第10話 ペルセウスの祠

 新たにグレッグが加入して6人になったエルーム一行は鬱蒼うっそうとした樹海を歩いている。昼間だというのに森の中はうす暗い。

道なき道を、地図を頼りに3時間ほどひたすら進んでいく。


「なあ、魔獣どころか、何の動物の匂いもしねえぞ。この山おかしくねえか。」

リゲルが歩きながらブツブツと言っている。


 人の入らない森や山は魔獣が多いのだが、森に入ってしばらくしてからは鳥や野うさぎなどの動物も見かけなかった。


「普通じゃない気がする。多分だけど、探している例の魔族が影響してるのかもね。きっとこの辺りだよ。」

ウバシュが言った。


しばらく歩き続けると、エルマー達は開けた明るい場所に出た。クローバーやタンポポなどが咲いている。その奥に丘が見え、洞窟の入り口があった。


リゲルが地図と周りを交互に見る。

「ここで良いんだよな。本当に魔獣がうじゃうじゃいるのかよ。」


グレッグが洞窟の入り口に駆け寄った。

「何か書いてますよ。」

その言葉でメンバーも入り口に集まる。


洞窟の入り口には岩が人工的に平らに削られた部分があり、そこに文字が刻まれていた。

「何かの文字のようですが、共通語じゃないみたいです。」

グレッグはそう言うと、サイードがその文字を確かめる。

「・・・『ここはペルセウスのほこら、弱きものは去れ、強きものは我に挑め』と書かれている。ゼルフォニア文字だ。」

「ゼルフォニア文字か。」

メリッサが言った。


 ゼルフォニア文字は今は使われておらず、一部の学者や知識人達が学ぶだけの文字だ。


「風化の具合からすると、かなり以前に掘られたようだ。」

サイードがエルマーを見た。

「ここの主が書いたのか、それとも訪れた人が書いたかはわかりませんが、わざわざ警告してくれてますね。ここで間違い無いでしょう。」

「確かにこの洞窟から何だか恐ろしいほどの魔力を感じるよ。」

ウバシュが言った。


「用心して進みましょう。先頭は僕、次がリゲル、メリッサ、その後ろがグレッグ、サイード、最後尾はウバシュです。祠自体に罠や仕掛けなどは無いとのことらしいのですが、何か気になることがあれば皆に伝えてください。」

エルマーが隊列を確認し洞窟に入った。


 洞窟の中は予想以上に奥が深い様子だった。ところどころ光が漏れさしてくるところがあり真っ暗ではなかった。目が慣れたところで先に進むと、赤草が大量に自生している一帯があった。赤草は毒消し草の材料になる野草だ。その奥に進むとホーンテッドコウモリやピンクトカゲなどランク2の魔獣が出るようになった。エルマー達はさらにどんどん奥に進んだ。洞窟の中は広く歩きやすく整えられたかのように地面は平らだった。


日光が漏れて落ちてきているところに泉が湧き出ていた。

ウバシュが鑑定魔法で水を調べる。

「この水はどうやら聖水みたいだよ。」

聖水はそのままのんでも魔力回復の効果があり、回復薬の材料になる。ウバシュは聖水をガラス瓶に汲んでバックにしまった。


 さらに奥に進むと、アンデッド系に分類される魔獣が増えてきた。


 サイードはエルマーから渡された聖属性の弓でアンデッドと戦う。聖弓でアンデッドを射ると魔力が影響してアンデッドが麻痺する。そこにとどめを刺す。何回か繰り返すと戦い方のコツも掴めて来た。魔獣には先手必勝、いち早く攻撃する事が大事だ。


 サイードが息を整えていると、リゲルの嬉しそうな声がした。

「よし、いい子だ。」

アンデッドホースを撫でている。

「アンデッドホースも俺には逆らえないみたいだ。」

リゲルは数頭のアンデッドホースを従わせると、入り口で待つように伝えた。

真っ黒の馬たちは並んでトコトコと入り口へ向かって行った。


グレッグは向かってくる魔獣を器用に交わしながら急所を狙って銃で攻撃する。


エルマーやメリッサは魔獣との戦闘経験が少ない2人の戦いを見守りながら周りを警戒して進んだ。


 進んでいくと遂に日光が届かなくなり真っ暗になった。エルマーが魔法で光源を作る。パッと光が灯ると辺り一面が青白く光り輝いた。その光景に皆目を奪われた。

「すごい、綺麗ですね。」

グレッグがいった。

そこには水晶の鉱脈が広がっていた。皆はしばらくそのキラキラした世界を眺めていた。


「奥に沢山いるぞ。」

リゲルが鉱脈の奥を指差した。

「…かなり強いアンデッドみたいだよ。」

ウバシュが判別した。

慎重に鉱脈の奥に入ると、中にはスケアクロウやブラックデールなどランク8の魔獣が巣食っていた。ランクが高くなるともはや魔力を得る前の獣の姿とは乖離し、モンスターと呼ばれるようになる。

