第3話 エルーム加入

 サイードは目を開けた。ぐっすりと眠っていたようで、すっきりした気分だった。

「夢だったのか…?」


 どこまでが現実だったのか判然としないまま起き上がる。見慣れぬ暖かな部屋だ。部屋の中を見渡しベッドから降りた。足の裏がヒリヒリと痛む。

(そうか、裸足で歩かされたんだったな。)


そのまま部屋の扉まで行き、部屋を出ようと考えたが、ドアにはノブがなく、押すが開かない。

ガタガタとしているとその扉がスライドし、エルマーが現れた。


「もう起きても大丈夫ですか。」

その明るい笑顔にサイードは思わず安堵した。


「この扉はスライドさせて開けるんですよ。この船の中の部屋は全部スライド式なんです。」

エルマーはにっこりと言った。


エルマーの年の頃は20代前半、茶色い髪に日焼けした肌、健康的な若者である。大きく黒い眼は好奇心をたたえ、ある種の愛嬌がある。

サイードはエルマーを観察しながら、「ああ、そうか。」と返事をした。


「地下牢での3日間は飲まず食わずでろくに寝てなかったんでしょう。」

エルマーはそういいながら持ってきたグラスを差し出した。

サイードは差し出されたお茶を飲む。地下牢で飲んだものと同じものだった。

あの時と同じようになんだか元気になった。


「少しお話しできますか。」

そういうとエルマーは明るい大きな部屋に案内した。



 天井まである大きなガラスの窓からは空が流れていた。

(ここはやはり飛空挺の中のようだが、飛空挺特有の騒々しい機械音は響いていない。確かに私は飛空挺に乗り込んだと思った。だが私が広場を抜けた時に見た飛空挺は小型で、このような広さがあるとも思えなかったが・・)

サイードはソファに座り周りを眺めた。


「気がついたのか。」

声がした方をに目をやると、メリッサが近づいてきた。

「船に乗り込んだと同時にサイードが気を失っちゃったんでメリッサはすごく心配していたんですよ。」

エルマーが解説してくれた。


「あ、ああ、寝ていたようだ。」

サイードはメリッサに向かって言った。

「もう大丈夫なのか?」

メリッサの言葉にサイードが頷くと、心配そうな顔をしてしばらく眺めていたが、また何処かに行ってしまった。


「私はどれぐらい寝ていたんだ。」

サイードはエルマーに尋ねた。

「まだ半日も経ってないですよ。3時間くらいだと思います。ちょうど今はお昼になる時間です。」


部屋は50平米ほどはあるように見える。ソファとローテーブル、そして奥はダイニングへと続いている。


(私が寝ている間に飛空艇を乗り換えたのだろうか。)


「それにしても、君達は一体何者なんだ。それにこのような大きな飛空挺など、一介の冒険者で持てるものなのか。」


 飛空挺でも大型のものは軍事用か大規模商会が扱う旅客船としてしか作られていない。


「まあ、いろいろ改造して空間を広げてるんです。この船は小型艇ですよ。」

エルマーの言葉に理解が及ばずサイードは怪訝な顔をする。

そんなサイードを見てエルマーは笑顔を向ける。

「案内しますね。」

「あ、ああ。」

「そうだ、これ履いてください。」

エルマーに渡された靴を履いた。柔らかくフカフカとした感触だ。

「部屋履きです。」

サイードが感触を確かめている様子を見ながらエルマーはそういうと、船の中を見せてくれた。


 広い客室が10ほどもある。キッチンに入るとリゲルとメリッサがいた。食事の支度をしているようだ。


彼らは気づいて声をかけてきた。

「元気出せよ。」

リゲルが言った。


リゲルの特徴的な耳と尻尾に目が行く。獣人族はノワの王都では見かける事は少なかった。耳と尻尾以外は体毛はなく、ほとんど人と変わらないようである。雰囲気は元気な少年といった印象だ。


「ああ。」

サイードは微笑んだ。


「昼飯は食べれそうか。」

料理をしていたメリッサが聞いた。

「ああ、なんだかお腹がすいて来たよ。」

サイードが答えるとメリッサは笑顔を見せた。


ノワ城の地下牢で会った時にはわからなかったがメリッサは麗人と言っていい容姿で、年齢もまだ若いようだ。細身だがしなやかで逞しい筋肉がついている。

(貴族の社交界で出会う女性とは違う美しさだ。)


