第33話 ノワの捜索

 サイードから変装用の黒縁メガネを借りたエルマーは、ペルセウス、アルゴルそしてマリスから連れてきたジェイソンと共にミルズ商店を訪れていた。

 

「あんたは昨日の・・。」 

店主のミルズはジェイソンとアルゴルを見て一瞬驚いた後、一緒にいるエルマーとペルセウスを品定めするように眺めた。


「昨日、私どもの商品が二つほど無くなりましてね。貴方をご案内した後の話なのですが、その事でいらしたのですか。」

ミルズはジェイソンを指しながら言葉を選ぶように言った。


「ええ。そうです。僕たちは誘拐された少女達の住む村の村長から依頼されて、彼女達を探していた冒険者です。彼女達は奴隷ではなく、あなたが取引していた赤毛のワロージャ達に連れ去られました。人攫いは犯罪です。そのことはご存知でしたか。」

エルマーが穏やかに言った。


ミルズは一呼吸置いて話す。

「いや、全く知りません。彼女達は奴隷だと聞かされてました。売主へも正当な報酬を払っています。」

「とぼけるな。」

ジェイソンが言った。

「私は人攫いなど知りません。もしそうだったとしても私には関係ない。私がさらったわけではないし、こちらは奴隷だと騙されただけです。」

「何だと。」

ジェイソンが身を乗り出して怒りをあらわにするのをエルマーは抑える。

「そうですか。騙されたのだとしたら哀れですね。大店の店主があのような素性もわからないチンピラと取引して犯罪に加担する結果になったのですからね。」

「私は知らんと言っているだろう。それに奴隷の売買はノワでも解禁されている。この国の法に触れてはおらん。」

ミルズはイラつきを表に出して言った。

「ええ。あなたの言い分はノワの役所に通用するでしょう。しかし、噂というのは広がりますからね。ミルズ商店が罪のない少女を他国から攫ってきて、奴隷として売っていた事がわかれば、この店の評判は地に落ちるかもしれませんね。ノワの人々の多くは今でも奴隷貿易すら悪いことだと認識していますからね。」

シラを切っているミルズにエルマーは言った。


「何が言いたい。金か。私を脅して金を要求するつもりか。」

「いいえ、僕たちはお金など要求しません。彼女達の他にもう3人、スーリから攫ってあなたに売ったとワロージャたちが話しました。その3人の行方を教えてください。」

「うちは信用を大事にしていますので、お答えすることはできませんな。」

「その信用が地に落ちると言っているんですけどね。ではその3人が罪のない少女であることを知っても、あなたは責任を感じないのですか。」

エルマーはにっこりと笑顔を見せた。


ミルズは額に汗を滲ませる。

「私に責任などない・・・うっ・・。」

喋り出したミルズが突然胸を押さえてもがき出した。

エルマーの横にいたジェイソンも顔が青ざめて震え始めた。


エルマーはペルセウスをちらりと見る。

ペルセウスが何らかの魔法を使ったようだった。ペルセウスは魔法陣を描くこともなく無詠唱で魔法を発動する事ができる。ペルセウスの魔法にはアンデッド特有の二重効果があり、目的の魔法に加えて魔法ダメージを受けやすくする闇属性の効果が発動するのだ。そしてペルセウスの場合はその魔力の高さから、闇属性の効果が発動するとき、さらに周りへの「威圧」が発生する。この無意識の「威圧」は耐性の無い者やペルセウスとの魔力差が大きい者は強く影響を受けてしまう。


