第6話 海辺の街

 幌馬車は西海岸と呼ばれる海沿いの地域に入った。


 海岸にある街「マリス」に立ち寄る、とエルマーが告げた。


 サイードは不安を感じた。

奴隷貿易の中心となっているマフィアの組織がマリスにはある。


 ノワでの奴隷貿易禁止を行った時に何度かマリスのマフィアの脅しにあっている。

サイード自身マリスに行くのは初めてだが、マフィアに顔を知られている可能性は高い。街に行くのを遠慮しようとしたが、エルマーは、問題ないですよ、と笑顔で返した。


 街の入口の停泊場に幌馬車を止めると、スレイプニルが引いていることもあって注目を集めていた。


 スレイプニルに触れて怪我をする人が出ないよう、用心のためリゲルを幌馬車に残し、残りのメンバーは街の中心地に向かうことになった。エルマーは観光だと言う。


幌馬車を降りると、突然中年の大男が並んで歩き出した。サイードは不思議に思い、エルマーに声をかけようとした。

「おいらウバシュだよ。」

大男が低い声で可愛らしく言った。

ウバシュは魔力で擬態化する能力があり、街に入るときは人になるという。


「エルマーが、大人の大男になれって言うんだ。おいらとしてはかわいい女の子に変身するのが好きなんだけど。」

ウバシュは低い声で説明した。



 ほんのりと海の匂いが混ざる風が心地よく吹いている。

市街地は予想していたような荒れた地域ではなく、綺麗な白い建物が立ち並んでいて真っ青な空とのコントラストが美しかった。街を行き交う人たちも活気がある。


 エルマー達は街の中心部まで来ると高級レストランに入った。

「初めての街では、その街で一番高そうな店に入るって決めてるんです。」

エルマーが言った。


 席に着き食事をしていると、一人の紳士がテーブルに近づきサイードに話しかけてきた。


「失礼ですがあなたはノワのサイード・ワーズ宰相ではありませんか。」


サイードはぎょっとして紳士を見ると、答えに窮した。

(ノワでの王子暗殺はすでにマリスにまで伝わっているのだろうか。この男は一見すると紳士だがおそらくマフィアだろう。)

物腰は柔らかく見せているが、杖をもつ手に深く刻まれた傷があり、離れたところに立つ黒づくめの男達の様子がそう感じさせた。


「いいえ、人違いです。」

サイードは答えた。

「そうですか、それは失礼しました。もしあなたがサイード・ワーズでしたらこの街に来たことを後悔させるところでしたよ。」

紳士は先ほどの穏やかな様子と変わらない口調だが、緊迫した空気が漂った。

メリッサが今にも動き出しそうな様子を見せる。


「それはどう言うことですか。」

話しかけて来た男に向かってエルマーが明るい調子で聞いた。

男はエルマーに目を遣ると勿体ぶったように答える。

「いや、何、我々の商売を潰しかけた敵なんですよ。ノワの冒険者組合ヘランに邪魔されてこれまで直接手出しをすることはできなかったんだが、まあどうやら今は罪人となってノワから逃げ出したらしいんですよ。」

「罪人ですか。」

エルマーが言った。

「ええ、坊ちゃんのためにこれを見せてあげましょう。」


そう言うとその男は懐から取り出した逮捕手配書をエルマーに見せた。


「ノワ王国ラフィ王子殺害犯、サルーテ・ワール。逮捕依頼。賞金5万ギリー。特徴は、無精髭の色黒の小男。逮捕の際は犯人を傷つけることなかれ。」

エルマーは読み上げる。


「この手配書はあなたのお探しのサイードではなさそうですよ。名前も、なにもかも違います。」

エルマーがにこやかに行った。


「ああ、ノワの冒険者組合ヘランが発行しているんですがね、いろいろ間違えているようなんで、今私の部下をノワに使いにやって、役所に直接問い合わせているんだよ。ラフィ王子殺害犯は宰相のサイード・ワーズで、そこのお兄さんによく似た、長身のハンサムな青年のはずなんだがね。」

「へえ。でもヘランが間違った手配書を配るなんてしないでしょう。」

エルマーが言った。

「ノワのヘランの事務長は、サイード・ワーズと懇意にしていたことは知ってるからね。こうして手配書の不正をやっているんだよ。ヘランの権力を使った不正だ。これをハルメリア新国王が聞いたらどうするか、楽しみだよ。」


サイードはそれを聞いて拳を固くした。


 ノワのヘランの事務長はジョシュアと言う男で、サイードの推薦で事務長をしていた。冒険者だったジョシュアは活動の本拠地をノワに置き、魔獣討伐や警備などで活躍していた。その頃からずっとサイードが信頼を置く人物だ。


