第7話 グレッグ

 グレッグはエルマーの笑顔の圧に押されて話し出す。


「まだガキの頃にサイードに会った事がある。」

「子どもの頃ですか。」

「俺は旅芸人の一座に生まれ、旅をしながら芸をして暮らしていたんだ。確か俺が8つの頃だったか、一座はノワの春のお祭りに参加した。祭りの間をノワで過ごしたんだ。そこに、まだ小さかった王子が家庭教師と護衛を引き連れて舞台を見に来た。」

「ラフィ王子とサイードですね。」

「ああ。王子はとても喜んで、見終わった後、俺に花束とお菓子をくれた。王子は俺を女の子だって間違えてたらしい。それから王子の家庭教師は毎日やってきて一座にいた子供たちを集めて読み書きを教えてくれた。学校に行っていないのを心配してくれたんだ。みんなで絵を描いたり、本を読んだり、計算のテストをして褒められたり、俺の小さい頃の唯一の楽しい思い出だ。」


「それで恩を感じていたのか。」

メリッサが聞いた。

「ああ、・・そうだ・・・。」

「子どもの頃の楽しい思い出ですか。」

エルマーは微笑んだ。


「君があの手紙をくれたのか。」

サイードが言った。

「確かに3ヶ月ほど前に私宛に暗殺計画を知らせる手紙が届けられた。手紙のおかげで用心することができた。」

「その手紙にはグレッグを特定できる何かが書かれていたのですか。」

エルマーが聞いた。

「手紙を書きなれていないような文面だったが丁寧に描かれていた。差出人の名前は記載されていなかったが、3年前の出来事や、暗殺依頼の経緯などが書かれていた。」

サイードは答えた。

「ああ、俺に殺しの依頼が来たことを書いた。サイードが悪戯だと思わないように詳しく書いたんだ。」

「そうか。だが、すまなかった。手紙を破棄せず、私は文箱に入れたままにしてしまった。そのせいで君が狙われることになってしまったな。」

サイードがグレッグに謝る。

「サイードのせいじゃない。」

グレッグは否定した。


「先ほど、グレッグは子どもの頃の思い出だと言いましたが、手紙に書かれていた3年前の出来事とはなんですか?」

エルマーは聞く。

「それは個人的なことだから。」

サイードは言葉を濁す。

エルマーはグレッグの方を見る。

「グレッグは若いようですが、今何歳ですか?」

「17だ。」

「先ほどの子どもの頃の思い出の話以外にもサイードとの繋がりがあったのですか?それともう一つ気になることとしては旅芸人だったあなたがどうやってアサシンになったんですか?」


「子どもの頃と別に3年前にもサイードに出会って救われたことがある。」

「救われた、とは?」

エルマーはやんわり詰め寄る。


「旅芸人の一座は、巡業するうちにあるマフィアに目をつけられ、盗品の密輸に加担するようになった。一座は荒れ始めていった。俺が13になった頃、両親は不慮の事故で死に、その後すぐ一座は離散したんだ。行き場の無かった俺はマフィアの手下になった。」

「そうですか、マフィア に。」

「何の役に立たない子どもだった俺は、スーリにある宿屋に住む場所を与えられる代わりに夜は男娼をさせられたんだ。女でも男でも少年が好きだっていうやつらは少なからずいる。そんな荒んだ生活をしていた時に、俺はタチの悪い客に道で絡まれ、その男が大声で騒ぎ立てて、俺は乱暴されそうになった。そこに身なりの良い、品のある男が現れて俺を助けてくれた。その男はノワのサイードだと名乗った。」

グレッグは続ける。

「俺はすぐにサイードを思い出したが、サイードに昔の話はしなかった。読み書きを教えた子供が男娼になってるなんてがっかりすると思ったんだ。サイードは俺を心配して宿まで付いてくると、マフィアである娼宿の主人あるじと交渉を始めた。少年を違法に働かせてるって正論を解き出したよ。もちろん主人は応じず、逆に身請け料に大金をふっかけたんだ。だがそれは貴族にとっても大金で、たまたまスーリに来ていたサイードが払えるものではなかった。サイードは俺に詫びると、1週間待てと言って俺を1週間分だけ買ってくれたんだ。」


「さ、サイード・・。」

メリッサが驚いた声を出した。

「いや、もちろんサイードは俺に何かしたわけじゃない。1週間俺を自由にしてくれたんだ。サイードは1週間後にまた会おうといってくれた。でも俺は約束の場所に行かなかった。恥ずかしかったんだ。キレイなサイードにもう一度会うことはできなかった。そんな俺が再び娼宿に戻ると、サイードが主人に身請け料を払って行ったと聞いた。俺はそれで娼宿を離れた。1人で生きることにしたんだ。」