 サイードは案内を続けるエルマーについて階段を降りると倉庫、道場のような部屋があった。そしてさらに下の階に降りると機器の並ぶ操縦室に案内された。

そこには人型のウサギのような、ぬいぐるみのようなものがいた。

「おいらウバシュって言います。よろしくお願いします。」

ぬいぐるみが挨拶した。


「ウバシュはエルフで特殊魔法が使える魔術士なんです。」

「エルフ…か。」

サイードがエルフに驚いていると、エルマーが笑顔を向ける。

「もうすぐランチにするからその時にまたみんなを紹介します。それまでにシャワーでもいかがですか。」

そう言われてサイードは自分の顎に手を当てる。無精髭が伸びていた。3日ほど牢の中にいて風呂にも入っていなかった。

「必要なものは部屋のシャワー室に置いてあります。着替えも準備してあります。」

エルマーはニコニコとした。




 シャワーの暖かな湯を浴びサイードは生きていることをようやく実感した。

髭を剃り鏡を見る。不可思議な得体の知れぬ冒険者達と出会い、ノワを思うよりも、これからへの好奇心の方が増していることに気がついた。


 シャワーを終えて用意された服を手に取る。着心地の良さそうな白いシャツ、黒の詰襟のジャケットとスラックススーツが置かれていた。そしてその下に畳まれていたのは賢者のローブだった。


 賢者のローブは賢者の書と共にノワに保管されていた宝だ。

ローブを手に取った。青い布地に銀糸の刺繍が施されている。手にするとそのローブそのものが力を蓄えているような感覚がした。


 部屋を出るとエルマーがいた。

「あれ、ローブ着てくれなかったんですね。」

サイードはローブを丁寧にたたんで手に持っていた。

「賢者の書を手に入れたんだな。なぜ私に賢者のローブを?」

「ランチにしましょう。そこでみんなの紹介を兼ねていろいろお話ししましょう。」



 ダイニングにはリゲル、ウバシュ、メリッサの3人も集まっていた。


「ではサイードの生還を祝って乾杯しましょう。」

グラスにエルマーがワインを注いた。

「では乾杯!」

サイードは不思議な感覚でグラスに口をつけた。この状況に対する違和感を改めて感じる。

テーブルに並べられたのは肉や魚など数々の料理と山盛りのパン、そして数本のワイン。


(まるで祝事での王の食卓を思わせるような豪華さだ。)


「随分贅沢なんだな。」

サイードは思わず呟いた。

「ええ。いつもより豪華です。」

エルマーは笑った。

「メリッサがやたら気合入れてたからな。」

リゲルが言った。

「何が口に合うか分からないから多めに作っただけだ。」

メリッサがぶっきらぼうに答えた。


「さて、本題に入りたいと思います。」

賑やかに食事が進み、デザートのフルーツに手をつけた頃、エルマーが切り出した。


「サイード、改めて聞きます。僕たちの仲間になってくれませんか。」

皆が視線を向ける。


(あの時、エルマー達と走り出した時から、私の気持ちはすでにこの冒険者達に向いていた。 )


「ああ、私は一度死んだと思っている。今は君たちとともに過ごすこと以外考えが及ばない。」

サイードは正直な気持ちを答えた。


「じゃあ仲間ってことでいいんだな。」

リゲルが言った。

「君たちが歓迎してくれているのであれば、そうなる。」

その答えを聞いてエルマーはにっこりと笑う。


「僕たちは冒険者のチームで『エルーム』って名乗っています。」


サイードはその名前に聞き覚えがあった。

「・・・エルームというと、昨年大陸の西で起きた魔獣の暴走を討伐したという、あのエルームなのか。」

「ええ、そうです。知ってくれていたんですね!」

エルマーは嬉しそうに言った。

「ああ、ギルフで褒章を受けたと聞き及んでいる。」

「そうなんです。たまたま近くにいたからなんですけどね。実はこの小型艇もギルフからもらったものなんです。」

「小型艇なのか。」

「5人乗りの本当に小さい飛空挺だったんだけど、エルマーとおいらで空間を広げたんだよ。」

ウバシュが言った。

「空間を広げるとはどういうことだ。」


エルマーはにっこりとする。

「それを説明するにはまず古代遺産の事を理解してもらう必要があります。」

「古代遺産?」

「僕たちはもっぱら古代の遺跡を探索して古代遺産を集めている冒険者なんです。」

「古代の遺跡とは…?」

「僕たちはそう呼んでいるんですが、二千年以上昔に作られた何かの施設とか巨大な墓とか、そういったものです。史跡として国に管理されているものもあれば、古い廃墟として放置されているものや、人里離れた山奥に残されているものもあります。冒険者達を募って探索を行う国もあります。」

「そこに古代遺産が残されているのか。」

「ええ。すべてではありませんが、オーパーツ・・今の常識では解明できないようなものが残されている遺跡も多いんです。僕が住んでいた田舎の山の中に古い廃墟があって、小さい頃から遊び場として探索していました。その廃墟は実は地上部分ではなく地下に巨大な空間が広がっていて、そこに空間魔法に関することが記述された緑の本と、そしてウバシュが残されていました。」

「ウバシュが・・?」

「うん、おいらは長い間その遺跡の中で冬眠していたみたいなんだ。過去の記憶がなくておいら自身にも謎なんだけど。」

「最初のサイードの質問に戻ると、ウバシュがその緑の本に記述された魔法を解読し、空間を広げることができるようになったんです。その本には空間についてのものだけではなく様々な種類の魔法が記述されていました。どれも現代では使われていない、知られていないものなんです。僕たちはこれを緑魔法って呼んでいます。」