エルマーは力を入れているサイードの拳の上に手を重ねた。

「使いにやったあなたの部下はなんと?」

エルマーが聞いた。

「この手配書がマリスに届いたのは昨日でね。ちょうど今朝ノワに向かったとこですよ。王子殺害の大罪人が逃げ出しただけでもけしからんことだが、その手配書発行に一ヶ月もかかり、挙句に虚偽の内容などとは大問題だよ。」

男はそう言うとニヤリと笑ってサイードを見下ろした。

「そうですか、本当に色々と教えていただきありがとうございます。」

エルマーはにっこりと笑った。


 男はそのまま立ち去った。


エルマーはサイードに尋ねる。

「あの男を知ってますか。」

「初めて見るが、おそらくこのマリスのマフィアの幹部かボスなのだろう。ノワの奴隷貿易禁止の際に恨みを買っている。」

「そうなんですね。…ここからノワ王都までは早馬でも2日、通常の旅程だと3日はかかりますね。」

エルマーが呟いた。

「ノワに向かったというヤツの部下追うのか。」

メリッサがエルマーに尋ねた。

「追いはしません。待ち伏せします。」

エルマーは笑った。


「すまない、なんと言っていいか。ヘランの事務長のジョシュアは私の数少ない友人の一人だ。私のせいでハルメリアからどんな報復をされるか心配だ。」

サイードの手はまた力んでいた。


「僕、ああいう反社会的なことで地位を得て優雅に暮らしている輩は嫌いなんですよ。この件でもそうですが、何か徹底的に潰す方法を考えないといけませんね。」

エルマーは言った。



 店を出るとエルマーは市場いちばを見に行くと言って、皆で海岸の方に向かった。


 しばらく歩くと、裏路地から争うような大きな音が聞こえてきた。

エルマーはメンバーに合図をすると裏路地に向かった。


−−−


「随分と逃げ回ってくれたが、もう終わりだ!貴様は、必ず殺すよう賞金までかけられてる。」

「へえ。」

「だが安心しろ、俺のような慈悲深い人間に捕まってよかったよ。」

「生かしてくれるのか。」

「楽に死なせてやるよ。」

「それはどうも。助かるよ。」


(全部で15人か。マシンガンにピストル、片手剣に魔術士もいるな。これはどう立ち回っても逃げられそうもない。俺のくだらない人生もこれで終わりか。)


「あなたたち、少年1人を取り囲んで何をしているんですか。」


緊迫した状況の中、突然どこからか現れた者達が、争う俺たちに向かって声をかけた。


「なんだ貴様達は。」

俺を取り囲んでいるマフィア集団のリーダーが、ドスのきいた声で言った。


「僕たちは冒険者です。たまたま通りかかったんですが、人が集まっていたので気になって来てみました。その少年をどうするつもりですか。」

「死にたくなければ関わらないほうがいい。消えろ。」

集団のリーダーが脅すように言い放った。


「僕はちょうど機嫌が悪いんです。あなたたちマフィアですか。」


これだけの人数のマフィア相手に怖れる様子を微塵も見せない。


(あいつら何者なんだ。雰囲気や装備からしたら強い冒険者なのかも知れないが、魔物相手の戦闘と訓練されたマフィア相手との戦い方は全く異なる。まして敵は15人だ。大丈夫なのか。)


「はあ?俺らを知らねえのか。じゃあ冥土の土産に教えてやる。俺らはこのマリスを取り仕切るケルパー一家いっかだ。」

「ケルパー一家ですか。知りませんが先ほどの質問にも答えてください。その少年をどうするつもりですか。」

「貴様っ、ケルパー一家を知らなかったことを後悔するんだな。」


マフィアの集団は冒険者達に向かって一斉に銃口を向けた。


その瞬間、マフィア達は次々と雪崩を打ったように倒れた。一瞬の出来事だった。白目をむいて泡を吹いているものもいる。

「ふん、弱い。」

パーティメンバーの女が言った。

女は、銃を向けた8人の男たちの背後に回るとあっという間に打ちのめしたのだ。

俺は唖然とした。


仲間をやられたことに驚いている残りのマフィアが、立て続けに魔術のようなもので一瞬にして気絶した。


(すげぇ。こんなことができるんだ。)


