第29話 ケルパー一家の受難
シャールはマリスにいるケルパー
今はケルパー商会と名前を変え、武器の輸出入などを行なっている。
「私の言いつけを破り、赤毛のワロージャ、痩せのイワンが人さらいを行なっている。そして在ろう事か、あのペガスエルームに手出しをした。」
集められたものがざわつく。
「あそこに手を出したのか。」
ジェイソンが声を出す。ジェイソンはエルマー達の恐ろしさを身をもって実感している。
「ああ、そうだ。今日、エルマー殿がこの屋敷に来た。私らを皆殺しにするとな。」
「み、皆殺しだと。」
皆が恐怖に慄き声をあげる。
「静まれ。私らが奴らを見つけて差し出せば救われる。明日から、いや、今から全てに優先してあの二人を探せ。あの二人がさらった少女達も無事でなければならん。」
「探すっていても、奴らはもうケルパー一家を離れているんだぜ。」
「ジェイソン、今はケルパー商会だ。言葉に気をつけろ。とにかく、奴らが立ち寄りそうな場所を調べろ。取引のあった奴隷商人達を中心に探せ。見つけたやつは幹部に取り立ててやる。わかったな。」
そう言うとシャールはエルマーから預かった少女達の似顔絵を配る。
シャールの話が終わったあと、ジェイソンとその部下のピートは屋敷の空き部屋に入り、似顔絵を見ていた。
「そういえばノワで見目のいい少女が高値で取引されていると噂を聞いたことがある。」
ピートが言った。
「ノワか。可能性があるな。ハルメリア政権になってから奴隷貿易が解禁し、奴隷の取引も増えているらしいしな。」
ジェイソンは顎に手を当て考える。
「ワロージャとイワンのやつ、もともと薄気味悪くて気に食わなかったが、とんでもねえことをしでかしてくれましたね。まさかあのエルマーの領民に手出しするとは。」
ピートもエルマーには一度ヤられているためその恐ろしさを理解している。
エルマーが領主になったペガスエルームには極力近づくなと、ケルパー商会では徹底していた。
「あいつら、エルマーがどんな男か知らないからな。ナメた真似してくれたぜ。叔父貴も相当焦っていたからな。とにかく明日、チーム全員でノワに行くぞ。」
「へえ。」
「私めも一緒に行くのであります。」
「誰だっ」
急に声がした方を見ると、部屋の隅に置いてあるソファには、オレンジのまん丸い動物がいた。
「おや、驚かせましたか。私めはアルゴルと申します。今はエルマー殿の配下になられたペルセウス様の部下であります。」
アルゴルはソファから降りると畏まって言った。
「エ、エルマーの・・。」
二人はエルマーと聞いて縮み上がる。
「エルマー殿の言いつけで、今日からしばらくここにお世話になることになりました。あなた方はシャールの仲間ですか?」
「俺たちはケルパーいっ・・商会のものです。空き部屋だと思っていたので、すみませんでした。」
そう言うとジェイソンとピートは急いで部屋を出ようとした。
「お待ちなされ。あなた方はまだ名乗っておられませんよ。」
アルゴルは憤慨したように言った。
「こ、こりゃすみません。私はジェイソンで、こっちの小さいのがピートです。」
「ジェイソンとピートですか。明日、ノワに行くのでしたら私めも一緒に行くのであります。」
「そ、そうですか。でもアルゴル様は叔父貴の客人ですから、叔父貴に聞いて見ませんと・・。」
「わかった。ここで待っておる。聞いてくると良いのであります。」
二人は部屋を出ると、顔を見合わせた。
「なんだ、あのまん丸い動物は。」
廊下を歩きながらピートが小声で言った。
「確かあいつ、ペルセウスの部下だって言ってたな。ペルセウスってまさかあの祠のバケモンじゃねえのか。」
ジェイソンが言った。
「エルマーの配下になったって言ってましたぜ。だとしたら相当ヤバイですぜ。」
−−−
ジェイソンはピートとアルゴル、3人の部下を連れてノワに到着した。
ノワ王都のメイン通りからは少しはずれた所にある商人達が利用する宿屋に入り大きな部屋をとった。
ジェイソンは用意していた上等のスーツに着替え、金持ちの商人を装う。
「俺が主人でお前がその使用人だ。」
ジェイソンはピートに役割を確認する。
「わかりましたぜ。」
