第2話 みちのくへ

空想時代小説


 無事、龍安寺を抜けた佐助は、鞍馬にいた。真田大八さまと守り役の我妻佐渡と三井景国が旅支度で出かけるところであった。大八は、この時10才。寺に入り坊主になる予定が、落ち武者となりみちのくへ。まるで義経のごとくである。

 佐助は我妻佐渡と会い、今までの経緯を報告し、柳生におそわれたことで、大八さまもねらわれると判断し、陰ながら警護することになった。遺髪と脇差しを、大八さまに直接渡したいと申し出たが、まだ早いということで、仙台領に入るまで佐助が持っていることとなった。


 みちのくへの道は主に中山道を通ることとした。途中、真田の庄に寄り仲間と合流する手はずであった。途中、関所の詮議がきびしいところは佐助が情報を集め、時には山越えをする時もあった。大八は子どもであったが、幼少のころから山のある場所で育ったので、歩くのは苦ではないようだ。九度山にいた時も、部落内は自由に動けたので、食料調達などでの山を駆け回っていた。それがよかったのかもしれない。 

 中津川の宿でのこと。宿に泊まっていた時に、お宿あらためがあった。

「宿改めである。手形を見せられよ」

「これでござる」

と言って、我妻佐渡は偽の手形を出した。松本の石川数正の配下の臣下で寺修行をしていた庶子を迎えにきたということが書かれている。

「その子の名前は?」

「松田清右ヱ門と申されます」

「そなたに聞いているわけではない。その子に聞いておる」

我妻佐渡は、大八がまともに応えられるか不安だった。

「寺での名前は?」

「・・・三休といいます」

寺では修行中だったので、名前はなかった。しかし、大八は知り合いの小坊主の名前を出した。

「松本にいる父はどんな方か?」

「小さき時までしか松本にはおらず、母といっしょでしたので、よく覚えておりませぬ」

「このお二人とは以前からのお知り合いか?」

「・・・」

大八は悩んだ。九度山にいた時からの知り合いなので、知っていると言えば、先ほどの返答とは違ってくる。

「いえ、寺に迎えにくるまで、知りませんでした」

「ほう? 初めて会う家来筋についてくるのは不安ではありませんでしたか」

「いえ、住職のすすめもあり、自分の運命と思いました」

「うむ、小さき童なのに、しっかりした考え。感服いたす。気をつけて旅を続けられよ」

と言って、手形を差し戻した。しかし、その目には(疑いは晴れておらぬぞ)という眼光がありありだった。佐渡は、次の関所で厳しい詮議にあいそうだと覚悟し、佐助に山越えの道を案内するように伝えた。


 真田の庄まで、もうじきの砥石で大八一行は徳川方の忍びの集団に襲われた。真田の庄に入る落ち武者をねらっている集団で、真田信繁の次男とわかっていたわけではないようだ。3対10の戦い。と言っても一人は10才の子ども。実質2対10。まさに不利な状況。二人で大八を囲むようにして、敵の攻撃を防いでいる。

「若、じじから離れるでないぞ。景国、反対側を頼む」

「引き受けた」

 敵は円陣を組みながら、じわじわと迫ってくる。スキを見せたら、そこにかかってくる算段である。子ども連れなので、子どもが動けばスキができると考えているのだろう。大八は、子ども用の刀を握りしめ、佐渡の後ろに隠れている。決して逃げようとはしないのはさすが真田の息子と言える。

 もう少しで、集団がおそいかかろうとする時に、一人がバタッと倒れた。背中に矢が刺さっている。円陣の集団は崩れ、矢がとんできた方に身構える。そこに2の矢、3の矢が飛んでくる。忍びの面々は、たくみにかわし、森へ逃げ込んでいった。忍びは命をかけてまで戦う必要を感じていない。いかにして緒戦で優位に立ち、勝てると思う戦いだけをすることを本務としている。そういう命を受けており、負けそうな戦いは退くのである。

 そこに、佐助と5名ほどの草の者(真田の忍びでふだんは百姓をしている)が現れた。

「おそかったな佐助」

「もうしわけない。草の者をもっと集めたかったのですが・・・」

「上々、敵をやっつけるより、大八さまを守るのが本筋。その方たちもよくきてくれた」

「ははっ」

 大八一行は、佐助たちの護衛で真田の庄の長谷(ちょうこく)寺に入った。長谷寺は真田家の菩提寺で、大八の祖々父真田幸隆と祖父真田昌幸の墓がある。昌幸は九度山にも墓があり、こちらは分骨したものである。大八を知る者はほとんどいないが、佐渡と景国の知り合いは多く、その日はしばらくぶりの酒盛りとなった。

 翌日、大八一行は朝もやの中、旅立った。今度は影として佐助以外にも数名ついている。

 行程は中山道を避け、岩櫃(いわびつ)から沼田を抜け、会津を経由して仙台領に入るという山道ルートである。しかし、真田ゆかりのところを通るので、休憩や食事には困らなかった。

 仙台領に入ったのは、もうじき冬になろうというころだった。雪が降る前について何よりだった。

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