第11話 新メンバー達

< グレッグの焦り >−−−


 ほこらのあった洞窟を出た一行は幌馬車を停めた森の入り口まで再び歩いて進む。


新たに仲間になったペルセウスを含めて、皆が黙々と歩いている。

速足で先頭を歩く嬉しそうなエルマーを除いて。


エルマーは歩きながら嬉々としてウバシュに喋りかけている。

先ほど死闘を繰り広げて死にかけたってのに、全くとんでもない男だ。



 エルームがマリスにいる間、俺は毎日この冒険者達の馬車に顔を出していた。ケルパー一家いっかの逆恨みから身を守るためという打算もあったが、俺はこの得体の知れない冒険者達に強く興味を持っていた。


 隣を歩いている狼族のリゲルは、最初こそ怖かったが話してみると気さくで楽しいやつだった。おそらく俺よりだいぶ年上だが見た目は俺と同じくらいに見える。何よりまるで俺を仲間のように最初から接してきたことは嬉しかった。


 昨日の昼間にリゲルと冒険者組合ヘランを訪れたとき、『ペルセウスの祠』についての話を聞いた。

絶対に近づかないようにしないとな、そう思ってリゲルをみると、ヤツは目を大きくして行く気満々になっていた。報奨金もないただの危険地域に行きたがる奴がいるんだなと俺は驚いた。

 話を聞いた後、リゲルはウキウキしながら馬車に戻って行った。


 リゲルを見送った俺はペルセウスの祠について詳しい話をその後ヘランで確認した。30年ほど前から噂が広がり、当時熟練冒険者が30人ほどパーティを組んで祠に入ったが、祠の奥にいた男に全員が一瞬で倒されたという。その後、マリスを訪れた強い冒険者が噂を聞いて度々挑戦してきたらしい。魔族だと言われているが真偽は不明。そもそもこの辺りに魔族はいない。いずれにしろ用心は必要だと思って今朝その情報を伝えに行った。



 ・・・そして今、俺の後ろを、熟練冒険者30人を一瞬で倒す魔族が歩いている。先頭を歩いているのは、その魔族と戦って勝ち、テンションが高い男だ。



「どうしたグレック、顔色が優れないが疲れたのか?」

メリッサが聞いてきた。

「いや、大丈夫です。」

(疲れてるというか、とにかくいろいろありすぎて混乱している。)

俺は和を乱さないように作り笑いを浮かべると、必死にペースを合わせて歩いた。


メリッサとのやり取りが聞こえたのか、サイードが振り返る。

俺をみると先頭のエルマーに声をかけた。

「悪いが少し休憩を貰えないか。」

(サ、サイード、気を使わないでくれ!!)

俺は心の中で叫ぶ。


 この中では俺が最弱の存在だ。エルマーがあれほど強いとなると、俺を仲間にしたのは、きっと成り行きだろう。洞窟での魔獣退治でも対して活躍しなかった俺が、帰りの体力もないと思われたら切り捨てられるかもしれない。それにサイードのことやこの冒険者達の不思議な魔法などはきっと秘密にしているはずだから、切り捨てられる=抹殺かもしれない。


「すみません、休憩を忘れてました。」

エルマーはそう言うと少し休むことになった。


俺は近くにあった苔むした岩に腰をかけた。

「はいよ。」

リゲルが水筒からお茶をよそって渡してきた。

「ありがとう。」

お茶を飲んでいる俺にリゲルに話しかける。

「なんだ、もしかしてビビってんのか?」

(グフっ)お茶を吐き出しそうになった。

「な、何言ってんだ。」

「なんかさっきからビビってる匂いがする。」

「ビビってる匂い!?」

(匂いでそんなことわかるのか?マジか。獣人だからか!?、ヤバイ・・)


「まあ、ペルセウスはめちゃくちゃ怖そうだけど、エルマーに負けたんだし、大人しくついてきてるからいいんじゃね。」

リゲルが俺のかたに手を置いた。

(あ、ペルセウスに怖がってると思われてる。確かにそっちもヤバイ。)


「おい、ペルセウス。」

リゲルが少し離れたところにいたペルセウスに話しかける。

「あんた、もう俺らの仲間だよな。」

「ああ。」

「じゃあ仲良くしてくれ。」

「あ、ああ。」

そう言ったリゲルは俺に笑顔で親指を立てる。

「お前も早く強くなってそのビビリを直せよ。」

あっけらかんと言ってきた。


「リゲル、グレッグはビビってなどいませんよ。」

話を聞いていたのかいつの間にか近くに来たエルマーが言った。


(いや、俺は完全にビビってる。)


俺が見上げるとエルマーは真顔だった。


「何せマフィアと渡り合ってきたんですから。それに、グレッグは情報収集力が高いですし、魔獣との戦い以外でも力を発揮してくれるはずです。」


「そうか。じゃあただ疲れただけか。変なこと言って悪かったな。」

リゲルが謝ってきた。


(もしかして、エルマーの俺への期待値って高いのか。)


魔獣との戦い以外でと言っていたことに少し安堵する。


(でもそうか、情報収集か。それなら俺にもできそうだ。)