「こっからが本番だな。」

リゲルが呟いた。


予め打ち合わせた通り、サイードとウバシュは後方支援と魔法攻撃、エルマーとリゲルが剣による接近攻撃、メリッサとグレッグは銃による中距離攻撃の配置になった。

エルマーとリゲルによる見事な連撃、隙のないメリッサの動きにサイードとグレッグは改めてこのチームの凄さを目の当たりにした。


 ランク8のモンスターを倒しながら、少しずつ奥に進んだ。進むにつれて明らかに他のモンスターとは違う妖気を感じる。最奥にはリベルターが待ち構えていた。近づくと同時にリベルターは呪文を唱え始めた。

「気をつけろ。ランク10だぞ。」

メリッサが言った。サイードがチーム全体の攻撃力を高める魔法エンハンスを、ウバシュはリベルターの防御力を下げる呪文ダウニーを唱えた。リベルターは呪文を唱え続ける。エルマーはリベルターをにらみ正面に立ちふさがった。メリッサはダイヤマグナムでリベルターの腹を撃った。エルマーとリゲルが突進して両腕を落とし、リベルターは反撃できないまま地面に倒れた。リゲルがとどめに剣を突き立てた。


 ランク10のモンスターに対してエルマー達は圧倒的な強さを示した。

ランク10ともなると、通常なら冒険者組合ヘラン主導で強い冒険者のチームが何組も集められ20から30人の大パーティを組んで討伐に行くレベルだ。

サイードは以前学んだ魔獣討伐に関する知識を思い出しながら、あっさり倒れたリベルターを見ていた。


リベルターが落とした魔石を回収し終えたウバシュが言う。

「これで終わりじゃないみたいだよ。リベルターは奥の扉を守ってたみたい。」

最奥に来たと思ったが、その奥に扉があった。


「どうやらこの奥が主のへやみたいですね。少し休憩しましょう。」

エルマーはそう言うと、お茶が入った水筒を回した。


皆が休憩している間に、リゲルが倒したリベルターを物色している。

「さすが、リゲルだな、私はあんまり触りたくないから、回収は任せたよ。」

メリッサが声をかけた。


 魔獣から取れる魔石やそのほか毛皮や羽根、牙など様々なものは高価格で世界中で取引されている。冒険者はヘランからの報奨金だけではなく、魔獣の死骸から取れるものを売って儲ける。


グレッグもリゲルのもとに行き、お金になりそうなものについて講義を受けだした。

「リベルターの鎧は価値がありそうだ。この鎧はどうやら魔獣の骨で作られてる。」

リベルターから鎧を外して、リゲルは自分のバッグの中にしまった。

グレッグがメモを取りながら一生懸命に話を聞いている姿は微笑ましかった。


 休憩で体力と魔力を回復したエルマー達は奥に進んだ。


 重たい石の扉を押す。中は真っ暗だ。エルマーが光源を増やそうとした時、祠の中に次々と明かりが灯る。松明だ。

すると暗がりから人が現れた。

 

 「ここまで来れたことは褒めてやろう。貴様、何という名だ。」

声だけでそのただならぬ雰囲気が伝わってくる。

 覚醒前のペルセウスだ・・・。エルマーはペルセウスを観察する。190cm近い長身、色白で青い目、赤い唇、サラリとした銀髪。ゲーム上でも同様の描写があったが、まるで彫刻のような美しさに思わず圧倒される。

メンバーも同様に圧倒されているのか身動ぎ一つせず黙っている。


「僕はエルマーです。貴方はこの祠の主ですか。」

「我が名はペルセウス。強きものを求める。」

ペルセウスはそう言うとエルマーを見据えた。

「貴方と勝負しろと言うことですね。」

「恐れるのであれば今すぐ立ち去れ。」

「せっかくなので勝負します。」

エルマーはそういうと他のメンバーを後方に退かせた。


「エルマーとやら、一人で我に立ち向かうと?」

ペルセウスは少し驚いたようだった。サイードやグレッグも同じように驚いた。ウバシュは先ほどから恐ろしい妖気を強烈に感じ取っている。先ほどのリベルターとは比べ物にならない、リゲルやメリッサもそう感じていた。

