第18話 サイードの計略

 サイードはアレックスとともに再びカール・ロウエを訪ねていた。


 魔獣討伐完了の報告を終え、スーリからの通行が許可された事、ヴァッセ領も南領界門での騎士団の通行警備業務を開始する事などを伝えた。

「ありがとう。これで商店会の皆も一安心です。」

カールはアレックスとサイードに頭を下げた。


サイードは出されたお茶に口をつけた後、雑談する雰囲気で話を切り出した。

「そういえば謁見の際に、昨年から国へのされているとヴァッセ卿が言っていたのだが、昨年は凶作だったのだな。そこに来てこの魔獣騒ぎがあり、1ヶ月も通商ができなかったのでは、しばらくは皆大変なのではないか。」


「ん?どういうことですかな。」

予想通りカールは反応した。

サイードはそのことを悟られないよう答える。


「1ヶ月避難生活を余儀なくされたものが多かったと聞くし、しばらくは大変だろうと・・。」

「いや、その事ではなく、ヴァッセは国への納税を免除されておったのですか。」

カールは今度はアレックスの方を見る。

「確かにヴァッセ卿は仰っていた。昨年の凶作をスリジクに訴えて免除されていたと。そして今回の魔獣襲撃の援軍要請もお金の問題でできなかったとの事だった。」

「何と言うことか。つまり、国に納める税金を免除されているにもかかわらず、民からの徴収は行い、街の危機に援軍要請もしなんだということだな。」

カールの顔色が変わった。


「住民は減税されていたのではないのか。」

サイードは確かめるように言った。

「いや、むしろ逆です。昨年税率の引き上げがあって、わしら商店会も署名を集めて陳情書持っていったが取り合ってくれなかったのです。」


「そうだったんだな。ずいぶん無慈悲な領主のようだな。アレックスが兵士達に僅かでも褒賞を出して欲しいと、集めて持って行った魔石も全て取り上げていったしな。」

「なんだと!」

「これから復興しなければならないというのに、兵士達の忠誠心も下がるじゃろうて。」

「え、ああ、そうならないといいが。」

アレックスが言った。

「あ、いや、すみません。つい腹立たしくて。ちょっと待っててもらえますか。」

カールはそう言うと紙の束を抱えて戻ってきた。

昨年集めたという街の人たちからの陳情書だと説明した。

「ヴァッセの商店会としても、放っては置けません。再度署名を集めてジョージ・ヴァッセに直談判せねば。」

カールは感情的に言った。


「ヴァッセ卿に直談判しても、おそらく解決はできないだろう。国の税免除による民への減税をしなかったことはヴァッセ卿としても表に出したくない話のはずだ。」

サイードはカールに言った。

「そうかも知れません。だが他にどうしたらいいものか。」

「私たちにその陳情書を任せてもらえないだろうか。スーリに信頼できる貴族がいる。その貴族を通じて、商店会そしてみなの陳情書をスリジク国王に届けるようにしたい。」

「本当に国王に届くのですか。」

「それは今は確約できないが、ヴァッセ卿に持って行くよりは良い結果になるはずだ。」


カールは再び署名を集めることを確認してアレックスとサイードを見送った。


−−−


 1週間ほどたち、スーリに避難していた人々がポツポツとヴァッセ領に戻り始めた頃。


 グレッグはニャンコ氏を連れ、二日ほど前から再度スーリでジョージ・ヴァッセ周辺の調査を行なっていた。グレックは調査の進捗報告のため、遠隔のピアスを耳につけた。


 北の砦の先にあった遺跡から持ち帰った遠隔のピアスは、離れた場所での音声のやりとりが可能となる魔道具だった。

『黒の書』にはこの魔道具の使い方が記載されていた。遠隔のピアスは黒い石で出来たものが一対、青い石で出来たものが一対あった。どちらも使い方は同じだった。対になっているピアスを装着したものが特別な術式を唱えることで効果を得られる。


サイードも予定していた時間に遠隔のピアスをつけて待機していた。


「スーリでは現在ヴァッセ領のアンデッドモンスター討伐がもっぱらの話題です。騎士団の兵士達の命をかけた戦い、そしてエルームという冒険者達の神がかり的な強さと合わせて、叙事詩として多くの聴衆の関心を引いています。当初話をした吟遊詩人だけではなく、別のものも同様の歌を披露しているようです。またその裏話としてのジョージ・ヴァッセの非道も広まってきています。」

