第19話 政変の後
スーリにいたグレッグがヴァッセ領へ戻ると、エルマーから頼まれてすぐにノワへ行くことになった。
転移魔法でノワの王都についたグレッグは、サイードの友人のジョシュアという男がいるという
ヘランには人がおらずガランとしていた。
ノワ王都のヘランに以前訪れた時は沢山の冒険者が集まっていて賑やかだったが、今日は様子が違うようだ。受付に人もいないのであたりを見回す。
掲示板にはたった1件しか依頼が貼られていなかった。
『サイード・ワーズの逮捕(殺害も容認)10万ギリー、依頼主:ノワ王国』
(くそ、なんだこの依頼。)
グレッグは張り紙を見てざわざわとした気持ちになった。張り紙にはエルマー、リゲル、メリッサの似顔絵も載せられていた。
「すみませーん、ちょっとお尋ねしたいのですが。」
大きな声を出した。
「ああ、ちょっと待ってろ。今いく。」
上の階から声がした。
しばらくするとガタイのいい中年の男がおりて来た。
「なんだ、随分若い冒険者だな。依頼を受けに来たのか。」
男はグレッグを見ると険しい顔で言った。
「いいえ、そうではなくて。ここにジョシュアという人がいると聞いて訪ねて来ました。」
「ジョシュアは私だが。」
「そうでしたか。事務長と聞いていたので受付に出てこられるとは思わなくて、失礼しました。」
「いや、構わない。それで何の用だ?」
「最近のノワの様子をお伺いしたいのですが。」
「最近の?私にか?」
「ええ。ある方が心配をしていまして。」
グレッグは神妙な様子で言った。
「では、君は使いで来たのか。」
そう言ってジョシュアはグレッグをじっとみる。
「誰の使いだ。」
ジョシュアが尋ねると、グレッグは掲示板に貼られている唯一の手配書を指し示した。
グレッグが誰の使いでここに来たのかを理解するとジョシュアは驚いた表情を見せた。
「君は?」
「申し遅れました、グレッグと言います。エルームという冒険者のチームに参加しています。」
そういうとグレッグは冒険者証をジョシュアに見せた。冒険者証には所属するチームの名前も記載することができる。
「エルーム・・あのエルームか?」
「多分、そのエルームだと思います。」
「わかった。上の階で話そう。」
ジョシュアは入り口の扉を閉めて鍵を掛けると、グレッグを2階の応接室に案内した。
「なんだ、その黒猫は。」
グレッグについて部屋に入って来たニャンコ氏を見てジョシュアが言った。
「ああ、仲間のニャンコ氏です。」
「そうか、まあいい。それで、サイードは元気なのか?」
大きなソファに腰を掛けるとジョシュアは聞いた。
「はい。元気です。」
「そうか。よかった。」
ジョシュアはソファの背にもたれかかるとしばらく遠い目をした。グレッグはその様子を静かに見ていた。
「サイードが元気だと知れてよかった。それに、サイードを処刑寸前に救ったあの冒険者達はエルームだったってことなんだろ?」
「はい、ですがエルームとしてもサイードのことはあまり公にはしていません。」
「そうか。でもエルームと聞いて納得した。ギルフの魔獣暴走の討伐で有名なチームだ。メンバーはたった4人だそうだな。」
「今は人数も増えています。」
「スリジクのヴァッセ領でもアンデッドモンスターの討伐をしたらしいな。たまたまここに立ち寄った冒険者たちの噂で聞いたよ。」
「ええ。そうなんです。エルームはしばらくヴァッセ領に留まる予定です。」
「そうか。スリジクか。」
ジョシュアは顎に手を当てながらホッとした様子を見せた。
「それで、サイードはノワのこと、特にワーズ領のことを今は心配しています。」
「ワーズ領か。」
ジョシュアの雰囲気が重くなった。
「サイードにとっては辛い話になるが、ワーズ家は爵位剥奪、領地から追われ、ワーズ卿はノワを出ちまった。」
「そんな・・。」
「今のノワはもはやサイードがいた時の国ではないんだ。」
ジョシュアの目は遠いところを見ているようだった。
「ワーズ卿はどこに行ったんですか。」
「わからない。国を出たと聞いたのも、すでに旅立った後だったんだ。ワーズ領は今はハルメリアの領地となってる。」
「そうですか。ワーズ家の使用人たちなら行き先はわかりますか。」
「さあな。皆、口を固く閉じている。使用人たちの半分はもともとあそこの領土に住む農家や商人たちの出で、今は家族の元に身を寄せたと聞く。ワーズ卿もサイードも使用人からとても愛されていたからな。ハルメリア領となってもハルメリアが知りたい情報は出さない。」
「残りの半分の人は?」
「おそらく、ワーズ卿とともに国を出ている。ワーズ家の騎士だったパトリックもそうだが、ワーズ家の使用人は奴隷や孤児だったものも多い。行き倒れていた孤児を連れて帰ってワーズ家で世話することがよくあったそうだ。」
「そうですか。ではワーズ卿は帰る先のない使用人を連れて国を出たんですね。」
「そうだろう。」
「サイードが小さいころ修行したという山寺に行った可能性はありますか?」
グレッグが思い出したように言った。
「ないな。山奥だがあそこもノワの領土だ。ワーズ卿は誰かに迷惑がかかるようなことを避けるだろう。それに国を出ると皆に言い残している。真実だろう。」
「わかりました。色々ありがとうございます。」
「いや、こっちこそサイードの無事がわかってよかったよ。」
「ところで、今日ヘランに人がいないのはなぜですか。」
「今日だけじゃねえよ。」
ジョシュアはため息をつく。
「もうずっとだ。掲示板に依頼が貼ってあったろ。あの依頼が完了するまで他の依頼を受け付けるなっているお達しがあったんだ。」
「それじゃあノワの人たちが困るでしょう。依頼したいこともあるでしょうし。」
