10



「……」


 目の前で嫌な笑顔を見せながら、マーゴット巡査長はレオナードの顔を見ずに話を続ける。それはこの街に集まったギャングと、マフィアの壮絶な抗争と呆気ないほどの逆転劇の結末。



 ――半年前までこの街は夜は勿論、昼ですら家から出るには集団で出歩かなければいけない程、そこら中で銃の発砲音や断末魔のような叫び声が聴こえていた。殆どは街の若いストリートギャング達だったが、彼らは所謂マフィアとギャングの代理兵隊達。当時の市長や警察署長達は、その2つの組織から裏金を貰っているために見て見ぬふりを決め込み、街はほぼ無法地帯とかしていた。そんな中、その2つの組織よりは小さく、だがあるブロックだけでは、絶大な力を持っていた華僑かきょうのチャイニーズマフィアが、一人のイタリア系マフィアと揉めたことで、事態は急展開する。チャイニーズマフィアのおさがその裏の力を活かし、この州の知事の首をすげ替えたのである。そうしてこの州に赴任してきた知事が始めに行った事、それは各街の市長選挙と警察機構の刷新だった――。


「……本来なら2つの組織が潰れてもおかしくない状況だった。にも関わらず、後ろ盾をなくしたのはイタリア系マフィアだけ。そして彼らの一斉取締と規制によって、奴らはほぼ壊滅状態に陥った。トッテリア・ファミリーのドン達は、相次いでこの街から姿を消して行き、中でも超武闘派の急先鋒だった、セヴィリオ・バンチェッタは数名の幹部とともにいち早く逃走。現在もその行方は連邦捜査局FBIですら掴めていないと来たもんだ」


「……素晴らしい弁舌だな、よく回る舌だ。本題は何時頃になる?」

「ハハハ! アメリカ人ってのは陽気に話して良いんだぜ? あぁ、君はだったか。これは済まない」


 その言葉が出た瞬間、場の気温が冷え込む。レオナードは相変わらず静かな笑みを浮かべているが、その目は一段と鋭利になって怪しく光る。流石のマーゴットも少しお遊びが過ぎたかと「ふぅ……」と一段落つけると声のトーンを幾分か下げ、初めて彼の顔を見て話し始めた。


「――、覚えているか」

「……ロッカールーム? トッテリアが潰したのことか?」

「そうだ。アンタ達の「ブツ」を預かった所さ」

「……それが何だと――」

「そこから更に掠めた連中の居場所が割れたぜ」


 そこまで聞いて初めて、巡査長の顔をまじまじと見詰める。ロッカールームと言えば、そもそも抗争の発端となったヘロインを、セヴィリオの息子が預けた場所だ。預かり屋自体はその信用問題もあって、引換証がなければ絶対に物を渡さない。なのにどこから聞いたのか、それをたった二人のチンピラ共がまんまと掻っ攫って姿をくらませた。当然ブチ切れたセヴィリオによってロッカールームは潰されたが、奴らはきちんとそので物を引き取って消えたのだ。情報を聞き、すぐさまジャパニーズに話を聞いてみると、奴らの持っていた引換証はすり替えられた安物のハンドガン。そうして浮かび上がったのが、ハンチングの使っていたサクラのニックと見当がついた。奴の使っていた酒場に向かうと既に店は燃やされていて、俺達はそこから先を追えなかったが、マーゴットの話によるとセヴィリオ達がどうやら追い続けていたらしい。


「先を聞くかい?」


 話の続きを促そうと、目線を彼にぶつけてみれば、彼はそう言ってニヤリと笑う。……上が幾ら変わったとしても、この街にいる奴らはもう駄目だ。こんな下っ端の巡査長までがギャングにに来るなんて。それでもケツはテメェで拭かなきゃならねぇと、100ドル札を数枚テーブルに置く。


「……話せばこれを全部渡す。但しガセだった場合は……わかるな」

「も、もちろんだ。大体俺は上司と仲がいいんだぜ? この話は署長から廻って来た話なんだ」





 浮足立って店を出ていく、クズ野郎の背を見つめながら、レオナードは今しがた聞いた話を頭の中で整理していた。持ち去った人間は二人。一人は案の定ニックで正解だったが、もう一人のジェイムスと言う人間がよく分からない。聞けばニックとは酒場でよくつるんでいたらしいが、仕事仲間ではないという。何故こんな大事になる話に首を突っ込んだんだ? それとも何か大金が必要なほど切羽詰まっていたのか、それとも大物に伝手が……。


 巡査長が店を出た直後に、手下の二人が飛び込むようにレオナードの傍に駆けつけるが、そんな事にすら気が付かない程に、テーブルの上に置かれたコーヒーカップを見つめて、一人思案にふけっていた。




~・~・~・~・~・~




 派手な赤い車はそのビルの下で停まると、3人の男がそれぞれに降車する。後部席に乗った男が最初に降りて周りを見回した後、天井部をノックして運転席から一人、そして最後に歩道沿いの助手席ドアが開くと、ハットを目深に被った男が俯き加減に現れた。その男を挟むように二人が寄り添い、足早に歩道を横切って、そのままビルに入ろうとドアの手前に辿り着いた時、初めて3人はその気配に気がついた。