先ほど機嫌が悪いと言った若い男がやったようだ。

冒険者の中年の大男が、小さな鞄から長いロープを取り出し、倒れている15人の手首と足首を縛りだした。


「ところで、君は大丈夫か。」

黒い詰襟のスーツを着た男が俺に話しかけた。

「…あぁ。命拾いした。」

そう言って声をかけてきた男を見る。その顔に見覚えがあるような気がした。


「君はマフィアに狙われてるようだな。何をしたんだ。」

「何って、いろいろさ。」


そこへ若い男がにっこり笑いながら近づいてきた。

「僕たち、この街に来たばかりであまり事情がわからないのですが、教えてくれませんか。」


なんとなくこの男に逆らってはいけない、という雰囲気を俺は感じてうなずいた。


「ここだとまた襲われるかもしれないので、一旦馬車まで戻りましょう。」

若い男がそういうと、縛られて横たわる男たちに黒い詰襟の男が何か術式を唱えて一人ずつ消していった。


「奴らを消したのか。」

初めて見る魔法に驚き、俺は聞いた。

「いや、何か使い道があるかもしれませんので、とりあえず馬車の前まで運んでもらいました。」

若い男がにっこりと答えた。



 馬車の停泊場に行くと一際目立つ幌馬車があった。


その幌馬車から、獣人の男が何やら大きな声を出しながらこちらに駆け寄って来た。


「いきなり縛られた男たちを荷台に送りやがって。あいつらはなんだよ。」

獣人の男が詰め寄って来た。

「騒ぐな。」

女が低い声で制すると、獣人は黙った。

「まあ、立ち話もなんなので、馬車の中で話しましょう。」

若い男は俺に向かって言った。


 俺は荷台に入った。中には15人の男たちが未だ意識不明の状態で横たわっていた。


「悪いのですが、見張りをお願いします。」

「ちぇっまた見張りか。」

獣人の男は若い男に指示され、ふてくされて馬車の外に出た。


荷台の奥に謎の扉が隠されていて、俺は促されてその扉の奥に入った。


俺が口を開けたまま驚いていると、部屋の真ん中に置いてあるソファに座るように言われた。


キョロキョロとしていると、若い男が言った。

「僕たちのことを不思議に思っているかもしれませんが、これから僕たちの知りたいことを聞きます。答えてください。」

「あ、ああ、わかった。」

「さっきの輩はケルパー一家いっかと名乗りましたが、ケルパー一家とはマリスのマフィアですか。」

「ああ、そう。」

「そうですか。マリスには他のマフィアはいますか。」

「いいや、ここはケルパー一家の街だ。この街のチンピラはケルパー一家の息のかかった奴らしかいない。」

「なぜ彼らに追われたのですか。」

「それは・・・」

俺は答えを渋ったまま黙った。



「サイード、このお茶を飲んで。魔力を使ったから。」

女が詰襟の男にお茶を持って来た。


(サイード・・・今サイードって言ったな。)


サイードと呼ばれた男をよく見てみる。


(以前に会った時と雰囲気は少し違うが、間違いない、サイードだ。)


「あんた、そうだ、確かにサイードだ。」

俺は詰襟の男に向かって言った。


一瞬沈黙が流れた。


「す、すまない、つい。」

女が謝った。


「大丈夫ですよメリッサ。そういえば自己紹介を忘れていました。」

メリッサという女にそう言ったあと若い男がこちらに向き直る。

「僕はエルマーと言います。冒険者をしています。」

エルマーと名乗った若い男は冒険者チームのリーダーで、残りのメンバーを俺に紹介した。

「それで、あなたは?」

「俺はグレッグ。」

「サイードを知っているんですか。」

「あ、ああ。ノワの宰相で、この前、処刑場から逃走したって・・。」


つい嬉しくなってサイードだと確認したことを俺は後悔した。どうやら雰囲気からして、秘密にされていたことだったのだろう。俺は慌てて伝わってきた公の情報だけを知っていたかのように誤魔化した。


「そうですか。話を戻しましょう。なぜケルパー一家に追われていたんですか。」

「それは・・。」

俺が言い淀むとエルマーが強い調子でいった。

「僕たちはあなたを助けました。でもまだ彼らは生きています。あなたの方が悪いのだとしたら僕は彼らにあなたを渡さないといけないかもしれません。理由を聞いて判断したいのです。」

「わかった。・・・俺はアサシンなんだ。依頼を受けて殺人をしていた。」

エルマーはそのまま話を続けろという目をした。


「殺人なんかの依頼は大概マフィアを通してやってくる。ケルパー一家が俺にある殺人の依頼をして来た。3ヶ月ほど前だったが、俺はその依頼を断った。アサシンと言っても頼れるものは自分だけで、無理に受けても俺が死ぬだけだし、それに俺はこれでもポリシーがある。基準に合わない依頼は受けないんだ。」

「それで、断ったから報復に来たのですか。」

「いや、断っただけではなく、俺はその標的になった人物に手紙を送ったんだ、狙われているから用心しろって。そのことがバレたようなんだ。」

「なぜアサシンである君がそんなことをしたのですか。」

「標的になった人物に恩があったんだ・・。」

「その人物はマフィアに関わる人物ですか。」

「いいや、関係ない。真っ当な偉い人だ。」

俺はチラリとサイードの顔をみた後、エルマーに答えた。


「それは、ひょっとしてですが、サイードのことですか。」

エルマーがそういうと、周りの空気が変わった。

「え、あ、ああ、そ、そうなんだ。」

俺は再びサイードを見た。サイードは表情を固くしている。


「なぜ断ったのか詳しく聞かせてくれませんか。」

エルマーが俺をじっと見た。

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