第4話

「ここを探すの?」



森の入口まで来て美樹が思わず声を上げた。



そこは山に近い大きさのある森で、月明かりもほとんど届かない暗闇だ。



「今までだってこういう場所を探してきただろ」



「そうだけど……」



スマホで足元を照らしながら一歩一歩森の中を進んでいく。



足元はぬかるんでいて、一歩踏み出すごとに腐葉土から腐った水がジワリと滲み出し、運動靴を汚す。



「慎也、どこにいるの!?」



返事などしないとわかっていながらも佳奈は声をかけずには居られなかった。



こんな暗くてジメジメとした場所に慎也の首がポツンと置かれているなんて、耐えられなかった。



早く見つけなきゃ。



早く、慎也の首を見つけなきゃ!



その気持だけで悪い足元を歩いていく。



少しでも丸みのある岩を見つけるとすぐに近づいて確認した。



しかし、そのどれもが苔の生えた岩で、慎也の首ではなかった。



「どうしよう、見つからない……」



森に入ってもうどれくらい時間がたっただろう?



暗い中では時間経過もわからない。



空を見上げても見えるのは木々の葉と、その向こうに微かに見えている藍色の空だけだ。



もしかしたら地平線ではすでに太陽が見えているんじゃないだろうか。



焦る気持ちとは裏腹に水をすった靴は動きにくさを増していた。



おまけに腐葉土がない場所は泥が蓄積していて、それが靴にへばりついて来て邪魔をする。



こんなに首が探しにくかったことは今までなかったかもしれない。



焦る気持ちが佳奈の足元にまとわりつき、何度も転んで服はすでに泥だらけだ。



「慎也、お願い返事をして!」



木々の隙間から白い光が差し込み始めたのを見て佳奈は叫んだ。



心臓が早鐘を打って痛いほどだ。



「どこにいるの!?」



佳奈の声が虚しく森の中に消えていく。



それでも懸命に地面にはいつくばるようにして首を探していたとき、不意に佳奈の視界に黒い影がうつった。



ずっと下を向いていた佳奈の、すぐ目の前にソレがある。



ドクンッと1度大きく心臓が跳ねた。



森の中では人の影は隠れてしまう。



それなのにクッキリと見える影。



この、影はまさか……。



緊張でドクンッドクンッと心臓が脈打つ。



声を上げたいけれど声がでない。



ゆっくりと視線を持ち上げていったとき、真っ黒なソレと目が会った気がした。



黒い化け物はジッと佳奈のことを見下ろしている。



「キャアアア!!」



やっとの思いで悲鳴がほとばしった。



咄嗟に立ち上がって逃げ出そうとするけれど、ぬかるんで立ち上がる前に大勢を崩してしまった。



黒い化け物が刃物になった手を振り上げるのが見えた。



殺される……!



立ち上がることも逃げることも間に合わず、佳奈はギュッとフルーツナイフの柄を握りしめた。



得意の護身術も、こんなに足場の悪い場所では使いこなすことができない。



今自分を守るものは、このナイフしかなかった。



それでも相手の手とは比べ物にならないくらい短いものだ。



運良くこれで刃を受け止めることができたとしても、次々と攻撃を交わすことは不可能だ。



黒い化け物が手を振り下ろしたその瞬間だった。



ザッ! と音がして明宏が目の前に立った。



バッドを振り上げて化け物めがけて振り下ろす。



佳奈はその様子を呆然として見つめていた。



男子3人の中では一番喧嘩とは縁遠い明宏が、必死になって黒い化け物と対峙している。



「佳奈、逃げろ!」



明宏に言われてようやく我にかえった。



慌てて立ち上がり、すぐにナイフを握り直す。



逃げろと言われてもここで逃げられるわけもない。



佳奈は明宏に視線を奪われている黒い化け物の背後に回り込んだ。



化け物の背中を見たのはこれが初めてだった。



真っ黒で、背中が曲がっていなければ後ろか前かもわからない姿をしている。



佳奈はグッと奥歯を噛み締めて両手でナイフを強く握った。



黒い化け物が再び手を振り上げる。



そして振り下ろされるより先に、その背中にナイフを突き刺していた。



黒い化け物が大きく体をのけぞらせる。



そのすきに明宏が大勢を立て直し、更にバッドで化け物の腹部を殴りつけていた。



前方からと後方からの攻撃に黒い化け物はその場に膝をついた。



それでもまだ油断はできない。



黒い化け物は一見弱そうに見えるけれど、何度も立ち上がってしつこく攻撃を仕掛けてくる。



佳奈と明宏はうずくまった黒い化け物へと攻撃を続けた。



相手が少しも動かなくなるまで、徹底的にだ。



「2人とも、もう大丈夫だよ」



必死に攻撃を繰り返していたので、美樹に声をかけられるまで我を忘れてしまっていた。



ふと気がつくと黒い化け物はピクリとも動かずに倒れている。



佳奈は体で深呼吸をして自分を落ち着かせた。



全身から汗が吹き出していて、服が肌に張り付いている。



「首を探さなきゃ」



額に流れてくる汗を手の甲で拭い、再び首の捜索に戻ったのだった。


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