第32話 ジョシュアの到着・事件の行方

 ジョシュアとグレッグはバーを出た。


「今日の宿は決まってますか。」

「いや、まだだ。」

「じゃあ今からペガスエルーム城に向かってもいいですか。」

「今から出てもすぐに夜になるだろう。ここから一番近いガポーの街へも馬で半日かかる。明日の朝出るほうがいいんじゃないか。」

「ああ、それは大丈夫です。馬は停泊場ですか?」

「そうだが。」

「じゃあ、・・・あっ、ちょっとここで待っててください。」

グレッグは話の途中、通りかかった男へ走り寄って行き、男にこそこそと何やら話をして戻って来た。


「誰だ?知り合いか?」

「まあ、そんなところです。ケルパー一家いっかのチンピラです。以前あいつらに囲まれて殺されかけました。」

「なんだそれは。」

「あの男にエルマーへの伝言を頼んだんで大丈夫です。馬を連れて向かいましょう。」

「言っていることがよく分からんが、君は俺の話を聞いているか?今から出るのは準備もないし夜は危険だと思うんだが。」

「ひとっ飛びなんで、大丈夫です。」


 不思議そうな顔をしているジョシュアに構わず、グレッグはスタスタと馬の停泊場に向かった。


 グレッグはジョシュアに転移魔法について説明すると、二人はペガスエルーム城に転移した。




 「美しい城だな。」

ジョシュアが言った。


 夕焼けの中で宮殿の壁はグリーンに染まっていた。柱や窓枠の金の装飾が輝いている。


「ええ。もともとヴァッセが建てた城ですが、エルマーも気に入っています。」

グレッグは警備の兵士に挨拶するとジョシュアを応接室に案内した。


 想像していた以上に内装も家具も綺麗だ。ジョシュアは応接室を見渡す。辺境にある街だと聞いて要塞の様な建物を想像していたジョシュアは驚いていた。


「失礼します。」

女性の声がして開いた扉を見ると、そこにはジャン=リュック・ワーズとマリーがいた。


「元気だったか。」

ジャンが声をかけた。

「はい。ワーズ卿もお変わりなく。」


背が高く美しい英姿のジャン=リュック・ワーズが以前と変わらず穏やかに微笑むのを見てジョシュアは暖かいものを感じた。


「かけたまえ。」

ジョシュアは金縁に白い革張りのソファーに腰掛けた。

「マリーさんもいらしていたんですね。と言うことはワーズ家の使用人達も皆こちらに?」

「ああ、そうだよ。エルマーが是非にと言ってくれたのでね。まあ彼にしても私たちがいるお陰で助かっている事もあるだろうから、今は遠慮なくやっているよ。」

「そうでしたか。サイードが冒険者になったと聞いた時も驚きましたが、まさかエルーム・・ペガスエルームが領主にまでなるとは、本当に驚きました。」

「私もだ。」

ジャンは、ふふふと上品に笑った。


「ところで、このペガスエルームの中ではワーズの名は伏せている。君も知っていると思うがハルメリアはサイードの逮捕協力をスリジクにも要請してきている。そのため此処では私のことはワーズでなくジャンと呼んでくれ。ワーズから来た使用人達にも皆そのことは口止めしている。新しい雇い人も増えたし、どこから話が漏れるかわからないんでね。」

「わかりました。」


 それからジョシュアは最近のノワの状況などを二人に話した。


「ハルメリアに取り入れば、いい思いができると踏んだ商人達が引っ切りなしに賄賂を贈ってるなんて噂も出ていました。農民や貧しい者達なんかは、これから大変になるでしょうね。」

「そうか、たった半年でそこまで変わるとはね。」

ジャンが悲しそうに言った。

「今日はエルマーもサイードも戻らんだろうから、しばらくゆっくりしているといい。マリー、カイルに案内させてもらえるか。」


 カイルは城の中を順に案内してくれた。

執事見習いだというカイルには初めて会うが、マリー達と同じくワーズ家から来たと言う。


 1階は応接室とボールルームがあり、城の正面である東側の2階は執務室の区画になっていた。西側は大きなダイニングがありその奥に厨房がある。厨房ではコック達が忙しく働いていた。3階は居住区画になっていると言う。ペガスエルームのメンバーが集まるというリビングを見せてくれた。


