第27話 執事長マリー
領主の館は水色の壁に白亜の柱、窓枠の装飾が美しい大きな宮殿である。エルマーが領主となってからはペガスエルーム城と呼ばれ、領民の憧れの宮殿となっていた。
執事長として雇われたマリーはペガスエルーム領で山のような仕事に追われていた。
領主就任に伴う各方面への挨拶回りの手配、借地人と借地料の調査、御用達となる取引業者の選定と交渉、客の送り迎え、レセプションルームの管理、そしてこの城で新しく雇う使用人の面接など多岐に渡る。それに加えてエルマーからの頼まれごとがある。
「
ノートにびっしりと書かれた業務リストとにらめっこしながらマリーは独り言を言った。
トントン、とマリーの執務室を優しくノックしてジャン=リュック・ワーズが入って来た。
「旦那様」
「おや、ここでは旦那様ではないよ。ジャンでいいと言っているだろう。それに、私とサイードのことはワーズだと知られないように気をつけないと。」
「はい、申し訳ありません。」
ワーズ家の使用人だったもの達には、硬く口止めしている。普段マリーが目を光らせているが、ジャンの笑顔につい気持ちが緩んでしまった。
「忙しそうだね。あまり無理してはいけないよ。エルマーも無理するなと言ってくれているだろう。」
「はい、ありがとうございます。」
「貴族達への挨拶回りの順番とその予定を組んだよ。それと届いた夜会の招待状の選別をして見たんだがエルマーに渡してくれないか。」
ジャンはそう言うと二枚の紙をマリーに渡した。
エルマーが辺境伯となってまだ1ヶ月ほどだが、すでに夜会の招待状が多く届いていた。救国の英雄である冒険者の辺境伯就任はスリジクだけでなく他国にも伝わっている。寵児であるエルマーを自分たちの夜会の目玉にしたいと考える貴族が多いようだった。
「ありがとうございます。すみません。」
マリーはリストを受け取り礼を言った。
「こう言うことなら私も協力できるからね。挨拶回り自体にはついていけないから、せめてね。」
ジャンはマリーに笑いかけると、机の上におかれたノートに目をやった。
「
二重下線が引かれた部分をジャンは読んだ。
「どちらもアテがないわけでは無いな。」
そう言うと、ジャンはエルマーと話してくると言って執務室を出て行った。
忙しくしながらもマリーは喜びを感じていた。エルマーは若いが領民達からも人気があり、ワーズ家にいた時と同様、使用人一人ひとりを尊重してくれる。何より自身の働きに常に感謝を示してくれる。
ジャンと入れ替わるように、見習いバトラーのカイルがお茶を持ってやってきた。
「ハーブティーです。」
カイルは爽やかな香りがするお茶とサンドイッチを執務机の邪魔にならないところに置いた。
「お昼を取られてないようでしたので、コックに言って作って貰いました。」
「ありがとう。」
マリーはそう言うと手を休めてお茶を飲んだ。
「美味しい。」
マリーは思わず呟いた。
「上手にお茶を淹れられるようになったのね。」
「そりゃ、厳しい方に習いましたんでね。」
カイルはイタズラっぽい目でマリーを見た。
カイルは14歳でワーズ家の使用人となってから、ポーターを経て、マリーのもとで執事の見習いをしてきた。
「そうだったわね」とマリーは笑った。
「この城の食材調達やそのほか備品などの取り引き業者の選定は大体終わりました。これが提出された見積もり書です。」
カイルは脇に抱えていたレターケースをマリーに渡した。
「そう、ここまでやってくれたのね。助かるわ。」
そう言うとマリーは見積もり書に目を通す。
「商店会のカール・ロウエさんがいろいろ協力してくれて、価格交渉までやってくれたんです。」
カイルが説明した。
「確かに、この額なら良さそうね。これで進めてもらえるかしら。」
マリーはカイルの仕事ぶりに関心する。見習いを始めて3年ほどだが、理解が早くてよく気がきく。そして誰とでも臆せずに話ができる、そう考えながらマリーはカイルを見習いから昇格させてもいいと感じた。
「あなたにもっと仕事を任せようかしら。」
「ええ、喜んで。」
カイルは心の中で、マリーの役に立てるなら何でもしますよ、と付け加えた。
−−−
翌日、マリーはペガスエルームの領土にあるオロガ村にエルマーと共に訪れていた。
オロガ村は、ペガスエルーム領の中心となる街から馬車で2時間ほどの距離にある小さな村だ。スーリと結ぶ街道の途中にあり、
ここにエルマーが来ることは予め連絡を入れておいたため、村に入ると村長の使いが先導してくれた。
村長の家はレンガ造りの立派な屋敷だった。
「ようこそおいでくださいました。」
馬車を降りると、人の良さそうな恰幅のいい壮齢の男が挨拶した。
「私はこのオロガ村の村長をしておりますサモンといいます。」
「エルマーです。こちらはペガスエルーム領の執事長のマリーです。」
それぞれに自己紹介を終えると、サモンは屋敷の応接室に案内した。エルマーが領主就任の挨拶をすると、サモンは村の説明をした。特に野菜作りはオロガ村の自慢らしく、スーリの市場にもオロガの野菜として卸しているという。和やかに会話が進み、一段落したところで、サモンはエルマーに相談を持ちかけた。
「実はこの村の子供が二人、先週から居なくなっておるんです。」
「どういうことですか。」
エルマーが聞いた。
「二人が冒険者風の男たちに付いて村を出るのを見ていた者がおります。村に立ち寄る冒険者を見送ったり、お小遣いをもらうために村の入り口まで荷物を運んでやる事はよくあるので、その者も気に留めなかったと言っておりました。」
「連れ去られたと考えてらっしゃるんですか。」
「ええ。二人とも家族と仲が良かったですし、村の学校でもみんなと楽しくやってましたので、家出する理由が無いんです。それに二人は可愛らしい子で…。」
そういうと、サモンは似顔絵を見せた。
「これはその女の子達、カナとミクです。」
丁寧に書かれた似顔絵には、服装や身長などの情報も書かれていた。
「明日、スーリの冒険者組合に依頼を出そうと考えていたんです。」
サモンは言った。
「こっちの似顔絵は?」
「これはその冒険者風の男達の似顔絵です。一人が顔に大きな傷があって、もう一人は長い赤髪を後ろで結んだ背の高い男だったと言ってました。」
「村を出てスーリの方に向かったんですか。」
「そこまでは見た者がおりませんで。」
「そうですか。」
エルマーはそういうと似顔絵を再び眺める。
「僕たちが探します。ペガスエルームに続く道沿いは騎士団に探させます。」
エルマーは村長に約束してペガスエルームに戻った。
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