第24話
「待てよ明宏!」
大輔がその後を慌てて追いかけた。
「佳奈、大丈夫?」
春香が背中をさすってくれて、目の奥がジンッと熱くなった。
泣かないように唇をかみしめていたのに、シカいがグニャリと歪んでしまった。
地面にポタポタと黒いシミがついていく。
自分がしたことは間違っているんだろうか。
友人たちを助けるために、それほど仲良くないクラスメートを差し出す方がよかったんだろうか。
少なくても明宏にとってはそっちのほうがよかったんだろう。
そうすることで、美樹を助けることができたかもしれないのだから。
でも、でも、私は……。
そんなことをしても慎也が喜ぶとは思わなかった。
慎也ならきっと、やめてくれと言うと思った。
「帰ろう」
春香に背中を擦られながら佳奈はゆっくりと歩き出したのだった。
☆☆☆
帰宅してからの4人は険悪なムードに包まれていた。
明宏は客室に入ったまま出てこない。
大輔が部屋の外から声をかけても返事はなかった。
「こんな状態じゃ今夜どうなるかわからないね」
リビングで膝を抱えて床に座り込んでいた春香がつぶやく。
大輔が小さな声で「あぁ」とだけ返事をした。
「……ごめん、私のせいで」
「佳奈のせいじゃないってば。正直明宏の気持ちもわかるし、佳奈の気持ちもわかるよ」
春香の心もまた宙ぶらりんだった。
明宏の提案に賛成したものの、ハッキリと割り切ることができていたわけじゃない。
正直佳奈がお守りを奪い返してくれてよかったと思っている自分もいる。
きっと、この世界に正解なんてないから。
それからはほとんど会話もなく、気がつくと夜になっていた。
男子女子でかわれてそれぞれの部屋に向かう。
「寝たくないな」
隣の布団で佳奈が呟いた。
「そうだね」
眠ればまた夢を見る。
今度は誰の番なのか。
次はちゃんと探し出すことができるのか。
そしていったいいつまでこれは続いていくのか。
果てしない苦痛が始まってしまう。
それでも2人は強い眠気に引きずられるようにして、眠りについたのだった。
佳奈は夢の中にいた。
いつもの家が見えたとき、まだ終わらないのだと悟る。
だけどこれは自分が決めたことでもあった。
最後までやり通す。
その上で全員で助かるんだ。
握りこぶしを作って家の中へと足を踏み入れた。
グニャグニャと歪む空間にメマイが起きそうに鳴るが、両足を踏ん張って一番奥のドアを開ける。
中央の布団を見た瞬間、その体が明宏であることが理解できた。
無意識のうちに大きく息を吸い込んでいた。
どうしても昼間の出来事を思い出してしまう。
帰宅してからの明宏は、1度も佳奈と視線をあわせなかった。
佳奈は苦しそうな表情を浮かべて、明宏の体を見下ろしたのだった。
☆☆☆
朝目が覚めると春香も起きていて、男子が使っている客間から大輔の低い悲鳴が聞こえてきた。
かけつけると、そこには明宏の首のない体が横たわっている。
「今日は大輔しか男手がないよ」
それぞれの武器を手に外へ出たとき、後ろから春香が佳奈に声をかけた。
佳奈は一瞬振り返り、すぐに前を歩く大輔に視線を戻した。
「仕方ないよ。私達が頑張るしかない」
大輔の傷はまだ完治していない。
また縫合が破れて出血することになったら、今度こそどうなるかわからないかもしれない。
大輔はやる気まんまんの様子だけれど、無理をさせることはできなかった。
「来たぞ!」
その途端、前を歩いていた大輔が叫んで立ち止まった。
見ると道の奥に黒い化け物が4体うごめいているのが見えた。
いきなり4体も!
今の状況で4体と戦うのは無謀だった。
けれど大輔はスコップをいつでも振り下ろせる状態で待機している。
「大輔、下がって!」
佳奈は叫ぶと同時に大輔の前に出た。
そしてポシェットの中から爆竹を取り出す。
大量の黒い化け物に同時に襲われたときのために、昼間ついでに買い足してきたのだ。
その全てに火をつけたとき、瞬きの速度で化け物が接近してきていた。
刃物になった手を振り上げたのと、佳奈が爆竹を投げるのは同時だった。
「走って!」
佳奈が方向転換して駆け出す。
2人もそれに続いた。
後方で爆竹が爆発する音が鳴り響く。
途中で振り返った見ると黒い化け物たちはその音にひるんで立ち止まっている。
そのすきに佳奈たちは路地を曲がって走り続けた。
黒い化け物たちはホロい路地へは入ってこられない。
だから、このまま路地を抜けて地蔵へと向かうつもりだ。
少しでも足を緩めたら後方から化け物に首を来られそうな気がして、足を緩めることができない。
焦りと恐怖心に突き動かされて地蔵まではあっという間に到着してしまった。
全身で呼吸をしながら地蔵に近づいてく。
地面には点々と黒い足跡が残っていて、佳奈は思わず笑顔になった。
最近ではこの足跡が消えるペースも早くなってきていた、でも今日は大丈夫そうだ。
「これ、昨日と同じ場所へ向かってないか?」
足跡をたどりながら大輔がつぶやく。
そう言えばそうかもしれない。
「でも、地蔵を拠点として動いているから、そんなものじゃないかな?」
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