 ――ようニック。





 街の中心部から車で2時間ほど移動した先には、広大な草原が広がっている。そこは元々、実り溢れる小麦畑が見渡す限りに広がっていた。都市計画の煽りを受けて、土地の所有者もここを売って都市部に移り住んだが、哀しい事に、ハイウェイの沿線から外れてしまったこの場所は、今や見晴らす限りの雑草が生えた唯の草原に変わり果ててしまった。


 そんな見捨てられた草原の中には、元の持ち主が居た住居が廃墟として残っている。そこに場違いな程、綺麗な車が3台停まっている。1台は大柄のキャデラック、真っ黒な新型フォード。そして真っ赤で派手な車。




 廃墟のリビングであっただろう場所、そこら中の床は抜け、家具は全て朽ちているのかボロボロに破れた壁紙と一緒になって部屋の隅で既にオブジェと化している。そんな部屋の中央で3人は別々に木製の椅子に縛り付けられていた。衣服は全て脱がされ、足は開いて椅子の両端に括られている。腰掛け部の中央部分は外されて、彼らの一物は椅子の下で所在なさげに揺れていた。既に何度か暴行されたのだろう、唇は切れ、目は腫れ上がっていて鼻血が出たまま。血と泥と汗にまみれて疲弊しているのか、3人は既に息が荒い。


「まさかお前達が二手に分かれていやがったとはな。……どうして奴をにした?」


 対面にはどこから運び込まれたのか、豪奢な一人掛けの革張りソファが置かれ、革靴の埃を気にして小さなオットマンに足を上げたセヴィリオが、葉巻の煙を多く吐き出しながら聞いている。彼の左後ろには側近の手下が一人、3人の側にはスーツのジャケットを脱いだ男が2人、手には短いなめし革の鞭を携え立っていた。


「ドンがお尋ねだ!」


 一人の男がそう言うと、短いその鞭を座った椅子の下部から上に、跳ね上げるように打ち据える。パン! と破砕するような音が響くと同時、打たれた男、ニックは悶絶しながら喚き悲鳴を上げた。


「ガァァァァァァ! アァァ……や、やめてくれ、は、話す、話すから」


 男のシンボルをしたたかに打ち据えられ、身動きも取れず、もんどり打つことさえ出来ない状況で、堪らずそう言うと、許しを請うように話し始めたニック。


 ――それは彼にとっての復讐とも言える話だった。


「ジェイムスとはあの街で出会ったんだ。お互い、大戦後の引き揚げ組だったが、地元でうまく仕事にありつけず、結局フラフラと流れた、流れ者同士の唯の飲み仲間だった……」


 ――お互いまともな仕事もできないチンピラ崩れで、愚痴を言い合っていくうちに妙にウマがあった。場末の安酒を出す酒場だ、次また会えるかなんて保証もない。そんなクズ同士が傷の舐め合いをしていた時、大戦の話になったんだよ。奴は新兵の頃に、ある島に逃げ込んだイエロージャップを探す部隊に配属され、そこで同期の黒人と一緒に夜間哨戒をしていたらしい。林のそばまで来た時、二人はいつの間にか距離が離れていたらしく、黒人の声に振り返った時、ジャップが飛びかかってきて、背中に大きな傷を作ったそうだ。そうして傷病兵となり、黒人の遺体と供に後方へと送られた……。


「……一体何の話をしているんだお前は?」


 突然昔話を始めるニックに、局部が潰れて気でも触れたかと思ったセヴィリオが口を挟むと、それまで俯きながら話していたニックが、突然かっと目を見開いてこちらにまっすぐ目線を合わせて話を続けた。


「その時一緒に移送された遺体は……俺の弟だったんだ! 綺麗に切断された首と、身体中が蜂の巣にされた胴体、聞けば銃創は全て味方による乱射のために開けられたものだった……。あの時、ジェイムスの野郎は言ったんだ! 突然の敵襲で慌てたアイツは、叫びながら持った機関銃を乱射したと……。戦死したことは許せないが仕方ない、戦争だからな。だが、同胞を盾のように扱い、銃を撃ちまくる必要がどこにあるんだ?! 確かにその時点で、首をはねられた弟は死んでいただろうさ! でも、だからと言ってそんな事がゆるされるのか?!」


 激しく慟哭しながらニックは言う。その言葉に圧倒されたセヴィリオ達も、その剣幕につい呆気に取られてしまったが「ふぅ」と一息ついて落ち着きを取り戻す。


「……成る程、つまりはその弟にされた屈辱を晴らすためにという事か」

「そうだ。アンタ達が見つけられるよう、奴がいる街でわざわざ物をバラ撒いたのも、そう言った事情からさ。……結局、俺達のほうが先に見つかっちまったけどな」

「いや、ジャック達なら見つけてちゃんとマークしているさ。ただ、奴らが物を捌いていなかったんでな。そこにテメェらがあんな派手な登場してくれたんだよ」

「……はは、そうかい。結局ミスったのは俺たちの方って訳か」


 ニックは自分の書いていたシナリオが全て、セヴィリオ達に看破されたことに気がつくと、乾いた笑いを溢して俯いた。朽ちた床に幾つか水滴が同時に落ちたが、乾いた床にすぐに吸い込まれ、暗がりの中それは誰にも気づかれない。


「安心しな。此処から先のシナリオは俺がちゃんと進めてやる。お前らはそれを先に行って遠くから見とけば良い」


 そう言ってセヴィリオは立ち上がり、懐にしまったハンドガンを取り出して、3人に向かって歩き始めた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る