4.みだらしだんご(岐阜)
夏の風物詩
その日以降、陽汰が行き過ぎた濃い味を欲しがることはなくなった。どうやら、脂身を過剰に摂取しなくても良くなったらしい。
以前から彼にリクエストされていた、脂身の多いカルビ焼肉を夕食の献立にしてみたのだけど、特別な反応を見せることなく普通に食べている。陽汰にとっての「普通」なので、豪快に頬張っておかわりもしている状況なのだけれども。
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【今日の夕食】
・ごはん(白米)
・カルビ焼肉
・焼野菜(ピーマン、かぼちゃ、玉ねぎ)
・ピリ辛たたききゅうり
・ふわふわ卵とわかめのスープ
※ごはんとスープはおかわり自由です
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カルビは焼くと脂がじゅわじゅわとしみ出て、濃いめのタレと絡んで最高にごはんが進む。焼いている香りだけでもごはんが食べられそうなくらいだ。
メインとして申し分ないカルビだけど、焼野菜もみずみずしくておいしい。朝市で手に入れた新鮮な野菜ばかりなので、自信を持って社員たちに提供できる。
「脂身が沁みる~~! とか、もう言わないんだ?」
カルビを頬張る陽太に、結野が茶々を入れた。
「十分、沁みてますよ。脂身も、それ以外も。何食べてもめちゃくちゃ美味しいし」
焼野菜のピーマンを口に運びながら、陽汰が反応する。
「俺はマジで助かったよ。さすがに行き過ぎたこってりは苦しくなる齢だからさ」
貫井が、たたききゅうりを食べながら言う。胃をさすって「もたれるんだよ」というアピールも欠かさない。
「そんなこと言ってますけど、貫井さん。さっき脂身の多いカルビがつがつ食べてたじゃないですか」
陽汰が隣の貫井をちらりと見ながら、冷ややかに指摘する。
彼が意見した通り、貫井はカルビをおいしそうに食べていた。「やっぱり焼肉はハラミよりカルビだよな」とウキウキしながら頬張っていたのを、千影も聞き逃していない。
「まぁまぁ。とにかく、陽汰が元気になって良かったよ」
輪切りになった玉ねぎを解くように、端から食べていく結野が仲裁しながら微笑む。
「なんで急に元気になったんだ? そもそも本当に落ち込んでたのか?」
スープをすすりながら訝しむ貫井に、陽汰がわずかに反応する。
顔を上げて、千影のほうを見た。千影も彼らに注目していたので、バチリと目が合った。
その瞬間、バッと陽汰が顔を逸らした。明後日の方向を見たり、天井のほうを向いたり。あちこちに視線を彷徨わせている。
明らかに挙動不審になった陽汰を見て、ふたりは怪訝な顔になった。
「おい、何だ? 蚊でも飛んでんのか?」
貫井も陽汰と同じように、きょろきょろと辺りを見回した。
「え、嫌だなぁ」
のんびりとした声で、結野は視線だけちらちらと動かす。
千影はすかさず玄関脇の物置スペースへ行き、蚊取り線香の準備をする。昔ながらの渦巻き型だけど、匂いは発生しないタイプだ。まだ食事中の社員たちもいるけれど、これなら問題なく使用できる。
「千影ちゃんありがとう……って、なんかすごい時代を感じるね」
蚊取り線香を眺めながら、結野が言う。
「渦巻がですか? でもこれ、匂いが出ないように改良されていて、実は最先端なんです」
商品の箱に記載された「匂いが出ません」と記載された部分を結野に見せながら、千影が答える。
「そういえば、あの独特の匂いがしないな。これで効いてるのか」
貫井が鼻をクンクンさせる。そうやら蚊取り線香の効果を疑っているらしい。
「渦巻きというか、ブタの形をしているところが……なんとも昭和なテイストというか」
結野は器のことを言っていたらしい。ブタが大きく口を開けた陶器製。結野が言う通り、なんとも懐かしさを感じる。
「たしかに、ザ・昭和って感じだな。俺は昭和を知らないが」
頷きながら、貫井が念押しするみたいに「昭和を知らない」に力を込める。
「夏の風物詩って感じがして、私は良いと思います。陽汰さんも、そう思いませんか?」
話を振ると、弾かれたように陽汰がこちらを見る。
「え? あ、うん……いや、そうですね」
はっきりしない返答をしながら、またしてもオタオタと不可解な行動に出る。
「お前、何か赤くなってないか? 蚊に刺さされ……いや、そんなに広範囲で赤くなることはないな。日焼けか? 日に焼けると赤くなるタイプだったのか?」
貫井の言葉を聞いて初めて、陽汰の首から顔に朱がさしていることに気づいた。
「赤くなるタイプだから色白なんですね、陽汰さんは」
なるほど、と思いながら千影は納得した。陽汰は苦笑いしている。
「貫井さんと千影さん、どんだけ鈍感なんですか。……いや、鈍感でよかったです」
ため息を吐きながら、小声で陽汰が言う。貫井はよく聞き取れなかったようだ。「なんか言ったか?」と首をかしげている。
「俺は貫井さんみたいに鈍感じゃないよ。これでも一応、物書きだし」
ふふん、と結野が得意気な顔を見せる。
陽汰は結野から顔を背けながら「勘弁してください」と言っている。いきなりどうしたのだろう。いつの間にか会話に置いて行かれた感のある千影だったが、どうやら陽汰が本調子に戻ったことは確からしいと知って安堵する。
杉野館で暮らす社員たちの健康を食で担っているという自負のある千影にとっては、なかなかにハードは日々だった。こってり濃い味と健康は両立が難しい。ようやく肩の荷が下りるな、と千影はほっとした。
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