第9話 序章 旅立ち

<プロローグ エルマーの旅立ち>



「今はgp暦 530年、エルマー7歳、か。」

エルマーは日記をつけながら呟いた。


 使わなくなった納屋に、木箱で作った机と椅子、与えられたおもちゃなどを持ち込み、自室のようにしてここで日記を付けるのが7歳になったエルマーの日課だった。


 ここがRPG《フィールドオブブレイブ》の世界に酷似していると気づいて以来、日記をつけながらここ「始まりの村」ヤンパの周辺を冒険している。といってもただ遊んでいるだけなのだが。


 ここがゲームの中なのか何なのか、実際のところはよく分からない。ただ、エルマーには前世の記憶がはっきりと残っていて、主人公の生い立ちやその他の登場人物、それに国や街の名前も同じであった。

ここが《フィールドオブブレイブ》のストーリーをなぞって進んでいると理解していた。


「エルマーの旅立ちは10歳だからあと3年か。」


 万人向けのゲームの主人公は子供。それにしても、10歳で世界に挑む心境がわからない。勇者として覚醒するのは旅立ちの後、ミルパ遺跡の時だから、今はまだ普通の小さな子どもだ。そんな子供がお小遣い程度のお金と木刀を持って旅に出るなんて、と前世の記憶と照らし合わせながらエルマーは腑に落ちなかった。


 優しい父親ミカエルとの暮らしは穏やかで、のんびりとした村での生活は楽しかった。

 勇者のパッシブ能力の一つであるチャームが影響しているのか、村のみんながとても親切で、誰にでも可愛がられた。


 (父親を手伝って畑でも耕しながらこのままのんびり暮らせたらな。)


 エルマーは悲しい気持ちになった。


 エルマーの母親は3歳の時に病死している。もともと体が弱かった母親は、父と結婚したあと父の田舎であるヤンパに移り住んだ。

 先日、母親の遺品を整理していた父が、形見だと言って金のペンダントをエルマーに渡した。母親は、小国のお姫様だった、という設定がゲームに登場するのを思い出した。ペンダントは冒険の途中の宝箱を開ける時に使う。エルマーはその時までこれを首から下げることになった。


 男手一つでエルマーを育ててくれている父ミカエルは、ゲームの中だとエルマーが10歳の誕生日に、街にプレゼントを買いに出かけた帰りに盗賊に襲われて死んでしまう。


(確かにグラフィックは綺麗だったしチームメンバーは自由に選べるし頑張れば街づくりとか何でもできる仕様になってて面白かったけど、旅立ちのイベントストーリーが暗いのだ。別に父親を死なせなくたってエルマーは旅に出るかもしれないじゃないか。…そうだ、そうしよう。誕生日プレゼントは父の手作りケーキをねだって外出させないようにしよう。)

エルマーは『神』に文句を言った。



 「エルマーいる?遊ぼー。」

納屋の外から女の子が大声で呼ぶ。近所にすむ赤毛のサンドラだ。2つ年下だが、背が高くケンカが強い。赤ん坊の頃から家族ぐるみで仲良しだ。サンドラがやたら懐いてくるのでよく一緒に冒険遊びをしている。


 ゲームのサンドラは、エルマー覚醒後に旅立ちの村に戻ると仲間にする事ができる。お嫁さん候補にもなるためサンドラを仲間にするプレイヤーは多かった。サンドラはヒーラーのクラフトを持つが、チームのレベルが上がるストーリー後半からは戦闘での活躍は減るため、前世のエルマーはサンドラを仲間にせず、たまに村に戻った時に話す程度の関係にとどめていた。


