第10話 ぬちゃ、ぬちゃ…


近づいてくる。


単に虫が飛んだ音なら良かったけど、ビニールぶくろにメスカブトの羽がぶつかる音がしてしまったから、人工音だと思ったはずだ。


真っ黒おじさんとのきょりは初めから10メートルもなかった。動いたら絶対にバレる。動けなかった。


うすく空気を吸って、心ぞうが体全体をゆらしそうになって、頭がしびれた。


おれは目をつむって、顔を伏せた。かくれんぼでも目が合ってバレることが多い。


見つかったら殺されるんだから、少しでもバレない可能性を上げた方がいい。


足音が聞こえる。


ぬちゃ、ぬちゃ、ぬちゃ


地面がぬかるんでいるから、そういう音が鳴る。不気味だった。


ぬちゃ、ぬちゃ…


音が止んだ。


おれは神にいのった。カゼをひいた時以外でいのることはそんなにないけど、この時は本気でいのった。


神様!お願いです!どうか見つからないようにしてください!助かるんなら、もう虫とり出来なくてもいいです!


ぬちゃ、ぬちゃ、ぬちゃ、ぬちゃ…


足音がしなくなった。


おれは、おそるおそる目を開けた。



目の前に真っ黒おじさんの顔があった。

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