 城の裏手には整備された庭園を囲むように2棟の別棟が建っている。奥はジャン専用の建物らしい。

城と同様に装飾が綺麗な建物だ。以前はヴァッセの奥方の住まいだったらしい。

今は魔道具などを研究する工房があると言う。手前側の城に近いほうは使用人達の住む建物だった。


 カイルは使用人達の建物を案内する。

1階には食堂と大きな浴場があった。

「浴場があるとはすごいな。」

案内されたジョシュアは驚いた。

「ええ、そうなんです。朝の6時から8時、そして夕方5時から夜の10時まで、使用人は自由に浴場を使うことができます。しかも毎回湯を取り替えているんです。」

カイルは自慢げに言った。

改築の際にエルマーが浴場の設置にこだわったと言う。ペガスエルーム城で働く者は常に清潔にしなければいけない。浴槽には湯を沸かす魔道具が設置されているが、これはワーズ卿によって改良され、市場にあるものより沸かせる水量を増幅させたものだという。いずれしても贅沢品だ。都市の住宅で風呂を持つ家は裕福な貴族に限られている。


2階から上は個室になっていた。使用人の役職によって部屋の大きさが異なるようだったが、全ての使用人に一人一部屋割り当てられていると言う。


カイルはそのまま3階に案内する。

「ここがご用意したお部屋です。」

そういうと部屋の扉を開けた。


大きな窓から中庭と赤紫色の夕焼けが見えた。白と青のファブリックで統一された素敵な部屋だった。


「すごく広いんだな。」

「ええ。リビングには小さなキッチンと冷蔵庫がございます。奥にはベッドルームとシャワールームがあります。もちろん浴場は自由に使っていただいて構いません。特別室ですので、ベッドメイクと掃除は毎日メイドがお昼間に行いますが、必要なければドアノブにかけてある札を外側にかけておいてください。こちらに滞在されると聞いておりますが、ご自身の家のようにくつろいでお過ごしいただければと思います。」

3階は使用人の建物の中でも特別扱いのようだった。


「へえ。わかった。しばらく世話になるよ。」

「食事の用意が必要な時は1階のダイニングルームにお越しいただくか、メイドに申しつけください。」

「ああ、助かるよ。」


(こんな待遇を受けてしまうと断りにくくなるな。)


部屋に入ってカイルが入れてくれたお茶を飲みながら、ジョシュアは諦めたように笑った。



−−−


 翌日、少女達をオロガ村へ送り届けたエルマー達は、スーリから戻ってきた幌馬車と合流して帰ることになった。


空間魔法が施されている幌馬車は転移させることができない。転移に必要な魔力が足りないからだ。


 幌馬車の自室でエルマーは日記をつけていた。


「それにしてもこれは記憶と違うな。」

そう呟きながら少女救出の事件について登場人物を書き出し始めた。


 《フィールドオブブレイブ》でも同様の依頼をスーリの冒険者組合ヘランで受けられるイベントは有った。

 ストーリーと関係なくいつでも受けられる賞金稼ぎための依頼はいくつかあり、少女救出はその内の一つだった。だが依頼主はスーリの商人で、捜索対象はその娘だった。

スーリの中で聞き込みを行い、夜に怪しい男の後を追うと、裏路地にある空き家となった建物に囚われていた少女を見つける事ができ、その場にいるマフィアから救出して終わり、というシンプルなものだった。


 (本当はスーリで商人の娘を連れて行く予定が、たまたま少女に擬態したウバシュを捕まえてしまい、アルゴルにやられた所為で犯人はスーリからオロガ村に移って・・・そのせいだけじゃないな。犯人も『マフィア』ではなくノワの商店から依頼された悪党だったという点も変わっている。いや、もっと前から大きく変わっているな。そもそも犯人の『マフィア』がケルパー一家いっかだったとしたら、ケルパー一家が無くなっている時点から話が変わってきたはずだ。マリスでグレッグを仲間にするとき、ゲームではケルパー一家そのものを潰すということはなかった。マリスはいつ行っても『奴隷貿易を行うマフィア』の街だったのだ。)

エルマーは長考する。


(それにしても、あと3人の罪のない少女がさらわれて、少女趣味の気色の悪い奴に売られてしまってるはずだ。あー、ムカついてきた。)

 

 エルマーは考えるのを終えるとサイードの部屋に行った。


 「ミルズ商店から、残りの少女達の行き先を聞き出せると思いますか。」

エルマーはサイードに相談する。

「ミルズ商店か・・あそこは昔からの大店だ。表面上は悪どいことはしていないし街での評判はいい。だが、事態は明らかだからな。ジェイソンを赤毛のワロージャと痩せのイワンに始末させようと店主自らが案内したのであれば言い逃れはできないだろう。正面から攻めてもいいんじゃないか。」

サイードが言った。

「正面から、ですね。だったら僕の得意分野です。ジェイソンとアルゴルを連れて、早速行こうと思います。」

「わかった。大丈夫だとは思うが気をつけて欲しい。」

「そうですね。用心に越したことはありませんからペルセウスにもついて来てもらいます。」

エルマーは笑った。

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