第5話

「もう時間がない……」



スマホで時間を確認して佳奈が焦りの声を漏らす。



黒い化け物を退治することに時間を取られてしまって、日の出まであと30分しか残されていなかった。



「まだ30分もあるよ。きっと大丈夫だから」



美樹が声をかけてくれても佳奈にその声は届かなかった。



焦りが胸の中を渦巻いていて、一体自分がどこを探しているのかもわからなくなってくる。



もしかしたらさっきから何度も同じ場所を繰り返し探しているのではないだろうかと、不安になってきた。



「おい、嘘だろ」



時間が差し迫っている状況で明宏の絶望的な声が聞こえてきた。



なにかあったのかと振り向くと、明宏の視線は森の入口へと向けられていた。



そこには2体の黒い化け物がユラユラと揺れながらこちらへ近づいてくるとことだったのだ。



佳奈は目を見開いてそれを見つめた。



さっき1体倒すだけでも手こずったのに、2体同時に相手になんてできるはずがない。



それでも化け物たちは容赦なく近づいてくる。



距離を詰めることが得意な化け物だ。



佳奈は腰をかがめてナイフを力強く握りしめた。



一瞬で間合いを詰められるから、今から攻撃態勢に入っていないと間に合わない。



明宏は2人をかばうように立ち、両手でバッドを握りしめた。



その姿は当初よりも少し様になっているように見えた。



「明宏」



美樹が心配そうに声をかける。



その手には佳奈と同じようなナイフが握りしめられている。



「大丈夫。絶対に守るから」



その言葉に美樹は黙り込んだ。



不安そうに瞳を揺らしながらも目の前の自分の彼氏に誇らしさを感じている。



と、その瞬間だった。



さっきまで森の入口にいた黒い化け物のうち1体が明宏の目の前に移動した。



まばたきの速度で移動してきた化け物は、そのままの勢いで明宏に攻撃をしかける。



明宏はどうにかバッドを振りかぶって、刃物になっている腕を振り払う。



反撃された化け物は更に逆側の腕を振りかぶって攻撃する。



明宏はまだバッドを振った衝撃でふらついている。



いけない!



咄嗟に動いていたのは美樹だった。



美樹は身をかがめた状態で明宏の前へ出ると、黒い化け物の足にナイフを突き刺したのだ。



明宏の上半身ばかりを狙っていた黒い化け物は不意をつかれてのけぞった。



「いいぞ美樹!」



明宏はその間に大勢を立て直して、もう1度バッドを握り直した。



そして思いっきり振りかぶる。



ゴッ! と鈍い音がして黒い化け物が倒れ込んだ。



それでも今回はこれで終わりではない。



もう1体の黒い化け物がすぐ前方まで迫ってきているのだ。



自分の仲間が攻撃されたことを理解しているのか「グェェェ!」と、今まで聞いたことのない奇声を放つと、手当たりしだいに攻撃をしかけてきた。



刃物になった手を空中で振り回す度にブンブンと風を切る音がする。



「一旦逃げろ!」



明宏が攻撃から身をかわすために中腰になって叫んだ。



3人が背中を向けて逃げ出しても黒い化け物は手当たりしだいに攻撃を続けた。



刃物になったては草や枝をいとも簡単に切り落としていく。



そしてそれは太い幹に突き刺さった。



これで動きが止まるのではないかと期待したが、ギギギッと音がして木がきしんだ。



「嘘だろ。木1本切り倒せるのか」



明宏が青ざめる。



幸い木が倒れるところまではいかなかったが、斜めになった状態で他の木に支えられている。



「ダメだ。森から逃げよう!」



「でも、まだ首が……!」



佳奈が叫んだときだった。



不意に木々の隙間が明るくなった。



ハッと息を止めて3人同時に空を見上げる。



さっきまで暗かった世界が明るくなり始めている。



化け物の方へ視線を向けると、その姿は霧のように霧散していった。



「化け物が消えた……」



美樹が小さな声で呟いた。



そして……「太陽だ」明宏の絶望的な声が聞こえてきた。



太陽が出て、朝日が木々の間から差し込んできた。



それは一本の筋となって佳奈のもとに降り注ぐ。



佳奈が愕然としてその眩しさを見つめる。



朝が、来た……。



「やだ……まだダメ! まだ慎也の首が見つかってないんだから!」



空へ向けて叫ぶ佳奈の目からはボロボロと涙がこぼれだしていた。



気持ちはまだまだ慎也の首を見つけるつもりでいるのに、心が何かを察知して先に涙を流し始めたように、止まらない。



「お願いやめて!」



空へ両手を突き出して太陽光を自分から遠ざけようとする。



まるで、そうすることで少しでも夜が長引くと信じているかのように。



しかし時間は止まらない。



森の中は薄明かりに照らされて、鳥の声が聞こえてくる。



この世界には鳥もネコもいないはずなのに。



と、途端に道路からバイク音が聞こえてきて3人は大きく目を見開いた。



互いに目を見交わせて森から出ると郵便配達員がバイクで朝刊を配達している。



それはごく普通の日常風景だった。



「嘘でしょ」



佳奈はその場に座り込んでしまいそうになるのを必死に我慢した。



油断すると足から崩れ落ちてしまいそうだ。



「大輔たちと合流しよう」



明宏が早足であるき出す。



「大丈夫?」

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