「へえ。」

サイードはその話を疑うわけでもなく、信じるわけでもなく、話の中身を理解しようと努めた。


「そうか。そのような話は初めて聞いた。」

「それで僕とウバシュはウバシュの記憶を取り戻す方法を探す為、冒険者として旅を始めました。古代遺跡の探索はその為でもあります。」

「そうだったのか。冒険者であればその遺物を冒険者組合ヘランに伝えて協力を頼んだりしていないのか。」

「そうですね。それが正しいのかもしれません。でも僕はあまりヘランを信用していません。たまたまかもしれませんが、僕が最初に登録で訪れたヘランでは賞金をごまかされたり、依頼を受けさせてくれなかったりあまりいい思いはしませんでした。今もヘランにはお世話になっていますが、価格のはっきりしているものだけを売ることにしています。それで、・・ちょっと待っててください。今持って来ますね。」

エルマーは席を立つと二冊の本を手にして戻ってきた。

「これが緑の本です。」

中を見ると、見たこともない文字が連なっていた。

「これを読めるのはウバシュだけです。そしてこの賢者の書。」

青い表紙の本をサイードに渡した。


「これはサイードにしか解読できません。ゼルフォニア文字を使い古代ノワ語の文法で書かれています。この両方を知る者はサイードしかいません。」

「なぜこれが古代ノワ語だとわかったんだ。」

「文の最初に述語がきている気がしたんです。」

「そうか・・・。それと、なぜ私が古代ノワ語がわかると?」

エルマーはにこりとする。

「あなたはとても有名なんですよ。幼少期から古典文学と歴史を学び、史上最年少で大学を卒業して研究者となり、若くしてノワの前王に迎えられて王子の教師をやっていた、違いますか。」

「そうだ。」

「そしてこれは推測ですが、あなたは王子が賢者の書を読めるよう古典を教えていた。」

「・・ああ、その通りだ。そこまで分かっていたのか。」

サイードは驚きながら答えた。

「過ぎ行く時の中で、もはや書の解読ができるものは誰もいなかった。王も引き継いだ書を守るだけとなっていた。私は前王に請われ賢者の書の解読を進めていたんだ。」

「全てを解読できたんですか。」

「いいや。まだだ。王が崩御される前から宰相として働いてきたし、それに時間があると思っていたんでね・・。」

「そうですか。解読できた範囲でどんな内容なのか、教えてくれませんか。」

エルマーはにっこりと頷いた。

「この書は君が望むような魔法の書ではないだろう。国の政治のあり方や人心掌握の知恵、季節や気候についての分析、歴史上の人物像の解釈など様々なことが書かれている。」

「へえ。為政者のための書のようですね。」

「そうかもしれないな。魔法と言えるものとしては、人物や物の価値を鑑定できる術式が記載されていた。」

「鑑定魔法ですね。」

「知っているのか。」

「ええ。実は僕が初めて覚えた魔法なんです。父が亡くなる前に僕に託した古い本の中に書かれていました。賢者の書とは違って、便利な魔法を集めてまとめたような本でした。ゼルフォニア文字で書かれていたので読むのに2年もかかりました。うちの田舎にはそういった遺物がいくつかあったんです。ただその価値がわかる人は残念ながらいませんでした。父も受け継いだ古い本だから大事にしていたというだけでしたし。」

「そうか。」

「これからは時間もありますし、賢者の書を最後まで解読していただけますか。」

「そうだな。そうさせてもらう。」

「それから、エルームの大事なメンバーのこともお話ししたいと思います。」


エルマーは続ける。

「ウバシュは先ほどお話ししましたが、僕と最初に出会った仲間で、強い魔法の力を持つエルフです。出自はわかりませんが、これからの冒険の中で手がかりを探したいと思っています。そしてメリッサは格闘家です。武術に優れていて、戦いの中で冷静に判断ができる強みがあります。リゲルはオオカミ族である獣人とのハーフなのですが、どうやら魔族のクオーターでもあります。メリッサもリゲルも旅の中で出会いました。」

「魔族か。」


 魔族は北の大陸に住む種族で身体能力や魔力が人間よりかなり高いと言われている。サイードが目にするのは初めてだった。

「俺は魔剣士なんだ。」

リゲルが得意げに言った。

「リゲルは伝説の魔剣であるエクスカリバーの使い手なんです。」

「エクスカリバーも実在しているのか。」

「そうですよ。エクスカリバーも古代の遺物の一つです。神話や伝説もないがしろにできません。」

エルマーは微笑んだ。

「一応、僕がこのエルームのリーダーなんです。今の所チームの資金にも余裕がありますし、次の目的地も決まっていないので、しばらくはのんびりしましょう。」


 その後、飛空挺はノアの領土をでた東にある大平原近くの崖の下に着陸した。 

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