「そうだったのか。」

メリッサが言った。

「あの時の生活は地獄そのものだった。客からもマフィア からも毎日のように殴られた。もしあの時サイードが助けてくれなければ今もまだあの娼宿にいたかも知れない。」

グレッグは静かに言った。


「そうでしたか。辛い話をさせてしまったようですね。ところで、サイードに送った暗殺を知らせる手紙はどのようにして届けたのですか。」

「ノワのヘランに配達を依頼した。」

「確かに、へランから届けられたよ。」

サイードが言った。

「そして、その手紙はサイードの自宅の文箱に入れていたんですね。その文箱を見ることができるのは限られますね。」

「そうだな、文箱には他にも機密の文書を保管していたので鍵をかけていた。多分ハルメリアの指示で近衛兵か誰かが運び出したんだろう。」

「では、それをケルパー一家いっかが知っているということは、ハルメリアとの繋がりがあるのかもしれませんね。」


 話を聞き終わると、エルマーはしばらく考え込んだ。


エルマーはケルパー一家のアジトについてグレッグに確認する。


「ボスの名前はシャール。アジトは街の中心から西に行ったところにある海に向かう丘の上にある豪邸だ。そこにいるのはケルパー一家の幹部で、たいてい30から40人はいつもいる。警備が厳しく、無断で入ろうとすると容赦無くマシンガンをぶっ放してくる。」


アジトの様子を聞くとエルマーは明るい調子で笑った。


「ケルパー一家は特に悩む問題はなさそうですね。正面から潰しに行きましょう。」


(ここにいるのは恐らく5人だが・・この人数で正面から向かうのか!?)


先ほど説明したアジトの様子をまるで気にしていないようなエルマーの言い方にグレッグは絶句する。


「そうと決まれば早速ケルパー一家のボスに会いに行きましょう。今回はサイードはお留守番していてくださいね。マフィアのアジトは危ないかもしれませんから。」

エルマーはそう言うと荷台へ向かった。


荷台に倒れていたマフィアを起こし、馬車の外に出すと、ロープで15人をつなげた。

「じゃあ、皆さん行きましょう。リゲルは引き続き見張りをお願いします。」

「えっまた見張り?」

リゲルと呼ばれた獣人は先ほどまでピンと立てていた耳を垂らしてがっかりしたようだ。


(・・ってことは3人で行くっていうことか。)


「道に迷うと行けませんから、グレッグも来てください。」

「えっああ、わかった。」


(俺も行くのか・・自殺行為じゃないだろうか、と思うがエルマーの命令に逆らうことはできなそうだ。その丁寧な話し方が寧ろ怖い。)

グレッグは引き攣った顔で返事をした。



 エルマーは長い隊列を引き連れて歩き出した。


「おい、あの縄で縛られてるの、ジェイソンの兄貴じゃねえか。」

「ほんとだ、ジェイソンの兄貴達だ。」

縄で繋がれた15人のマフィアを連れて歩く異常な様子を道ゆく人々は遠巻きに眺める。


 小高い丘の上にある白い大きな家がケルパー一家のアジトだ。その大きな屋敷の前に着く頃には、たくさんの男達が集まっていた。道中いたマフィアの仲間が一行の後に付いて来たからだ。


エルマーはついて来た男達を見据えた。


「屋敷に入る前に、皆さんに確認します。僕たちと戦いますか。希望する人は前に出てください。」


男達は動かなかった。


「そうですか、残念です。では、僕たちはケルパー一家の長に用がありますので、どうか邪魔しないでくださね。」


 エルマーはそういうと屋敷の入り口の鉄の門扉を勢いよく蹴飛ばした。おそらく、内側にかんぬきがされていたと思われる扉は大きな音とともに蹴破られ、片方の扉が高く舞い上がって屋敷の方に飛んでいった。


ドッスン、と大きな音とともに鉄扉が落ちた衝撃で地面が揺れた。

「ひっ、化け物か。」

ロープに繋がれた男がその様子に怯えた。


(エルマーはここにいる誰よりヤバい。)

グレッグは改めて感じた。


「行きましょう。」

エルマーは平然と進み出した。


 屋敷に入るとマシンガンを持った見張りが容赦なく撃ってきた。

エルマーは何かを唱えると、目に見える範囲にいたマフィア達が一斉に地面に倒れた。


「念のため銃火器を回収しておきましょう。」

ウバシュはやれやれと言った様子で、マシンガンや拳銃、刀やナイフ、片手剣など一人一人の武器を取って、小さな鞄に次々に入れていった。


(あの鞄はなんなんだ。)