「エルマーいないのー?」

「いるよー。今行くからー。」

エルマーは日記を閉じると、サンドラと冒険遊びに出かけた。



−−−


 エルマー10歳の誕生日。


 いよいよこの日が来てしまった。エルマーは不安な気持ちで迎えた。


 予定通り父ミカエルに手作りケーキを頼んだ。プレゼントは要らないのかと尋ねられたが、「お家でお父さんと楽しく過ごしたいんだ。」と言って断っていた。


ミカエルは朝から気合いを入れて卵を泡立てていた。

「お父さん、ケーキはできるだけ大きいのにしてね。あと、ごちそうも楽しみにしてるからね。」

エルマーはキッチンにいるミカエルに甘えてみた。

「おう、そうだな。ちゃんと準備してるから大丈夫だぞ。」

そう言うとエルマーの頭を撫でた。


 その様子に安心したエルマーはサンドラと出かけた。ケーキに飾るフルーツを探すためだった。

サンドラが甘いサクランボがなっている場所を知っているというので、森に向かった。


子供だけで森に入るな、とよくミカエルには怒られていたが、この頃には森に出るランク1のカピバラやベルモーなどは木刀で容易く倒せるようになっていた。


「どお、すごいでしょ。」

たくさんのサクランボを実らせている木があった。

エルマーとサンドラは籠にサクランボを沢山とると、その場で実を食べだした。

「確かに甘いよ。」

エルマーが笑うとサンドラも笑った。


 エルマー達が村に戻ると、サンドラの叔父に会った。

「ああ、戻って来たのか。森に入っていくのが見えたから、ミカエルに伝えたら探しに行ったぞ。」

「えっ」


エルマーは体の芯が震えるような感じを覚え、手から汗が吹き出して来た。

「い、いつですか。」

大声でエルマーが詰め寄る。

「どうした、なんかあったか。小一時間前だけど。」

エルマーはサクランボの入ったカゴをその場に投げ、森に向かって走り出した。

「ちょっと、エルマー。ダメだよ一人で行っちゃ。」

そういうとサンドラもエルマーを追いかけた。


 エルマーは一目散に森に入る。父がどこに探しに行ったのかわからない。

「お父さん、どこー。」

大声を出す。

「おじさーん」

サンドラも一緒に探してくれる。

そうだ、父と2人でよく行く、きのこの採取場所かもしれない。エルマーは走り出した。


「お父さーん。」

必死の呼びかけに遠くから声がした。

「おお、エルマーか。」

森の中からミカエルがこちらに向かって歩いてくるのがわかりホッと胸をなでおろした。


「こら、子供だけで森に入っちゃダメだと行ったろ。」

エルマーの頭を優しく撫でながらミカエルが言った。

「ごめんなさい。」

エルマーは半べそで謝った。

「さあ、帰ろうか。ケーキがうまく焼けたぞ。サンドラもうちに招待するぞ。」

「わーい、ありがとう。」

3人は森から村に続く道に出ようと歩き出した。



 村への道が見えたところで、エルマー達の足音とは別に、ガサガサ、と後ろの方で音がした。

「魔獣じゃないだろうな。」

ミカエルはそう言うと腰に下げていたサバイバルナイフを取り出した。

エルマーは嫌な予感がして木刀を構える。


 木の影から汚い格好をした男が3人現れた。その内2人は手に錆びた剣を持っている。


「盗賊か。」

ミカエルが低い声でつぶやくと、エルマーとサンドラを庇うように立った。


「悪いが、金目のものは何も持ってない。」

ミカエルは男達に向かって言った。

「さあ、それは俺たちが判断する。」

盗賊はそういうと近づいて来た。


「二人とも逃げろ。全速力だ。いいな。」

「でも・・。」

サンドラが言う。

「大人の言うことを聞け。」

そう言うとミカエルはサバイバルナイフを盗賊に向ける。

「こちらに来るな。」

ミカエルは低い声で言った。


エルマーは焦った。このままだとストーリー通りに父親が盗賊に殺されてしまう。盗賊達の目が父親に向いている隙に、姿勢を低くして盗賊の一人に向かった。

高い草に隠れながら端にいる盗賊に慎重に近づく。

エルマーは木刀を振りかぶる。

「うわぁぁ」

エルマーが向かってくることを盗賊は予想していなかったのか、避けきれず木刀を頭に受けて倒れた。


「貴様っ」

盗賊の一人が弓でエルマーを狙った。


「危ないっ」

エルマーがその声に振り向くとミカエルは弓を構えた盗賊に向かって走り出した。


弓が引かれる音と同時にミカエルの顔が歪んだ。その胸には矢が刺さっていた。とっさに矢とエルマーの間に入りかばったのだ。

「うぅ・・」


 倒れたミカエルを見てエルマーは呆然とする。

男はさらに弓を射ろうとしている。

エルマーは頭が真っ白となり、木刀を振り回しながらその男に向かった。

その隙にもう一人の男がサンドラに近づく。

サンドラは震えながら短剣を構え男と対峙する。


エルマーは弓を射った男を木刀で殴り続けた。男が動かなくなったのを見て、我に返り後ろをみるとサンドラが盗賊に首を切られて血が噴き出した。

10歳の女の子と盗賊では力の差があったのだ。


「ま、さか。」

エルマーは声にならない声を発した。

サンドラを襲った盗賊めがけて駆け出し、その勢いで木刀を突き立てる。


木刀は盗賊の体を貫いた。




「お父さん、サンドラ。」

エルマーは倒れている二人を交互に揺らし、大声で泣き出した。


二人は息絶えた。


−−−


 村の人たちによって二人は埋葬された。


 教会での葬式の後、エルマーは家に戻った。


 誰もいないダイニングに入る。テーブルには西日が差し込んでいる。

特別な時に使う高価な食器とカトラリーが並び、いつも自分が座る席に置かれた皿の上には父親からのバースデーカードがあった。



 キッチンのオーブンには大きなケーキが残っていた。


 エルマーは硬くなったケーキを取り出し、食卓の真ん中の大きな皿にのせる。とめどなく涙が溢れた。いつもの席に崩れるように座り込んで嗚咽した。


 一晩中ただ泣いていた。


(あの時、父の言葉に従ってサンドラと逃げ出せば少なくともサンドラは助かったはずだ。でも僕は愚かにも父を守ろうと戦いを挑んだ。戦わなければ、二人の命は助かったかもしれない。いや、それより、あの日に村の近くに盗賊が現れると言うことを僕は知っていた。それなのにその情報を適切に取り扱わなかった。森に行き、二人の大事な人を死なせてしまった。)


 エルマーはぐるぐるとあの日の出来事を繰り返し思考する。ゲームとは異なる結果、しかも最悪の結果になってしまった原因を振り返る。



 翌朝、村の教会の神父がエルマーを訪ねて来た。ここで一人でいるのが辛いなら教会に住んでもいいと言った。


 盗賊に襲われた後、エルマーは村に戻ると真っ先に教会に駆け込み、神父に二人を生き返らせろと泣き喚いたのだった。

神父はエルマーを心配していた。


「僕は・・・旅に出ます。」


 ゲームとは違う、行動を間違えてもやり直しができない、そして死なないはずの人も死ぬ。エルマーはこの世界を知るため、強くなるため、僅かなお金と木刀を持って旅に出た。

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