「ええ、僕はあなたと一対一で勝負したいんです。」

エルマーは真剣な顔で言った。

「そうか。」

ペルセウスは無表情のまま言った。


「みんなはその石の扉の向こうで待っててください。」

「エルマー、大丈夫なのか。」

メリッサが聞く。

「わかりませんが、全力を尽くします。」


エルマーはペルセウスと対峙した。

「では、行きます。」

エルマーはこれまで以上のスピードで剣を繰り出した。だが、ペルセウスはまるで瞬間移動しているかのような目に見えない速度で動き、一瞬見失う。

ペルセウスは稲妻の魔法連打でエルマーを襲う。


「無詠唱⁉︎」

ウバシュが思わず呟いた。


魔法を発動するには、決まった魔法陣を対象に向かって描き、術式を唱える必要がある。だがペルセウスにそう言った動作は一切無かった。


一度に複数放たれた稲妻の一つがエルマーを直撃する。

「エルマーっ」

メリッサが叫んだ。

エルマーは大丈夫だと手で合図する。

「装備のお陰で助かりましたね。」

そう言ってエルマーは態勢を立て直す。

「ほう、これを受けても平気か。ならこれはどうかな。」

ペルセウスはニヤリと笑うと右手を高く掲げて先ほどよりも威力の高い稲妻を放った。

エルマーは素早く攻撃範囲から移動して直撃を免れる。

間をおかずペルセウスに接近して連撃する。激しい剣でのぶつかり合い。両者の速さで目が追いつかない。

ペルセウスがまた瞬間移動して距離を取る。

その隙にエルマーは両手で魔法陣を描き身体強化する。


「あれはホーリーエンハンスだね。」

ウバシュが解説する。アンデッドからの攻撃ダメージを減らす緑魔法だ。


(ペルセウスはアンデッドなのか…。)

アンデッドは魔力で生命を維持する特殊な魔獣で、魔族の中にもアンデッドがいると聞いたことがある。その多くは死を連想させる見た目で判別はしやすいのだが、ペルセウスの見た目からはその連想は難しかった。攻撃を受ける中でエルマーが判断したのだろう、サイードはウバシュの解説を受けて戦闘を観察する。


次第にエルマーは防戦一方となり、体力・魔力が削られていく。

「このままでは・・・」

メリッサが手に汗を握っている。

「うわっ」

エルマーの左肩にペルセウスの剣が刺さった。エルマーの顔が歪む。


「残念だったな。我の剣により傷つくと数分で魔力が失われ、体が麻痺する。お前は終わりだ。」

「まだ数分もあるんですか。」

エルマーが息を荒げながら答えると同時に魔法陣を描きホーリーショットを放つ。

ペルセウスはまた瞬間移動で消えた。

「そこだー。」

エルマーが叫ぶと、ペルセウスの移動した先に放ったエルマーの剣が見事にペルセウスの胸を貫いていた。


あまりの出来事に見ていたメンバーは静まり返った。


「我の負けか…」

ペルセウスはその場に倒れた。


 ウバシュがすぐさまエルマーに回復魔法リキュパレイトをかけ、毒消し薬を投げた。


薬を飲んだエルマーが自身の傷口を確認する。

「ありがとう。危ないところでした。」

「大丈夫なのか。」

メリッサが声をかける。

「もう大丈夫みたいです。」

そう言うと、エルマーは倒れたペルセウスに手を当てる。

「まだ生きています。サイード、復活の魔法をお願いします。」


アンデッドには回復薬ヒールポーション回復魔法リキュパレイトも効果がない。唯一の回復方法は賢者の魔法である復活をかけることだ。それもアンデッドが完全に死んでしまうと効果はない。

「だが…」

「急いでください。」

サイードがためらうとエルマーは強い口調で言った。

サイードはペルセウスの傷口に手を当てて術式を唱えた。

数秒後にペルセウスは咳き込み、血を吐きながら意識を取り戻した。


「何故だ。」

ペルセウスがエルマーに向かって言った。


エルマーはにっこり笑う。

「どうやって貴方を回復できたかという質問ですか、それともどうして僕が勝てたのか、もしくはどうして死なせなかったのか、という質問ですか。」

「すべてだ。」

ペルセウスはエルマーを見据えた。


「では、まずどうやって回復したかについてですが、貴方がアンデッド系の魔族だということは戦っている最中にわかりました。受けた魔法の中に闇属性特有の二重効果の発動を感じました。そして、私たちのチームにはアンデッドを回復させる唯一の魔法を知る賢者がいます。復活の魔法により貴方を回復できました。」