グレッグは不思議に思ったが、ウバシュを手伝って武器の回収をした。


 エルマーは捕らえた男を一人だけ縄から外した。


「屋敷の中の案内をお願い出来ますか。」

縄を外された男はエルマーに従って屋敷に入る。この男はケルパー一家の幹部であるジェイソンだ。

「頼むから撃つなよ。」

冷や汗をかきながら屋敷の中にいるマフィアたちに伝えている。

屋敷の中でもエルマーは同じように一斉にマフィア達を気絶させ、全ての武器を奪っていった。



 奥の部屋から男が銃を構えながら出てきた。ケルパー一家のドン、シャールだ。


「叔父貴、た、助けてくれ。」

捕虜となっているジェイソンが必死に叫んだ。

シャールはジェイソンを無視すると侵入者達の方を見た。


「貴様らは誰だ。」

シャールは緊張しながら低い声を出す。


「昼にレストランにいたやつらだな。そこにいるのはアサシンのグレッグか。サイードに続き、グレッグとはね。君達は殺人鬼を保護して歩いているのか。」

「なんだと、サイードは、」

グレッグがカチンときて喋り出すとエルマーに黙るよう合図された。

代わりにエルマーが喋り出した。

「先程はどうも。あなたがケルパー一家のボスだったんですね。」

「一体ここに何しに来た。」

「もちろん、貴方達を潰すためにきました。たぶん状況はお分かりだと思いますが、貴方達ザコがどんなに束になっても、僕達には傷一つつけられません。素直に屈服すれば命まではとらないでおきましょう。」

「貴様のようなガキに屈服しろと言うのか。」

「叔父貴、コイツらバケモンなんだ。マジで殺される。」

「お前は黙れ。今は私が話している。」

シャールは額に大粒の汗をかきながら周りの様子を眺める。

「屈服させてなにがしたい。」

シャールは冷静を装って言った。


エルマーはぶら下げていた水筒の水をゴクゴク飲み出した。

シャールはその様子を息を飲んで見ている。


「喉が渇いたんです。失礼しました。」

エルマーはにっこりと笑った。

「そうですね、私の配下となり指示に従ってもらいます。今後、人殺しは厳禁、もちろんサイードを狙うようなこともです。あと、奴隷貿易も禁止、それと暴力によるみかじめ料の徴収も禁止、ケルパー一家を解散して、公に認められる仕事で慎ましく暮らしてください。」

「なんだと。」

「そうですね、大変残念ですが、それができなければケルパー一家は、皆殺しです。」

エルマーは淡々と言った。


「皆殺しか。」

シャールは半笑いになった。

「はい。どうしますか。」

エルマーは笑顔で尋ねる。

「・・わかった。そちらの言う通りにしよう。」

そういうとシャールは銃を下ろした。


(随分と物分かりがいいようだな。この屋敷にいた幹部達全員ヤラれて、屈服するしか生きる道はないか。)

グレッグはシャールを睨む。


「この街にすでに何人か僕の部下になったものがいます。僕の指示に反する動きがあれば、報告するように伝えますので、僕達がこの街から去った後も安心しないでくださいね。」

「わ、わかった。」

シャールの脂汗はシャツまでじっとりと滲んでいた。


「それと、もう一つ答えてください。貴方はノワのハルメリアとどう言う関係ですか。」

「た、たまたま利害が一致しただけだ。」

「貴方はラフィ王子殺害に関与していますか。正直に答えてください。」

「私は関与していない。本当だ。サイードは狙ったが、王子はやってない。」

「そうですか、わかりました。どうもありがとう。ついでですが、この屋敷を案内してください。」


 エルマーはこの後、シャールを脅しながら金庫を開けさせ、溜め込まれていた金貨を手間賃だと言いながら半分ほどの100万ギリーを奪った。そして武器庫から護身用の小さなナイフを除き全ての武器を、あのウバシュの小さな鞄に入れた。


「武器はもう必要ないですからね。」

エルマーは笑顔で言った。

シャールはその間、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「ああ、シャール、あなたは本当は生かしておかないつもりでしたが、今後何かの証人で役立つ可能があります。まあせいぜい殺されないようにしておいてください。」



エルマーは屋敷を出ると、立ち止まった。

目の前に海が見える。

「青いですね。」

そう呟くと海を眺めながら眩しそうに頭の上に手をかざした。


 片方の扉がなくなった門から外に出ると、集まっていた男達に向かってエルマーが言った。


「ケルパー一家は私の配下になりました。君たちも非合法な活動は辞めて早く手に職をつけたほうがいいですよ。」

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