私と私以外と芸術よ、交わらずに溶け込んで欲しいの、ねぇお願い
吾輩は藪の中
第1話
朝の7時に鳴るアラームは、私と世界とイデアが、鼻唄をお互いに聞き合う儀式をする為の合図だった。
私は、平和への祈りを込めた唄を。
世界は、自らの欲を叶える唄を。
イデアは、美しさを追究する唄を。
普通であれば、人生を支える物が無くなり、その
なんて、子供のような思考を巡らせたまま、私は
ゆっくりと、儀式の大元となったそれを、終了させていく。
今にも頭を
「あぁそういえば、昨日の川でした散歩……気持ち良かったな」
私の
例えば、月曜は森林浴、火曜は神社での
日替わりランチのようなので、私は時折これを、日替わりツブヤキと呼んでいる。
それに、生きる事も産まれる事も実は大した意味も無いと仮定するのなら、呟きに対して意味を持たせる事も逆に良い事ではないのだろうか。
ちなみにだけれども、私は生きていたいし、産まれた事も後悔したくない。
生きた事も産まれた事も後悔する暇がないってくらい、充実した時間も、日々も送りたい。
それらを後悔するというのは、他人任せで社会的任せで、自分以外の世界任せな価値観――他人の決めたレールを滑走して生きているからじゃないのだろうか。
それならその価値観から外れて生きていたい。
私は私。
世界は世界。
イデアはイデア。
そんなの全て別よ。
誰かが決めた枠組みだけにとらわれず、私の価値観のレールも合わせながら人生を滑走するのが私の夢。
死んでなんていられないわ。
「今日はなんだか、やけに自己的なのね私。本当は利己的なはずなんだけどなぁ、大丈夫かしら」
そう言っていると、けたたましい音がスマートフォンから鳴り響いた。アラームを消し忘れていたのかと思ったけど、そうではなかった。
セミの鳴き声に混ざって飛び出していた音は、着信音だったのである。
電話を掛けてきた相手は、友人の『
「もしもし、
「あたしは咲です、今日のデートのお相手は?」
「
「まだまだ彼氏も出来ないようだね。いっその事、一緒にお見合いでもする?」
「やだなぁもう、私こと『
カラスの鳴き声と羽ばたきの音を聞きながら、私は携帯片手に、コップに水を入れた。
「あんたのそういう所、色んな意味で尊敬するわ。なんでそんな自己肯定感高いの〜? あたしには出来ないなぁそんなアートは」
「咲ちゃん、私は自己肯定感が高いんじゃなくて、矛盾を見ていたくないだけ。自分の評価を下げたくないのに、無理して自分は良くないって思うのは嫌なの」
「でも未来はさ、他人の前だと私なんて〜っていうよね」
「あぁでも、私自身がまだまだ
「それ言うといじめられるもん〜怖いよねぇ!」
「まぁ、いじめをする人っていうか怒ってる人って、相手を従わせたいという感情が見え隠れしてる所あるし、そこまで気にする必要はないと思うんだけどね」
そう言いながら咲ちゃんにうがいの
「え、怒る人って相手の為にそれするんじゃないの?」
よく聞く、
咲ちゃんのこういう姿勢が、私にとって愛おしくてたまらなかった。
「諸説あると思うよ。そういう風に断定してる人もいれば、そうじゃない人もいる。あ、そうそう。後ね、怒る人は
「えぇっとぉ〜、運気?」
「
「まるであたしらが毎朝してるこの電話みたいだね。ちな占いは6位。なんか微妙」
「私との電話が奮起なら、さっきの奮起と咲ちゃんのそれは敵対関係になっちゃうのが悲しいな。でもとても嬉しいと思ったから、きっと咲ちゃんの今日の運勢は1位並だよ」
うがいや顔洗いも終えた私は、
「ありがとありがと……って、さっきのとあたしのが違うってどゆこと? 悪と正義?」
「人によってはそうかもしれない。というか、怒ってる人の持つ奮起って、自分はそんな間違った価値観を持ってない正しい人間なんだ、だからいじめられてる側は間違ってる、の押し付けらしいんだよ」