エルマーは興奮しているのか饒舌に話す。

「次にどうして僕が最後に貴方を見きれたかですが、貴方は戦いの最中に一度だけ、あそこの隅に丸まっている黒猫のようなものを見ました。」

エルマーは指をさした。

「そして僕の攻撃がその猫のようなものがいる方に向かうと、あなたは瞬間移動し方向を変えました。あなたは二度同じ向きで瞬間移動しました。そこで、僕はあの隅に向かうよう少しずつ誘導したんです。消えた瞬間に逆を刺す。最後は賭けでした。」

すると、これまで暗くて気がつかなかったが、隅にいたと思われる黒猫が駆けてきた。


「ペルセウス様、申し訳ございません。私がこの場にいたせいで…」

話し出した黒猫を制するようにペルセウスが言う。

「貴様のせいではない。見ていただろう。我がこのエルマーより弱かっただけだ。」

黒猫は微かに震えている。

「外で遊んでいるアルゴルにも伝えろ。貴様らは最早我の部下ではない。自由にしろと。」

「ペルセウス様…」

「さっさと行け。」

そう言われて黒猫は走って行った。


「残りの質問への答えがまだだ。」

ペルセウスがエルマーに向き直る。

「そうですね、なぜ死なせなかったかと言うと、ここに押し入ったのは僕たちですし、貴方を死なせる理由がなかったからです。あと、もう一つ、貴方に僕たちのチームメンバーになって欲しいと思っています。」

「何だと。」

「僕たちの仲間になってくれませんか。」

エルマーはにっこりと笑った。

ペルセウスは沈黙した。しばらく考え、覚悟を決めたような顔をした。

「我は負けた。エルマーに従うとしよう。」

ペルセウスは低い声で答えた。



「ペルセウス様ー。」

オレンジ色のボールのようなまん丸い生きものがこちらに向かって叫びながら走ってきた。その後ろを先ほどの黒猫が付いてきた。


「おい、黒猫、我の話をアルゴルに伝えたのか。」

「はい、確かに伝えました。」

黒猫は距離を置いて頭を垂れる。


「ぺ、ペルセウス樣・・。」

オレンジ色のまん丸がつぶらな目を潤ませて声をつまらせながら言った。

「なんだ、アルゴル、言いたいことでもあるのか。」

「ペルセウス様、この私めは、お言葉通り自由に・・させていただきとうございます。」

「もう部下ではない、許可は必要ない。」

「左様ですか、安心しました。アルゴルめはこれからもペルセウス様の元で修行いたします。」

「何だと。」

「ニャンコ氏も同じ考えにございます。」

「ふざけるな。我は先ほどエルマーの配下となった。貴様達の面倒はごめんだ。」

ペルセウスは伏し目がちに言った。


「僕はいいですよ。配下じゃなくて仲間ですけど。」

やり取りを見守っていたエルマーは軽い調子で答えた。


アルゴルと呼ばれたオレンジのまん丸はエルマーの方に向き直ると大げさなそぶりで気をつけの姿勢をとった。

「どこのどなたかは存じませんが、未だにペルセウス様が負けたなどとは信じられません。けれどもペルセウス様を配下にされるのであれば、このアルゴル、そしてニャンコ氏共々よろしくお願いいたします。」

「はい、こちらこそよろしくお願いします。僕達はエルームという冒険者チームです。僕の名前はエルマーと言います。」

エルマーは同じように背筋を伸ばした後、お辞儀をして言った。

「エルマーと申されるか。承知致した。貴方はどうやら人間、何かの偶然の賜物で今回はエルマー殿が運良く勝ったようですが、ペルセウス様はこれからも魔国の皇帝として…」

「黙れアルゴル。これ以上余計な口を叩けば生かしておかぬ。」


−−−


 アルゴルの言う通り、エルマーに運が味方した。


対ペルセウス用の装備に身を包み挑んだのだが、戦闘を始めてすぐにペルセウスの圧倒的な強さに実力差を思い知ることになった。しかしゲームには出てこなかった唯一の「隙」を見出してエルマーは勝利を納めることができた。

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