第13話 ヴァッセ領の戦い

<ヴァッセ領 騎士アレックス>


 状況が悪化していく中、領主ヴァッセが王都に知らせると言って、家族と少数の部下を伴って南領界門からスリジクの王都スーリに向かってから、早一か月、その後何度か送った使者への回答もなく未だに援軍はこない。騎士団長は領主に付き従って王都行ったため、副団長である私は、30人程の兵士とともに北領界門でのアンデッドとの戦いを指揮している。


 最初は十数匹のアンデッドが領界門付近に出現し、それを倒すとまたしばらくして群が現れる、その繰り返しだったが、次第に現れるアンデッドの数が増してきて、住民達も避難を始めていた。


 ここまで聖弓部隊と魔法部隊の連携攻撃でなんとか持ちこたえているが、兵士達の疲労も限度をとうに超えている。


 非常時にと蓄えられていた騎士団の食料も尽きている。今は街の商人や農家などが差し入れてくれた食料に頼っているがそれも残りわずかとなり、このままではモンスター達に領界門を破られるのも時間の問題だった。

私はただひたすら、モンスターが去ることを神に祈っていた。



 「副団長、森の奥からさらに魔獣の大きな群れが向かってきました。ガーゴイルも視認できます。」

見張りからの報告は私を絶望の淵へと追いやる。


「現在休んでいるものも、すぐに聖弓部隊の補佐に回れ。魔法部隊は空から飛んでくる魔獣に警戒。攻撃範囲内に敵が入り次第、最大威力で攻撃せよ。聖弓部隊は、魔法部隊が撃ち漏らした魔獣にのみ照準を合わせよ。確実に仕留められる射程圏内にて一撃必殺を狙え。」

私は疲弊している兵士たちに指示を出す。聖弓に使用できる騎士団の矢も残りわずかだ。これが最後の指示となるだろう。

 

「現在、領内を南から一台の馬車が猛スピードでこちらに向かってきます!」

別の見張りが大きな声で言った。


「なんだと。」

私はその報告に一筋の光を得た。もしや王都からのなんらかの連絡を持ってきてくれたかもしれないという期待を込めた。

「すぐに私が出向く。」

そういうと急いで見張り台を降り、作戦本部のテント前で一行を迎える。


 その馬車の異様さに私は驚いた。魔獣のスレイプニル2頭が引いていたからだ。馬車が止まると、中から冒険者風の数人が降りてきた。


「私はヴァッセの騎士アレックスだ。」

私はできるだけ胸を張って言った。

「僕たちは冒険者をしているエルームというチームで、僕はエルマーと言います。」

「王都から来たのか。」

「はい、スーリから来ました。」

冒険者組合ヘランで魔獣討伐の依頼を受けたのか。」

「いいえ、スーリのヘランにはそのような依頼はでてませんでした。」

「では我が領主からなにか言伝か?」

「僕たちはヴァッセの領主には会っていません。たまたまここに来ることになったんです。」

「はあ、そう…か。」

私は抱いていた期待が外れたのだと思い、言葉につまった。

「・・もし知らないでここに来たのなら伝えておくが、この街は今モンスターの攻撃を受けている。多くの民も避難を始めている。危機的な状況だ。こうしている時間もない。危ないので君たちもすぐに戻った方がいい。」

私はそう告げた。

「知っています。北にアンデッドの群れが現れたと王都で聞いてきました。アンデッドに対応する戦力は今王都にはなく、援軍を派遣する動きはありませんでした。」

「なんと、スリジクはここを見捨てるというのか・・・!」

最後の希望が絶たれたことがわかり、今も必死に砦での戦闘を続ける部下たちを思うと悲しみがこみ上げ、思わず口に出してしまった。

「・・では、失礼。」

冷静さを失った私はそういうと彼らに背を向けて歩き出した。


「僕たちは、魔獣を討伐しにきました。」

振り返るとエルマーと名乗った若い男は笑顔だった。



 私は冒険者たちを討伐本部のテントに案内した。まん丸い謎の動物と黒猫も彼らについて入ってきた。


 話を聞くとどうやらこの冒険者のチームは並外れて強いようだ。魔獣討伐で表彰を受けた実績もある。リーダーであるエルマーは、経験値や武器のレベル、使える攻撃魔法など、どれを取っても規格外だった。またメンバーも強者揃いだった。伝説の魔剣エクスカリバーを使いこなす人狼、魔術士のエルフ、魔族最強の種属だと言うヴァンパイア、神話に登場するクラフトである賢者。このような冒険者のチームを私は見たことがない。


「状況は一刻を争う。今すぐにでも助けてもらえるとありがたい。だが、ここには領主も騎士団長も不在だ。私は戦闘においての指揮をとっているが、君たちへの報奨金を出せるかどうかの確約はできない。」