 エルマーはカバンから取り出した水筒をジェイソンに飲むように渡し、部屋の外で待っているように伝えた。ジェイソンは言われた通りそのお茶を飲むと部屋の外に出た。


 再びミルズをみる。苦しみなのか真っ赤になった顔がだんだんうっ血したように赤黒くなっていく。


「ペルセウス、そのくらいでいいですよ。また必要があればお願いしますので。」

エルマーが言った。

その瞬間ミルズは咳き込み、顔色が戻っていく。


「僕たちもあまり乱暴なことはしたくないんです。でも連れ去られた少女達を放っておけませんので手段は選びません。早く答えてくれませんか。少女達をどこに売ったのか。」

「なんだ・・今のは・・貴様達何かしたのか。」

ミルズが荒い息をして震えながら言った。

「ええ。そうですよ。次はこのくらいでは済まないですよ。」

「・・売り先は本当に言えんのだ。」

ミルズはあぶら汗を額に滲ませている。

「そうですか。では次は『麻痺』ですかね。」

エルマーがそういうと、ミルズの体は硬直した。

「や、やめてくれ・・」

「早く言わないと、どんどん辛くなりますよ。こちらも急いでいますので。」

エルマーはにっこりと言った。


「・・教会だ。」

ミルズが言った。


「教会とは?」

「・・ハットギリル教会の依頼だ・・」

「それで、いつ少女達を売ったんですか。」

「2日前だ。使いの男が連れて言った。」

「そのハットギリル教会の使いであることは確かなんですか。」

「あの教会の備品や食材の購買と取り仕切っている男がいる。ここの商店会にも顔なじみだ。」

「名前は?」

「ダニエルだ。」

「連れて言った後、教会にその少女達はいるのですか。」

「それはわからない。あの教会には沢山の人がいるが、女はいないはずだ。」

「わかりました。嘘じゃないですよね。」

「嘘じゃない。」

ミルズはそういうと体の硬直が解けて、椅子の肘掛けにもたれかかった。


「ではその教会を当たります。」

エルマーはそういうと立ち上がった。

「た、頼む、私が言ったということは、口外しないでくれ。」

「そうですね。あなたが潰されても他の手駒が用意されるだけでしょうから、しばらくは内緒にしてあげますよ。」



 エルマー達はミルズ商店を出た。


店を出たところでペルセウスが立ち止まる。

「あいつらは誰だ。」

そう言ったペルセウスの視線を追う。

3人の男が向かいの建物の陰からのエルマー達を見ていた。


「あ、あいつらのこと忘れてました。」

ジェイソンが大きな声で言った。


 エルマー達は、ジェイソンが忘れていた部下3人と共に宿屋に行き、その食堂で食事をご馳走する事にした。


「兄貴、酷いですよ。先に帰っちゃってたなんて。俺らあの後必死で聴き込みしてたんすよ。」

男達は聞き込みの結果、ミルズ商店に行き着き、店を見張っていたのだという。


「はっはは、すまない。お前達、こ、こちらはエルマー様とペルセウス様だ。失礼の無いようにな。」

ジェイソンが言った。

「エ、エルマーって・・」

「こら。」

ジェイソンは部下の男を叩いた。

「すみませんね。こいつら礼儀っていうもんを知らない、ろくでなしなもんで。」

「構いませんよ。」

エルマーは笑った。


 食事を終えるとエルマー達は客室に場所を移した。



 エルマーは幌馬車で移動しているサイードに、遠隔のピアスを使って情報を共有する。


「ハットギリル教会はユーラ教の権威ある教会の一つで、ノワにある教会を束ねる総本山だとのことです。」

エルマーはサイードの言葉を伝える。

「ユーラ教とは何でありますか。」

アルゴルが質問する。

「ユーラ教とは古代六王国で信仰が始まり、今でもノワやドーアを中心に世界中で信仰されている宗教ですよ。」

エルマーが答えた。


『・・・時代と共に儀礼的な面が強くなり、今は民が救いを求める信仰からは一線を画し、祭や一部貴族が行う儀式を執り行う事が主な活動になっている。身分によってその役割が決まっていると言った教義もあるため、貴族に歓迎されてある時代になると国家運営にも関わるほど力をつけた。』

サイードがエルマーに情報を伝えた。


「そういえば、最近はノワでユーラ教の信仰が重んじられるようになってるって聞きましたね。」

ジェイソンの部下の一人であるルジャが言った。

エルマーはルジャの発言に何かを感じた様に下を向いた。


「教会が奴隷を買うようなことは以前からあったのでしょうか。」

エルマーはサイードに質問する。

『・・それは表立っては無かった、そもそも教会では下働きは若い司祭が行うし、ハットギリル教会は女人禁制だ。』

「わかりました。ありがとうございます。」


エルマーが一人で喋っているのを不思議に思いながらもジェイソン達は聞けなかった。


「それで、この後どうなさるんですかい。」

ルジャが言った。


「権威のある教会ですし、一筋縄ではいかないでしょうね。しばらく教会とミルズ商店を見張ってもらうことはできますか?」


「お安い御用ですよ。此奴らは見張りが趣味みたいなもんですからね。」

ジェイソンは言った。

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