−−−


 エルーム一行はマリスを経由して、当初の目的であったスーリに向かうことになった。


 エルマーは仲間になったペルセウスとアルゴル、黒猫に幌馬車を案内すると、それぞれの部屋を決めた。


ペルセウスが与えられた自室に引き篭もったあと、幌馬車のリビングではアルゴルを中心に盛り上がっていた。


「アルゴルも魔族なの?」

グレッグが聞いた。

「もちろんであります。私は誇り高き魔族、そしてペルセウス様の21番目の部下であります。」

アルゴルは憤慨したように答えた。

「失礼だったらごめん。魔族を見たことなかったし、ペルセウスと随分雰囲気が違ってたから。」

「いや、いいのであります。ペルセウス様は特別なのであります。」

「そういえば、ペルセウスが魔国皇帝だとかって言ってましたけど、北の大陸のこと教えくれませんか。」

エルマーが言った。


 「魔国大陸には沢山の魔族が住んでいるのであります。ペルセウス様はすべての魔族の頂点に立つ皇帝なのであります。」

「すごいですね。皇帝なんですか。でも魔国から離れていて平気なんですか?かなり前からあの洞窟にいたみたいですけど。」

「はい、右大臣であるミルファク様がうまくやっているのであります。ミルファク様はペルセウス様の幼馴染で、同じヴァンパイアです。性格はペルセウス様と違い冷徹ですが、信頼の置ける方であります。」

「へえ。ミルファクですか・・。」

エルマーが呟いた。


「やっぱりペルセウスと同じくらい強いのか?」

リゲルが聞いた。

「ペルセウス様の強さに並ぶものはいないのであります。ミルファク様は幼いころペルセウス様に敗れ、最初の部下になりました。魔国皇帝は魔族の中で一番強いものが選ばれます。10年に一度皇帝に挑む決闘が催されるのですが、ペルセウス様の強さは圧倒的で、20歳で皇帝になってから、60歳を過ぎてもペルセウス様に勝てる者は現れませんでした。」

「そうか、魔国が武闘大会により皇帝を選ぶという話は事実だったんだな。」

サイードが言った。

「あの、ペルセウスは今何歳なんですか。」

グレッグが聞く。

「今ペルセウス様は115歳であります。」

「はあ、そうですか。」

グレッグは何かに納得したようだった。


「60歳を過ぎた後は決闘してないのか?」

サイードが聞いた。

「はい、それからは決闘は行われておりません。ヴァンパイア種族は100歳から200歳ぐらいが最も魔力と体力が高まる年齢だと知られていますから、挑戦者が出て来ないのです。」

「それで、挑戦者を求めてこちらの大陸に移って来たのか?」

「それが、私めにはよくわからないのであります。ペルセウス様は50年ほど前にある日突然いなくなってしまったのであります。私アルゴルとニャンコ氏がこちらに呼ばれたのは30年程前でありまして、20年間、ペルセウス様の消息は不明でした。」

「謎の20年か。気になるね。」

ウバシュが言った。

「はい、ただ、ペルセウス様がいなくなる少し前に魔国である噂が広まりました。」

「どんな噂?」

「ペルセウス様がこっちの大陸で人間たちを襲い沢山殺したって…。でもペルセウス様はそのような事を意味もなくするお方ではありません。あの祠に来た人間たちも皆生きて返していました。洞窟内で倒れた者たちを手当して外に運び出すという役目を私めが仰せ使っておりました。」

「その噂についてペルセウスに確かめたことはあるの?」

「それは、ないのであります。」


「でも仮にその噂が事実だったら何かまずいのか?」

リゲルが聞いた。

「こちらの大陸と関わることは良くないとされています。そのため噂が出て、ペルセウス様は元老達からも糾弾され、部下も半分ほど元老の息のかかったものへ就くという事態になりました。」


「そのあたりに理由があるのかもしれませんね。」


これまでほとんど情報がなかった魔国と呼ばれる北の大陸に関する話に、皆が興味をもって聞いていた。


「黒猫さん?名前はニャンコ氏でいいのかな。君は何か知ってるの?」

ウバシュが聞いた。


リビングの隅で丸まっていた黒猫は、

「さあな。」

と返した。


 「ニャンコ氏というのは名前ではないのです。魔族は強さを認められないと公に名乗らないという風習がございます。私も実はニャンコ氏の名前は知らないのであります。ペルセウス様も黒猫とお呼びになりますので、私が勝手にニャンコ氏と呼んでおります。」

「へえ、じゃあアルゴルはアルゴルでいいの?」

リゲルが聞いた。

「はい、私めはペルセウス様の部下として認められた時から名乗っております。ニャンコ氏は頑ななのであります。」


『部下』と言うのは組織の上下関係ではなく、魔族の習わしによる関係のことで、強者に付き従うことを指してそう呼ぶ。子分とか舎弟に近いのだと、アルゴルの話を聞いてわかった。


「ペルセウスは今何人部下がいるの?」

「私めには正確にはわかりませんが、おそらく300程になっていたかと・・。」


「おい、アルゴル、さっきから黙っていたが、あまり魔国の事をペラペラと喋るな。ペルセウス様にも叱られるぞ。」

ニャンコ氏がアルゴルを一瞥すると、また丸まってそっぽを向いた。

「おお、これはうっかりして喋り過ぎたのであります。」


アルゴルは短い手でポリポリとまん丸いお腹を掻いた。  

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