第17話 ウバシュとアルゴル

 この日は久し振りにエルームのメンバー全員が幌馬車に集まり、昼食会が開かれた。


 焼きたてのパンとオニオンスープ、サラダと魚のフライがエルマーによってテーブルに運ばれた。

「フライにかかっているソースがうまいな。」

リゲルが言った。

「これはタルタルソースです。茹で卵をつぶし、みじん切りのオニオンときゅうり、それにパセリを加えて酢とオリーブオイル、塩胡椒を混ぜて作るんです。」

エルマーが楽しそうに話す。

「贅沢な料理ですね。」

グレッグが言った。


 この世界では卵は高級食材で、植物油や胡椒も流通の関係からかなり高額で売られている。エルマーは収入の半分近くを食材に費すほど料理好きだ。


「エルマー殿の料理はいつも美味しいのであります。」

オレンジ色のまん丸い魔族アルゴルは、あっという間に自分のお皿を平らげると感想を言った。

「ありがとう、アルゴル。美味しそうに食べてくれて僕も嬉しいです。」

エルマーはにっこり笑った。


「アルゴルは食べるのだけは人一倍だからね。」

ウサギのぬいぐるみようなエルフのウバシュが言った。

「聞き捨てならないのであります。ウバシュ殿はこの誇り高き魔族である私が食いしん坊だと言うのでありますか。」

「食いしん坊だと気づいてなかったの?」


「また始まったよ。」

リゲルがため息交じりで言った。


ウバシュはやたらとアルゴルにつっかかる。

「ウバシュ、誇り高き魔族であるアルゴルに失礼ですよ。」

エルマーが制すると、ウバシュはプイッとすねてしまった。




 午後、リゲル、ウバシュ、メリッサの3人はアルゴルとニャンコ氏を連れてスーリに来ていた。


 魔国がある北大陸を出てからのアルゴルとニャンコ氏はずっとペルセウスの祠があった洞窟にいたため、リゲルが観光を兼ねて案内するといって連れてきたのだ。


 スーリの目抜き通りにはお菓子、衣料品、魔道具、武具など様々な店が並ぶ。


「この街は随分と賑わっているであります。」

アルゴルは興奮しているようだ。

「スーリは商業が活発な街だからな。」

リゲルが言った。

「スリジクの王都で、南側の諸国の中では商業都市として有名だ。」

メリッサが加えた。


 目ぼしいお店を揃って見て回っていたが、しばらくしてそれぞれに興味があるものに時間を使えるようふた手に別れ、夕方に噴水広場で落ち合うことになった。


ウバシュはニャンコ氏と二人で魔道具屋に入った。暗くなると自動で点灯するランプや飲み物を入れると冷たくしてくれる水筒などを購入し、店を出ると、他の魔道具屋も見たいと、目抜き通りから古道具屋などが並ぶ裏路地へと入った。


裏路地は中古品を扱う店が多いからか、表通りとは客層が違うようだった。


「お嬢さん」

人気ひとけのない路地に入ったところで、ウバシュは声をかけられた。

今日のウバシュは金髪の少女に擬態していた。

「おいらのこと?」

「ああ。こんなところで一人でお買い物かい。」

「ニャンコ氏も一緒だけど、そうだよ。お買い物。」

ウバシュが答えた。

「おじさんたちがいい店を知っているから教えてあげようか。」

話しかけてきた男はニヤついている。

「何の店?」

「お嬢さんは何のお店を探してるの?」

「魔道具だよ。」

「へえ。ちょうど知り合いの店があるから案内してあげるよ。」

そういうと男たちはウバシュの答えを聞かず腕を掴み、薄暗い建物に連れて行った。



「ちょっと、離してよ。何ここ、なんもないよ。」

ウバシュが男たちを睨むと、男の一人がいきなり後ろからウバシュを羽交い締めにしてロープでぐるぐると縛った。

まずい、とウバシュは思ったが、そのまま手首を縛られ猿轡さるぐつわをかまされてしまった。

「ぁぐっ」

ウバシュは声を出そうとする。しかしうまく声が出ない。

魔法を唱えることを封じられたウバシュは、そのまま抵抗をやめ、じっと男たちを眺めた。


男達はウバシュを囲んだ。

「この辺では見かけないような美少女だな。きっと高値で売れる。」

(・・・人身売買かも。)

