第5話 幌馬車

 ある日の午後、サイードが部屋で本を読んでいると、エルマーがやって来た。

「お披露目したいものがあるので外に来てください。」


  笑顔のエルマーにしたがって飛空挺の外に出るとみなが集まっている。

大きな木陰に1台の馬車が停まっていた。コストネーガタイプの大きめの幌馬車だった。


 お披露目したいのが馬車だとわかり、サイードは眺めながら周る。


「これは・・スレイプニルか。」

サイードは馬に注目した。


「よくわかりましたね。」

エルマーが笑った。


「ああ、こんなに大きな馬はいないし、頭にツノがある。実物は見たことなかったが図鑑で見たことはある。」


 スレイプニルは魔力を持つ馬、つまり魔獣だ。魔獣は基本的に人になつくことは無い。それどころか人を襲う。


「もしかしてテイマーなのか。それにしてもスレイプニル2頭とは。」


 魔獣を手懐けるための特殊な訓練は色々な国で行われ、テイマーという職業は有名だ。魔獣には10段階でランクがつけられており、6以上の高ランクの魔獣を手懐けるテイマーはバルグ国の国家テイマーに数人いるだけだと聞いていた。スレイプニルはランク6だ。


「ええ、お伝えし忘れていましたが、リゲルはテイマーでもあるんですよ。獣系の魔獣であれば手懐けることができるんです。」


「すごいな・・・」

サイードは改めてこの冒険者チームの能力の高さを慮って素直に言葉に出した。


「それほどでもないけどな。」

リゲルがふさふさした尻尾を振りながら嬉しそうに言った。

「テイムした魔獣は名前を呼ぶと主人だと認識するよう躾けてる。こいつらはホワイトとブラウンっていう名前だ。覚えてくれよ。賢いしおとなしい性格だからビビんなくていいぜ。」

リゲルがよしよしとスレイプニルの頭を撫でる。二頭はリゲルに顔を擦り付ける。


「ずいぶん懐いている。」

恐ろしいはずの魔獣が可愛らしく甘えている様子を見てサイードはさらに驚いた。



 エルマーは馬車の説明を始めた。

「この幌馬車は、手に入れた後この平原の洞窟に隠していたんです。ここ1ヶ月は時間があったのでリゲルにスレイプニルを探してもらっていました。そして、内装をウバシュと僕で整えたんですよ。」

「おいら頑張ったんだよ。」

ウバシュはそういうと、エルマーに頭を撫でられた。


 馬車に乗り込むと、そこはなんの変哲も無い荷台だった。だが荷台の奥に掛けられた大きなカーテンをめくると扉があった。

「どうぞ。」

エルマーに促されてサイードは扉をスライドさせると、そこは広々とした屋敷のような空間があった。

「どうですか。」

エルマーがにこにこしている。

「ああ、期待はしていたがやはり空間魔法か。さすがだな。」

「そうなんです。リビングとダイニングキッチンに個室が10室、道場もあります。そして今回は新たに大きな浴室を作ったんです。」


 サイードは各部屋を覗く。キッチンの隣にある脱衣所からこの馬車の目玉らしい浴場に入ると暖かな湯がたっぷり入った大きな風呂があった。

「すごいな。このお湯はどうやって沸かしているんだ。」

「湯沸かし器があるんです。車輪の回転エネルギーを貯めてキッチンや浴室のお湯を沸かします。今は火魔法を応用して沸かしたんですけどね。」

「そうなのか。改めて君たちには驚かされるよ。」

サイードは言った。


「飛空挺を洞窟に隠して、この幌馬車でしばらく旅をしたいと思います。飛空挺は目立ちますし、馬車だと街の中の移動もできますからね。」

「街に向かうのか?」

サイードは聞く。

「はい、スリジク王国の王都スーリに行こうと思います。」


 スリジクはスーリという大きな街のある商業国だ。ノワとも親交があり、貿易も盛んだった。

「スーリへは何をしに行くんだ。」

「スパイスを買いにいきます。備蓄のスパイスがなくなりそうなんです。」

「スパイスか・・。てっきり古代遺跡でもあるのかと思った。」

サイードは正直に言った。

「今はめぼしい情報がないので、スパイスの調達を兼ねて、スーリの冒険者組合ヘランにも行こうと思います。スーリ支部は大きいですから。」

「そうか、ヘランか・・。」

サイードは一抹の不安を感じたがそれ以上は口にしなかった。



 エルマー達はめぼしい荷物を馬車に移してスーリに向かう準備を始めた。



 荷物がないサイードは、皆が準備をしている間に、賢者の魔法の最終訓練をする事にした。


 鑑定、転移、身体能力を高めるエンハンスなど多くの魔法を習得できていた。

1日に何度か転移魔法を使っても魔力の枯渇は起こらないようになっていた。


そして今日は賢者の書の最後に書かれていた魔法である「復活」を試す。


 復活の魔法は古代から禁忌とされ、ノワの王族のみが使うことを許されてきたと賢者の書には書かれてある。

王族でないサイードができるのか不安だったが、ワーズ家はもともとノワ王家の血を引いているし、サイードの母親は前国王の異母妹、つまり元国王の娘であったことから自身も王家の血は受け継いでいる。また王家以外が使用して問題になったというような記述はなく、単なる術式の独占をしていたというように読み取れ、試してみたいと思っていた。