「ああそうだ。このままじゃここはダメになるよ。おかげで冒険者たちの多くは他の街に移っちまったし、潰れる寸前だよ。ヘランは一応はユニオンだが結局は各国の支部が独自にやっている。ユニオンは単なる事務局で魔石の買取価格やなんかを統一しているってだけの話だ。支部が困っていても助けるような手段はねえって言ってたな。」
「そうですか。ではサイードを捕まえない限りここは潰れてしまうんですね。あなたも元冒険者だと聞きました。なぜここに止まっているのですか。」
「そうだな。そのうち出るかも知んねえな。サイードがエルームにいるなら安心だ。手出しできる冒険者はいないだろう。」
ジョシュアは笑った。
「サイードのためだったんですね。」
「まあ、なんて言うか、新しい事務長が来てサイードの逮捕に前向きになられても困るしな。それに他の国のヘランへの依頼も抑えてるしな。」
「そういえばマリスで見た手配所は名前も人相書きも別人でしたね。」
「見たのか。まあサイードもラフィ王子も俺はよく知ってるからな。俺にも信じる正義はある。」
−−−
サイードは日課となりつつあった弓道場での訓練を聖弓部隊に混じって行っていた。
「どうした、今日は何本か矢が的から外れているようだが。」
様子を見に来たアレックスが言った。
サイードの弓の技術は高く、聖弓部隊からも一目置かれている。普段は的を外す事は無かった。
「ああ、なんだか調子が悪い。」
サイードは弓を下ろすと汗をぬぐいながら言った。
「少し休まないか。」
アレックスが誘い二人は休憩室に移動した。
「商店会の取りまとめた陳情書はどうなった。」
アレックスが聞いた。
「ああ、ある貴族に託したよ。恐らく今週中には何か進展があるはずだ。」
「そうか。」
アレックスは小さな声で言った。
「どうした、何か懸念していることでもあるのか。」
サイードがアレックスの顔を見る。
「いいや、ただ私はヴァッセの騎士だ。私が今していることはヴァッセへの反抗に他ならない。この先、騎士として続けていくことは難しいだろうなと思ってな。」
アレックスはわざと明るい声で言った。
「騎士とは主君に使えることだと考えればそうだ。だが、騎士の役目とはもっと大きなものだ。領土を守り民を守る。その意味においてアレックスは役目を全うして来たし、こうして悩むのもそのためだ。アレックスは、ヴァッセに付き従ってスーリに避難して戻らなかった騎士団長が騎士として正しいと思うか。」
サイードが穏やかに訊く。
「いや、そうは思わない。」
アレックスが低い声で言った。
「なら自分の正義を信じることだ。騎士として誇れる行動してきた自分を。」
サイードはアレックスの肩に手を置いた。
「そうか。ありがとう。モヤモヤしていた気持ちが晴れた気がするよ。」
「なら良かった。それと、アレックスに渡そうと思っていた本があって、今日持って来たんだ。」
サイードは1冊の本を取り出すと、アレックスに渡した。
「『魔獣討伐の心得』?」
「ああ。さっき話に出たスーリの貴族からもらったんだ。初級冒険者向けの本だ。私も読んだのだが、為になったのでね。」
「え、はあ。そうか。」
アレックスは怪訝な顔で本を受け取る。
「もちろん、君は部隊を率いてあの魔獣たちから街を守った有能な士官だと知っている。魔獣との戦い方の基礎については必要ない部分だろう。でもこの本には兵法書には書いていない、戦う上での一番大事なことが書いてあったよ。」
「大事なこと?」
「ああ、死なないこと、生きて戻ることが一番優先すべきことだってね。」
サイードは真っ直ぐアレックスを見る。
「君はあの時、自身の、そして兵士たちの身を捧げてでも最後まで戦うつもりだったろう。」
「・・・ああ、最後は神に祈るしかできなかったよ。君たちがこなかったら全員死んでいただろうな。それが自分達騎士の役割だと思ってる。でも、この本は読ませてもらうよ。」
そういうとアレックスは真面目な顔をして本をパラパラと見た。
「それにしても、頼みごとができるほどの貴族の知り合いがいたとは驚いたな。私は平民出身だから副団長になった今でも、貴族出身者たちからは敬遠されているんだ。」
アレックスが言った。
「そうなのか。意味のないこだわりだな。私は貴族出身か平民出身かは能力とは全く関わりはないと思っている。」
「私もそう思いたい。そういえば以前、平民登用を積極的に進めている国があると聞いたことがあるな。確かノワ王国だったが・・・。」
そこまで言うとアレックスは黙った。
アレックスは以前聞いたノワ王国の話を思い出した。奴隷解放、教育の平等に、平民登用。その改革を進めていた宰相サイード・ワーズはスリジクでも知られていた。
そんなノワ王国は最近政変があった。
アレックスはこれまでサイードに対して不思議に思っていたことが一つの結論に行き着いた。
スーリで名前を知られないように気を使っていたこと、領主と面会した時の堂々とした態度、政治にも精通しているような意見、貴族に知り合いがいること、そして高貴な身分を思わせる立ち居振る舞いの美しさ、それら全てはサイードがあのサイード・ワーズではないかと推察するのに十分な理由だった。
サイードはさっと立ち上がると「汗を流してくる」と言って立ち去った。
アレックスはサイードの後ろ姿を見送った。
(もし彼がノワ王国の宰相だったとして、私が気にすることでは無いな。エルームがここを救った救世主である事実は変わらない。)
アレックスは自身の推察を心にしまった。
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