜ、領主の館なんだ。今は領主不在といっても落ち着いたら戻ってくるだろう。」

「例えばいくら払えば買えるとか・・」

「他に領主館を新築してそこに移り住む予定があるなら、その費用を賄って余るほどの金額を提示すれば可能性はあるかもしれないが、この街の作りを考えると、あの場所を冒険者に売ることはおそらくないだろう。」

「そうですか。」

「この街は領主館を中心に広がっている作りになっている。」

「わかりました。では例えば領主が変わったら領主館の持ち主は変わりますか。」

「そうだな。領主が変わる場合はおそらく領主館も含めて新たな領主のものとなるだろう。」

「ではあのお城に住むには新たな領主になる必要があると言うことですね。」

「エルマー・・・」

「ここは広い農地もあるし、気候も穏やかで、アレックスをはじめ、街の人たちもいい人ばかりです。危機に際してこの街を見捨てた領主が戻ってきて再び治めるのも、スリジクが新たな領主を派遣するのも納得がいきません。」

説明するエルマーにサイードは真意を尋ねる。

「つまり、この地を治めるということか。」

「反対ですか、サイード。」


サイードは眉根を寄せ、立ち上がってエルマーの両腕を掴む。


「城に住みたいから領主になるなどと・・・。確かにエルームは国を脅かすほどの戦力を持つ存在だと思う、だからと言って・・」

「ち、違います。武力でこの地を奪うつもりはありません。確かに、エルームは冒険者です。冒険者が領主になるなんて突飛に感じるかもしれません。ですが、僕は今気づいたんです。エルームには宰相だったサイード、あなたがいます。ノワと比べるととても小さな街ですが、立地もいいですし将来性もあります。」

エルマーはサイードの目をまっすぐ見る。


サイードはしばらく黙ったあと、エルマーに「わかった。」と言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る