 サイードはずっと身につけるのを躊躇っていた賢者のローブをクローゼットから取り出して眺めた。


ローブは自分を受け入れてくれるだろうか、そう思いながら姿見の前でローブを羽織った。


羽織った瞬間、ローブの紋様が薄く発光したように見えた。強い力を得た気持ちがした。サイードはそのまま実験に向かった。


 死んだドードーが横たわっている。

午前中にリゲルが仕留めてきたものだが、血抜きせずそのままにしてもらっていた。

サイードはドードーの断ち切られた首と胴体をさする。魔法陣を切り、術を唱えた。

するとドードーの首あたりがキラキラと光に覆われ、しばらくすると傷口が消えたように見えた。


「わっ」

先ほどまで横たわっていたドードーがいきなり起き上がりサイードに体当たりしてきた。

「生き返った・・のか」

サイードはドードーの攻撃をなんとかかわしながら慌てて距離を取る。

ドードーは怒りが収まらないのか大きな奇声を発して向かってきた。


 ドードーは攻撃的な魔鳥だ。鋭い嘴を武器に素早い動きで獲物を襲う。


サイードは武器を持っていなかった。


「しまった。」


復活魔法には成功したものの、この状況でドードーと戦うのは不利だった。攻撃魔法を唱える隙はなさそうだった。サイードはなんとか逃げられないかとあたりの様子を目をやると、サイードの顔のすぐ横を風が切った。


ビュンっという音がしたと思ったら「ぎゃっ」とつぶれた声が上がった。向かってきたドードーが首から血を噴き出しながら倒れた。首には大きな手裏剣が刺さっていた。

「危ないところだったな。何をしていたんだ。」

メリッサが現れ、倒れたドードーの元に行くと、手裏剣を回収して振り返った。

「助かった。ありがとう。」

サイードはホッとしてお礼を言った。


 状況をメリッサに説明すると、メリッサが笑った。

「サイードも抜けているところがあるんだな。今度からはこの訓練にはわたしも付き添うから一人でやっちゃダメだ。」

「ああ、そうだな。このドードーにもなんだか悪いことをしたな。2回も死を味わわせてしまった。」

サイードはなんともバツが悪く苦笑いをした。



−−−


 全員が準備を終えて幌馬車に乗り込むと、スーリに向けて出発した。


 揺れをほとんど感じない幌馬車の中で、サイードは空間魔法についての講義をウバシュから受けていた。


「つまり、空間を把握し頭の中に的確な立方体をイメージし、術式を発動させる、ということか。」

「そうだよ。試しにこの箱の中に空間を作れるかやってみようよ。」


ウバシュに習った魔法陣と術式を30㎝四方の箱に向かって唱えた。

「じゃあ箱を開けてみよう。」

箱の中は1メートル四方ほどの空間があるように見える。

「サイードすごいね。初めての術式で成功させるなんて。空間把握能力が高いみたいだね。実はまだこの魔法はおいらとエルマーしか成功していなかったんだよ。使う魔力量も高いし難しいはずなんだ・・」


ウバシュが言うには魔法を成功させるのはイメージする事が必要で、いかに正確にイメージできるかが空間魔法においては特に大事だと言う。


「ちょっと待っててね。」

ウバシュは箱にさらに別の術式を施した。

「初めての空間魔法成功のご褒美にこの箱あげるよ。持ち運び可能な倉庫だよ。中に入れたものが入れた状態のまま保存され、自由に取り出せるから。」

「ありがとう。便利そうだな。」

サイードはお礼を言った。

「うん、便利だよ。エルマーは食品の保管庫に利用してるよ。」

「そうか。」

「エルマーは世界中の食材を集めて色々な料理を生み出すんだ。」

「へえ。確かに食卓に並ぶ料理はどれも美味しくて、珍しいものもあるな。」


 エルマーについてはまだよくわからないところが多い。ただ不思議と人を従わせる雰囲気があり、エルマーと行動をともにする事が自然なことのようにサイードは感じていた。

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