「私めの役はなんでありますかな。」
アルゴルが楽しそうに聞く。
「そ、そうですな、アルゴル様は・・・。」
「主人の従魔ってことでいいんじゃないですか。」
言い淀んだジェイソンに代わってピートが言った。
「こら、アルゴル様にそのような役など失礼だぞ。叔父貴にも言われただろう、無礼のないようにって。」
ジェイソンが焦る。
「構わないのであります。ところでその役どころはどのようなものでありますか。」
「従魔ってのは、主人のために働く魔獣だ。テイマーが手懐けた魔獣を金持ちの商人なんかが買うんだ。番犬になるホワイトハウンドや手紙を運ぶレイヴンなんかが一般的だけどな。アルゴル様はジェイソンの兄貴の従魔だ。」
ピートが説明した。
「ふむふむ。何となくわかったのであります。」
「でも喋る従魔ってのは聞いたことがないな。アルゴル様、従魔役は喋れないんだが、それでもよろしいですか。」
「わかったのであります。」
アルゴルはそう言うと、口を真一文字に結んで、お口チャックの仕草をした。
その様子にジェイソンの残りの部下が笑った。
「こら、お前達もアルゴル様に失礼の無いようにな。」
ジェイソンは笑った部下を睨んだ。
長い間奴隷売買が禁止されていたノワには、解禁となった今でも奴隷を専門で扱う商人はいない。ジェイソンは、シャールに聞いたハルメリア派の商人達を中心に探すことになった。
「お前達は奴隷を扱い始めた商店がないか聞き込みに行け。」
「わかりやした。」
そう言うと3人の部下達は出て行った。
「じゃあ、アルゴル様、俺たちも行きましょう。ミルズ商店が最近羽振りがいいと噂が聞こえてきます。そこへ行きますんで、宿屋を出たらお口チャックでお願いしますよ。」
ジェイソンが言うとアルゴルは無言で頷いた。
ミルズ商店に着くと、ジェイソンは出て来た店員に、店主に話があると伝えると応接室に通された。
「私が店主のミルズです。この度は何のご入用ですか。」
金持ちの商人らしい、金糸の装飾が施されたベストを着た太った男が現れた。
「奴隷を買いたいと思っておりまして。」
「ほう、奴隷ですか。」
ミルズは鋭い眼差しをジェイソンに向けると片眉を動かした。
「お見かけしないお顔ですが、どちらからいらしたのですか。」
「ハロです。最近こちらでも奴隷を買えると聞きまして。」
「そうですか。」
ハロはノワ王国の東にある街だ。
ジェイソンは事前に用意していた話をする。
「単なる奴隷ではなく、少女の奴隷が買えると噂で聞きました。」
そう言ったジェイソンに、ミルズは一呼吸空けて言った。
「ほう。随分と情報に詳しい方のようですな。ちょうど仕入れたものがあります。奥にありますんで、見てみますか。」
(ビンゴか。)
ジェイソンはミルズを見ながら頷いた。
「申し訳ありませんが、使用人と従魔はここでお待ちいただけますか。」
ミルズはそう言うとジェイソンを連れて部屋を出た。
店の地下に通されたジェイソンは地下室に入る。倉庫として使われているらしい地下室には沢山の荷物が積まれていた。奥に進むと二人の少女が檻の中にいた。手足を縛られ、猿轡をされていた。
(生きているようだな。)
ジェイソンは似顔絵の少女達であることを確認するとホッとした。
倉庫の入り口から数人の足音が近づく。
「ジェイソンの旦那じゃねえか。」
その声に振り向くと、赤毛のワロージャと痩せのイワン、そして人相の悪い男達がいた。
「貴様ら。」
そう言ってジェイソンはしまった、と思った。
「おや、お知り合いでしたか。ではごゆっくり。」
ミルズは鋭い表情のままそう言うと、倉庫から出て行った。
「やあ、ジェイソン、ここに何しに来た。」
ワロージャが言った。
「何って奴隷を買いにきたんだよ。」
「へえ。シャールに忠実なあんたが、奴隷を買いにきただと?」
生まれ変わったケルパー商会は奴隷貿易に一切関わらないと宣言している。
「いや、何、叔父貴には内緒でな。」
ジェイソンは冷静を装って答えた。
「信用できねえな。」
イワンが言った。
「ここに何しに来たのか聞かせてもらおうじゃねえか。」
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