「え、それ相当マジヤバじゃない?」
「そうそう。だからぶっちゃけちゃえば、怒ってる人の奮起は悪側だと思われてもおかしくないって感じになってると思うんだ」
仕事着に乱れが無いか確認しながら、お腹より少し上まで伸びた黒の後ろ髪を縛り上げる。
「なるほどね〜。あたしも怒るの気を付けよ〜」
「え〜? 咲ちゃんが怒る時って、他人に起こった原因への支配と、その他人は間違ってないし正しいんだという奮起で出来た、利己的な物じゃないかな」
「え、さっきの話と全然違うじゃん」
「私にとって物事は、一面的じゃなくて多角的に見える物だからさ。じゃないと、理不尽を見ることになっちゃうから」
「ふ〜ん。よく分かんないけど、そういう事にしとく」
「ふふ、なら良かった。朝からお話してくれてありがとねっ」
「んーん。その……毎日あたしが、未来の声聞きたいだけだから、逆にありがとうね」
「あぁ可愛いぃぃ好きぃ」
「やめて、あたしらに彼氏出来ない理由めっちゃ丸分かりすぎるから」
「それでも、彼氏出来ない私を咲ちゃんのせいにした事もないし、それが理由だとしても咲ちゃんも私自身もおかしいと思った事なんてないよ」
「……へへ。そうだね、だってあたしたち」
「他人は他人。自分は自分。元から違う人を比べた所で自分は変わらない」
「違うからこそ生まれる良さに、リスペクトを抱こう」
「何かを変えたければ自分を変えるべし、2人合わせてその名も――〈一輪の一方通行〉」
「割とダサいけど、あたしは好き」
「同じく私も。それじゃあ……仕事に行ってくるね」
「うんっ! 頑張ってね、いってらっしゃーい」
「はぁ〜い」
通話の切れる音がした。電話を終わらせるのは、いつも咲ちゃんからだった。
理由は至って簡単で、私が切ると寂しくなり、もう一度掛け直したくなるからである。
恵まれた友人を持ったなぁと、
「それじゃあ、家を出るかぁ」
私の1日のイントロは、この音から始まる。
そして軽快な低音が鳴り響き、ダンスをしたくなるような鼻唄を響かせたくなるのだ。
「……わぁ」
扉を開ければ、それはそれはとても綺麗な朝日が
「まぶしいぃ〜」
朝日を含む世界は、今日もギラギラとした鼻唄を響かせている。
まるで高みを目指すように、少し悪そうなロックを奏でていた。
今日の調子は、とても良さそうだ。
そうすると生じてくる疑問が1つある。それは、私の鼻唄の調子がなんだか良くないという事だった。
何故だろう、今でも私は幸せだし、体も健康だ。どうしてだろうか。
まさか、実は私って私が思うより鈍感で
いや、愚鈍は言い過ぎね。愚鈍に謝るべきだし、本当は愚鈍な人なんて実はいないし。
愚鈍さん、ごめんなさい。私は大真面目に思っているわ。
でも愚鈍を繰り返してると、なんだかうどんが食べたくなってくるわね。
これも愚鈍さんに失礼かしら、出来れば笑って微笑んで欲しいわ、だって愚鈍さんは、マリア様なのかもしれないんだから。
良い所だけじゃなくて、ダメな所も好きになって、初めて本当の美しさ――イデアが見えてくると私は信じてる。
「あ、仕事といえば、あの資料持ってきてたっけ…………ん?」
カバンの中身を調べた私は、そこで全ての謎が解けて、
「あぁ、もう私ったらいけない。急がなきゃ」
2階から1階へと降りていくその様は、まるで軽やかなダンスを踊るような物だった。
私の鼻唄は、ダンスを表現出来ていたのである。
世界もどこか嬉しそうだわ。
そしてきっと、朝食の買い物を済ませた私はこう思うの――。
「――今日…………
涼しい部屋で食べるうどんは、きっといつもよりも、温かいんだろうな。
私と私以外と芸術よ、交わらずに溶け込んで欲しいの、ねぇお願い 吾輩は藪の中 @amshsf
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