第36話 緩衝地帯の謎

 赤毛のワロージャ達が起こした少女誘拐事件が解決を迎えた。


 少女達は無事に親元へ戻り、解決に協力したケルパー商会にはペガスエルームから正式な褒賞を出した。


−−−

 

 ペガスエルームのメンバーが揃った朝食会の後、エルマーは準備していたものを執事のカイルに運ばせた。


「はい、これはアルゴルに。」

エルマーはアルゴルにペガスエルームの紋章が入ったペンダントを渡した。

「私めに、このような綺麗なものをいただけるのでありますか。」

アルゴルは目をまん丸にして喜んだ。

「今回の功労者ですからね。この紋章はなんと、ジャンがデザインしたんですよ。このペンダントは魔力による幻惑と混乱を防ぐリベルターの魔石と、知性を高めるサファイアを散りばめています。」

エルマーが説明した。


「大切にするのであります。」

「良かったな。」

ペルセウスが笑った。

「はい、ありがとうございます!」

アルゴルはペンダントを頭に乗せた。


「ちょっと、チェーンが小さかったみたいですね。あとでジャンに直してもらいますね。」

エルマーは苦笑いした。


「それと、グレッグとペルセウスには同じく紋章をあしらった指輪です。ペルセウスには魔石の効果は無用かもしれませんが受け取ってください。」

そういうとエルマーは指輪を渡した。

「ありがとうございます。」

グレッグは嬉しそうに受け取った。

「わかった、もらっておく。」

ペルセウスは照れ臭そうに言った。


 ジャンはペガスエルームが保有している魔石の効果を調べ、分類してアクセサリーやそのほかの魔導具のデザインを積極的に提案していた。ギルフからスカウトした武器職人と共同して新しい武器の開発も進んでいた。


−−−


 それから数日後、エルマーはサイードと共にスーリのユング公爵を訪ねていた。


 ユングはエルマーが領主となってからいろいろと気にかけてくれていた。


 誘拐された少女の一人がスーリの大店の娘であったこともあり、事件を解決したペガスエルームは再び脚光を浴びていた。



 エルマー達は事件の経緯をユングに話す。


「悪魔召喚ね。」


エルマーからの報告を聞いたユングは険しい顔をした。


「この事件に関わって気になる事があります。」

サイードが切り出した。

「気になることとは?」


「山の国 ホグダツのことです。」


エルマーが言うと、ユングは顔色を変えた。


「ホグダツについてご存知のことがあれば教えていただけないでしょうか。」

サイードが聞く。


「ホグダツか。そうだな、君達があの地を治める以上知るべき話かもしれない。」

そう言うとユングは話し出した。


「ホグダツは、今のペガスエルーム領からさらに北に行ったところにあった都市国家だ。スリジク王国の建国に際してスーリ周辺の都市や村が統合した後、ホグダツはバルキア帝国側につくか、スリジクに寄るのか、争いがあった。バルキア帝国はホグダツを山の国として認め、スリジク王国への併合を牽制していた。しかし、なぜかその後すぐに山の国ホグダツは滅んだ。ホグダツに住んでいた住民はバルキアに逃れ、一部のもの達はスリジク側へ移った。私はまだ幼かったが、その頃スーリの貴族達にはある噂が流れていた。ホグダツは悪魔が滅ぼした、とね。」


エルマーとサイードは黙って話を聞く。


「詳細はわからないが、悪魔召喚が行われたと言う話があったよ。」


「悪魔召喚というのはオカルトの世界の話で、現実味がありませんね。」

エルマーが言った。


 この世界で『悪魔』というのは魔族や魔獣などと異なり、物語の中に出てくるような存在のはっきりしない恐ろしいモンスターという認識である。


「私もその噂は半信半疑だ。悪魔召喚を行ったとされるホグダツの王は死んでいる。詳細を知るものはいない。しかし、一夜にして街を滅ぼしたものがいるというのは現実だろう。実際に一つの都市が滅んだのだからな。」

「そうですか。それで、その噂が五十数年後、ノワのユーラ教の聖職者によって確かめられようとした。」

サイードが言った。


「噂というのはたちが悪いからね。時が経ち場所が変われば真実として受け止められることもある。」

ユングは付け加えた。


「妄想に取り憑かれた一人の司教の暴走だったのか、それとも悪魔の強大な力を求めた組織的な計画があったのか・・・。」

そういってサイードは黙った。


「ホグダツを含めあの辺り一帯が緩衝地帯になったのは、そのことと関わりがあるのでしょうか。」

エルマーが聞いた。


「ああ、そうだ。ホグダツの住民が全て移動した後、スリジクは北側に砦を作り、バルキア帝国はホグダツに続いていた街道を封鎖した。その後、両者はあの森に入ることは無かった。これはスリジクの記録に書かれている。」

ユングが言った。


「今も街道が封鎖されたままになっていますが、まだあの辺りに悪魔がいると考えているのですか?」


エルマーの言葉に、ユングはふっと鼻で笑った。


「それはわからん。誰もあの森に入ったものがいないからな。」


「そうでしたか。実は少し前に、ペガスエルームで砦の北側の探索に出かけました。」

「ほう。」

ユングは驚いた顔でエルマーを見る。


「ホグダツにも行きました。もちろん、悪魔には出くわしませんでしたよ。」

エルマーは笑った。


「そうか。確かに君たちはこの辺りの昔話は知らないだろうから、私が伝えるべきだったかもしれないね。」

ユングは言った。


「いや、でも知らなかったおかげでホグダツまで探索できて良かったです。バルキア帝国もその噂を信じているのであれば、あの辺りを開拓したらペガスエルーム領にできますかね。」

エルマーは言った。


「悪魔など、怖くないか。」

ユングは笑い、サイードは苦笑いをした。

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