私は正直に彼らに伝えた。


冒険者は報奨金を得ることを生業なりわいにしている。それが出せないと判れば協力は得られないかもしれなかった。


「気にしないでください。僕たちはお金のために来たわけではありませんから。」


 早速状況を見たいという彼らを領界門の見張り台に案内した。

「ガーゴイル、アンデッドタートル、アンデッドホース、アンデッドドッグ、マミーにアンデッドウォーリアーもいますね。」

スコープを覗きながらエルマーが魔獣の種類を確認している。

「確かに数が多いな。200以上はいるな。」

メリッサが言った。

「まずはウバシュによる広域攻撃魔法ですかね。」

エルマーが戦術を考える。


「我が行く。」

ヴァンパイアの男が言った。

「行ってくれるんですか。」

エルマーが聞く。

「ああ、数が多いだけで雑魚だ。すぐに終わる。」


「ちょっと待て、君たちが強いというのはわかるが、ガーゴイルはランク6、アンデッドウォーリアーはランク8に分類される魔獣だ。君たちだけで戦うつもりか。」

彼らの話を聞きながら私は口を挟んだ。

「問題ないと言っている、お前らは使えん。下がって寝ていろ。」

一人で戦うと言ったヴァンパイアの男が言った。


「アレックス、大丈夫です。彼は魔族ですからアンデッドの魔獣については詳しいんです。それと、戦われている兵士の皆さんはこちらから見ても疲弊しているのがわかります。休息が必要です。僕たちに任せてください。」

エルマーが説明した。

「5分後に門を開けろ。それまでに兵士たちは下がらせろ。わかったな。」

「アレックス、ペルセウスの言う通り任せてください。」

「わかった、君たちの言う通りにしよう。だが門の外で戦うのであれば私も行く。」

「そうですか。わかりました。では作戦を確認します。まず門を開け、ペルセウスが先陣を切る。その後ろに僕とリゲル、メリッサそしてアレックスがついてペルセウスを援護します。サイードとウバシュはその後方で魔法による支援を、グレッグはニャンコ氏を連れて見張り台からモンスターの出現状況、数や種類などを確認し、逐一報告、アルゴルは報告を受けたらそのまま大きな声で皆に伝えてください。」


 私は急いで戦闘中の兵士たちを全て退避させた。


門の前まで来るとペルセウスが振り向いてメンバーに告げる。

「貴様たちも下がっていろ」


「では下がりましょう。」

エルマーが門の前から離れるように促し、ペルセウスから距離をとる。

「よし、開けろ」

門を開けると同時にたくさんのモンスターが流れ込んでくる。

すると突如猛烈な追い風が起こる。気づくと流れ込んで来たモンスターたちは門の外に飛ばされていた。


今のはなんだ、まるで竜巻きだったが、狙いすましたかのようにモンスターだけを吹き飛ばした。

アンデッドドッグやマミーなどのランクの低いアンデッドが竜巻きでバラバラになり地面に落ちている。


ウィンドスラッシュか・・、だがこの様な威力は聞いたことがない。私は驚いていた。


ペルセウスが歩き出し門を出ると、下がっていたメンバーたちも後に続き、門を出たところで立ち止まった。

「門を閉めてください。」

エルマーは兵士たちに告げた。


砦の方まで吹き飛ばされたモンスターたちは体制を立て直し、こちらに向かってくる。


ペルセウスは右手を高く掲げた。


轟音とともに凄まじい光が、まるで空が落ちてくるかのように降りてきた。

100メートル四方を覆うほどの範囲に見えた。


私はあっけにとられ、身動きできなかった。


「マジかよ。」

私の横でリゲルが呟いた。


強い閃光とともに辺りが一瞬真っ白に光り、衝突音とともに地響が鳴り渡った。


グランサンダーボルト・・・いやそれを遥かに凌ぐ威力、範囲だ。


強い光が収まり、見渡すとそこに魔獣の姿はなかった。それどころか森が一瞬にして焼け野原になっていた。


攻撃範囲の中にあった木々から白い煙が立ち上り始めた。



「火事になると行けないので、水をかけておきましょう。」

エルマーはウバシュが掛けていたバックを受け取ると、中をごそごそと探り、指輪を取り出した。それを指にはめると、空に向かって魔法陣を切り、祈りの言葉のような静かな言葉で術式を唱えた。


「何をしたんだ。」

サイードがエルマーに尋ねる。

「まあ、見ててください。」

エルマーがにっこりと笑うと、突然空が暗くなり大粒の雨が降り出した。

「雨の術式です。さ、皆さん一旦戻りましょう。」




 我々は討伐本部に戻った。

「雨が上がったら門から砦まで行きましょう。魔獣が他にいないかの確認をしておかないと行けませんからね。」


「おい、ペルセウス、なんだよあの魔法は!あんなに魔力あんのかよ。」

リゲルが尻尾を立ててペルセウスに迫った。

「ふん、数が多い時はいちいち攻撃するのは面倒だからな。」

そこにグレッグと黒猫が見張り台から戻って来た。

「ペルセウスすごかったですね、びっくりしました。」

グレッグは興奮しているようだった。

どうやら仲間でもあの魔法は初めてだったのだろうか。


「ペルセウス様のサンダーボルトにより、攻撃範囲の魔獣が死滅、また魔力に込められた威圧により付近から一切の魔獣の気配が消えました。」

黒猫が喋った。

「そうですか、威圧ですか。それではアンデッドもしばらくは現れませんね。」

エルマーは笑った。



 わずか一撃で、1ヶ月以上に渡り我々を苦しめた魔獣達が死滅した…。


勝利への喜びが湧いてきてもいいのだが、これまでに感じたことのない強大な魔力と広範囲へのグランサンダーボルト、私が知る中でもっとも近い魔法が、有名な魔法書に書かれているこの名だが、到底これを上回っていた・・、そして雨の魔法、おまけに喋る黒猫・・・。私はあまりの出来事に理解が追いつかなかった。