男たちの話を聞いてウバシュは状況を理解した。


 街に行くときは大人の男になれってエルマーが言ってた理由がわかった。ウバシュはそう後悔した。

とにかくこの縄をほどかないと・・

ウバシュは男達の様子を伺いながらなんとか手首を動かすが、もともと物理的な力は強く無いため、固く結ばれた縄を緩めることができなかった。



 噴水広場ではアルゴルが一人、噴水のヘリに座っていた。


リゲルとメリッサはエルマーに頼まれた食材調達のため市場に行っている。


アルゴルがぽつんとみなが来るのを待っていると、噴水広場にだんだんと街の人達が集まり始めた。


その中心では吟遊詩人が何やら語っている。歓声が出たり拍手が出たり、随分と盛り上がっているようだ。


その様子を遠目に見ながらアルゴルは手持ち無沙汰でヘリの上をトコトコと歩き回っていた。


走ってきたニャンコ氏を見つけ、アルゴルが声を掛けた。


「おお、ニャンコ氏。お一人ですかな。」

ニャンコ氏はゼイゼイと息を切らしている。

「ウバシュが、変な男たちに、捕まっている。よからぬ雰囲気、だった。」

絞り出すようにニャンコ氏が言った。

「どういうことですかな。」

「男は5人、ウバシュをひと気のない無い建物に連れて行くと、ロープで縛って動けないようにした。」

「なんですと。誘拐でありますか。」

「そうかもしれない。」

ニャンコ氏はアルゴルを連れてウバシュが捕まった建物に急いだ。


「失礼しますよ。」

アルゴルは建物の中に入った。


ウバシュを柱に縛り付け、テーブルで酒を飲んでいた男たちは、建物に入ってきたアルゴルに気づく。

「なんだお前は。誰かの従魔か。」

「私めはアルゴルと申します。こちらにウバシュ殿が捕まっているとお聞きしました。」

男たちは顔を見合わせる。

「喋る従魔か。珍しい魔獣だし、こいつも高く売れるかもしれんな。」

一人がアルゴルを掴もうと手を伸ばした。


すると男は体が大きく弾き飛ばされた。


男の手を払い除けたアルゴルは、飛んで行った男を見る。

男は勢いよく壁に打ち付けて気絶した。他の男たちの顔色が変わる。


「名乗りもせずに、この誇り高き魔族である私に対し無礼でありますぞ。」

アルゴルが男達に向かって言った。

「なんだてめえ。今何をした。」

アルゴルはジャンプしながら高速で回転し、次々と体当たりする。男たちは武器に手をかける間もなくその場にのされてしまった。


その様子をウバシュは驚いて見ていた。アルゴルが強いと知らなかったこともだが、日頃からアルゴルに向かって失礼なことを言って来た自分を助けてくれるとは思っていなかったのだ。


「ウバシュ殿、事情はよくわかりませんが、無礼な奴らはほって置いて早く噴水広場に行きましょう。もうすぐ集合の時間であります。」

アルゴルはそういうと、猿轡と縛っていた縄をほどきウバシュを立たせた。


「アルゴル、ありがとう。君が誇り高き魔族で助かったよ。」

ウバシュはアルゴルに頭を下げた。


ウバシュはペルセウスの強さを思い出し、その部下であるアルゴルの強さを理解した。


建物を出ると、外で待っていたニャンコ氏が「平気か?」と聞いた。

「無礼な奴らだったのであります。しかも驚くほどひ弱な男たちでありました。」



 3人は噴水広場に戻ると、まだ戻っていないリゲルとメリッサを待った。


「アルゴル、これあげるよ。今日買ったんだ。飲み物を入れると冷たくしてくれる水筒。君は暑がりだからこれは役にたつんじゃないかな。」

ウバシュはアルゴルに水筒を渡した。

「おお、なんと素晴らしい水筒でありますか。嬉しいのであります。」



「なんだ、二人、仲良くなったのか。」

戻ってきたリゲルが、ウバシュとアルゴルの様子を見て言った。

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