グレッグが報告した。

「そうか、芽吹いたか。」

サイードが言った。

「貴族達の耳にも入ったようで、ジョージ・ヴァッセは国王にヴァッセ領についての報告を求められているようです。」

「そうか、ジョージ・ヴァッセの国王への報告はいつか、聞いているか。」

「はい、調査したヴァッセ家のメイドの話では、来週の月曜日のようだとの事であります。」

「そうか。わかった。悪いがもうしばらくスーリでの情報を集めてくれ。」

「はい、わかりました。」


 グレッグと30分ほど話したあと、サイードは幌馬車のリビングでエルマーにこれまで集めた情報を伝えた。


「へえ。吟遊詩人ですか。サイードがそのような方法を思いつくとは思いませんでした。」

エルマーは笑った。

「まあ、真正面から話をするだけでは何もうまくいかないってことは何度も経験してきたからな。それに上手く実行してくれたのはグレッグだ。」

「それで、この後どう動くんですか。」

「スーリにユングという公爵がいる。私の大学時代の友人の父であり、私がノワの宰相になってからも交流は続いていた。話ぐらいは聞いてくれるはずだ。」


−−−


 商店会からの正式な陳情書をカールから受け取ると、サイードはエルマーとともに王都のユング公爵を訪ねた。


 ユング公爵は突然訪ねていったサイードを見て驚きながらも涙しながら喜んだ。

ユングは二人を応接室に招き入れた。白髪の穏やかな笑顔は、その人物像をうかがわせた。


「大変だっただろう。心配していたんだ。訪ねてくれて嬉しいよ。そちらの方は?」

「こちらはエルームという冒険者チームのリーダー、エルマーです。今私が世話になっています。」

「初めまして。エルマーと言います。」

エルマーが会釈する。

「エルーム、というとあの話題の冒険者なのか。ヴァッセ領で魔獣を討伐したという。」

「ええ、そうです。すでにお聞き及びでしたか。」


 ユングはサイードにノワの事件について尋ねることはなく、サイードを信頼している事が伝わってくる。

 

 サイードの現況やスリジクの最近の話などの会話が進み、サイードは本題であるヴァッセ領の事情をユングに説明する。

ユング公爵は難しい顔をして少し悩んだようだが、陳情書を王に渡すことを約束してくれた。


「君が訪ねてきたので、てっきり、君自身のことで頼ってきてくれたのかと思ったが、冒険者となっても、こうして民のことを思って行動してるのだろう。君らしいよ。」

「突然訪ねて、厄介なことをお願いしてすみません。」

「ジョージ・ヴァッセ伯爵についてはもともとあまり良い話も聞かないし、ひどい領主だと最近はもっぱらの噂だ。王も何か手を打たねばと思っているんじゃないだろうか。私から進言すれば耳を貸すだろう。王はまだ就任して4年と期間も短く、古くからの公爵家であるこのユングを頼ることも多い。まあ使える貴族の1人だぐらいには思っているだろう。大丈夫だ。」

ユングは穏やかに言った。


「ありがとうございます。ところでスリジク国王はどのような方なのですか。就任式の際にお会いしましたが、お話ししたことはありませんでしたので。」

サイードが訊ねた。

「ああ、王はとても合理的な方だよ。それが一部の貴族からは冷淡だと受け取られることもあるがね。古いしがらみや貴族流の回りくどい物言いを嫌う節もある。・・・今回ヴァッセ領への援軍を出さなかったことについても、合理的に判断した結果だろう。西でドーアとくすぶっているからな。そっちを警戒しての判断だったかもしれない。」

サイードはユングから王の進めている政治の話やヴァッセ領についての経緯いきさつなどを聞いた。


「それにしてもエルームは強いという評判だ。先日、王に会った時に、王も興味を示していたよ。そのうち君が表舞台に戻る日が来たら王に紹介させてほしいな。」

ははは、とユング公爵は笑った。

「そのような日が来ればいいのですが。」

サイードは目を細めた。


「そういえば、ワーズ卿へは連絡したのか。一度こちらに手紙をいただいたよ。サイードが訪ねてくることがあれば助けてやってほしいと書かれていた。」

「父が・・。そうですか。いや、連絡していません。」

「そうか。なら連絡してあげなさい。心配してらっしゃるはずだ。」



 ユング公爵の家を出ると、サイードは思い詰めたような顔をしていた。

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