「アレックス、ペルセウスの一人舞台になってしまいました。折角ホーリーランスを準備いただいていたのにすみませんでしたね。」

「あ。いや、それは別に・・。」

「もうそろそろ雨も上がります。しばらくは安全だと思いますので、皆さんには休むようにお伝えください。その間に僕は炊き出しの準備をさせてもらってもいいですか。」

「炊き出し?」

「ええ。スーリで食材とスパイスを大量に仕入れて来ましたので、今日はみんなでカレーを食べたいんです。」

「やったぜ、俺も手伝うよ。」

リゲルが尻尾を振りながら言った。

「カレーとは何か料理のことだろうか。」

聞きなれない言葉に私は質問をした。

「ええ、そうなんです。スパイスを使った煮込み料理なんです。兵士の皆さんの分も準備しますね。」

「ああ、それはありがたい。食料が尽きかけているので助かる。」


 待機所にいた兵士たちに事態を伝えに向かう。

兵士たちは怯えたように待機所内に集まっていた。

何人かの兵士は震えている。

「・・副隊長、先ほどの光と轟音は一体・・」

兵士の一人が恐るおそる尋ねてくる。

私は彼らに事の事態を説明した。

「そうですか、グランサンダーボルトですか・・。」

彼らも理解が追いつかないようだった。


震えているもの達の様子を聞くと、あのグランサンダーボルトの轟音の後、数名がその場で倒れ、その後悪寒が続いているという。

横になっているものを見て回る。熱があるわけではなさそうだった。


 私はそのことを本部で待機していたサイードたちに伝えた。

「多分、ペルセウスの威圧のせいだ。」

メリッサが言った。

「威圧とは高位の魔法の一つで、その魔法使用者との魔力の差があればあるほど効果を発揮する。ペルセウスが広範囲魔法を放ったため、その魔力の影響を受けたのだろう。」

サイードが解説してくれた。

「このお茶を飲むといい。回復薬を含んだ健康にいいお茶だ。」

サイードからお茶の入った水筒を受け取り、待機所にいる兵士たちに少しずつ飲ませた。

「アレックス副団長、ありがとうございました。震えが止まりました。心なしか元気になった気がします。」

お茶を飲んだものは一様に回復した様子だった。



 炊き出しの準備が整い、兵士たちがテントに集まる。

最初はエルームのメンバーを遠巻きにしていたものの、提供された暖かいカレーと言う料理を食べると、その旨さに何度もお代わりに並び、エルマー達にやさしく声をかけられるうちに、エルームへの恐怖は薄らいでいったようだった。久しぶりに食事を楽しみ、魔獣との戦闘と恐怖から解放されたことを実感していった。


−−−


 「そういえば、何もお礼を言っていなかった。」

私は久しぶりに待機所の自室に戻ってそのことを思い出した。明日の朝、兵士達を集めてお礼を言おう。

そう思って眠りについた。


 朝、目をさますと、久しぶりによく眠れたお陰か気分が良かった。エルマーたちに挨拶しようと部下に確認した。すると、彼らは数分前に馬車で北に向かった、とのことだった。

「北に向かった…?」

「はい。」

「砦より先に…?」

「はい。お止めしたのですが、モンスター襲撃の元を探る、とおっしゃってました。」

「そうか。」

私は不安な気持ちになったが、彼らなら大丈夫だろうとすぐに思い直した。


 見張りからの報告では、見通しが良くなった北の砦付近にはモンスターは現れていないとのことだった。

エルームにばかり頼っては行けないと、魔獣がいなくなったことを直接確認してくるよう部下達に指示し、部下達は馬に乗ると恐る恐る領界門の外にまとまって出て行った。


「本当にモンスターがいなくなっているようだ。」

部下達が砦からもどると大声で触れ回った。

皆は大いに喜びエルームに感謝を示した。


 北の砦付近には沢山の魔石が落ちており、ランクの高いものが多かったという。これをスーリで売れば兵士達への褒美が出せるだろう。


 夕刻、騎士団が宿舎に戻ると、魔獣たちの脅威が去ったことを知った街の人たちが兵士達への感謝を込めて、領主の館前の広場に集まってくれた。死を覚悟するほどの緊張状態から解放された兵士達の笑顔は涙に滲んだ。

広場はそのまま宴会場となり、久しぶりに聞こえる笑い声にひしと幸せを感じた。

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