06
その小さな町についたのは夜が明けてすぐの事だった。
駅前にあるロータリーのバスストップをぐるりと見回し、人の
「……よう相棒! 久しぶりだな」
倉庫の暗がりから現れたニックはそういうと、手を広げて倉庫の中へと招き入れてくれる。片手を上げて「久しぶりだ」と応えて促されるまま彼の後についていくと、奥にはプレハブ小屋が在り、そこには見慣れた連中がこちらを見ていた。
◆ ◆ ◆
「――その車が現れたのは1週間前で間違いないのか?」
「……確約はできないが、そうらしい。ダイナーに出入りしているトラックドライバーのダンが見かけたそうだ」
「1週間前……か。ならそろそろ――」
「何かあったのか?」
再会の挨拶もそこそこに、早速と本題を持ち出した俺を横においたまま、ニックは他の連中と何やら話し始める。気になって話の途中で口を挟むと、ニックは周りの連中の口を一旦留めるように手を上げて、俺の方に視線をあわせて話し出した。
「……相棒、話の前に申し訳ないんだが、ヤサのほうは――」
「問題ない。既に手は打った。彼女には手荷物だけ持って移動する準備をさせている」
俺の返答に「……そうか」と言ったニックは徐ろに他の連中に目配せすると、一人はプレハブのドア前に立ち窓を見張る、もう一人は奥に並んだロッカーからボストンバッグを引っ張り出した。ずっしりと重そうなそれを俺たちの座る応接セットに持ってくると、センターに置かれたローテーブルにそれをドサリと置く。
「――これは?」
かなりの重量感を持って置かれたそのバッグに、一瞬「金」が詰まっているのかと想像したが、ニックがそのジッパーを開くと中からは想像していたものとは全く違うものが現れる。
「……かなり苦労したぜ、ここまでの加工するのはよ」
そう言いながら、バッグの中身を一袋引っ張り出して俺に手渡す。それは大きな袋の中にアルミホイルで棒状に包まれた物が、幾つも詰められたものだった。
「……もしかして」
「あぁ、そうさ。あの「物」のままじゃぁ足がつくからな。ギリギリまで混ぜ物をして、商品化したものがこれだ。……苦労したぜ、このダニエルが薬局に知り合いが居なきゃせっかくの物がパァになる処だったからな」
傍らに座った痩せぎすな男の肩を叩きながらニックは自慢気に話す、しかし肩を叩かれたダニエルという男の顔は暗いまま。気になってその事を聞こうとしたところで、ダニエルが絞り出すように話しだした。
「……商品化が出来たのが2週間前、その3日後に店が燃やされた。恐らく店の誰かが漏らしたんだろう」
それだけ言うとダニエルは目からポロポロ涙を溢し、堪えきれなくなったのか嗚咽を漏らしてテーブルを叩く。ニックはダニエルの肩を掴んだまま「必ず報いは受けさせる! だから今は耐えるんだ! この物さえ捌ければ、次は俺たちの番だ!」と叫ぶ。その声に驚いたのか、ドア横に立っていた男が慌ててこちらを振り返るが、ダニエルとニックの様子を見て叫んだ意味が分かったのか、ふぅと小さく息を吐いて目線を窓の向こうへと戻した。
「――じゃぁ、やはりそこから漏れて……」
二人の様子で大体の察しはつく。確実にその漏らした人間経由でその筋に情報が渡ったと言う事なんだろう。そして芋づる式に俺たちの居場所がバレていったと……。
~・~・~・~・~・~
ハンチングがいつも出入りしていたバーは今夜も開店している。ドアを潜れば大柄の禿げ上がった頭をしたマスターが、彫られたタトゥーを見せつけるようにでかい腕を袖まくりにして出迎えてくれるが、今夜は少し勝手が違う。バーの入り口には黒光りした大柄の新型フォードが2台停車しており、その車の後ろには一際どでかいキャデラックが車道にまではみ出して店を囲むように鎮座している。揃いのスーツに手袋をはめた男たちが物々しく通りを見張り、対面側を通って行く者にすら睨みを効かせていた。
「な、なぁドン=セヴィリオ、この
「トマス! ……なぁトマス、俺がこの街に来て何年商売してきた?」
カウンターの向こうに立っているこの店のマスター、トーマス・ニコルソンは対面のカウンターに肘をついた男、セヴィリオ・バンチェッタにそう言われて額から流れる脂汗が一段と増える。この街はマフィアやギャングが多種多様に存在し、その手は司法や、国家権力までにも届いている。そんな腐ったゴミ溜めのような街で、一二を争うほどの古株がこのトッテリア・ファミリーなのだ。メディスン・ファミリーと言う移民系ギャングは別の州に居た連中が分家して流れて出来ただけの寄せ集めなのに対し、こいつらはそのファミリー丸ごとがこの地に来て興したマフィア。地廻りの小さなギャング連中は山程いるが、その殆どが今やその2つに吸収されている。そんな中で今回の大きな抗争は最も酷い事になってしまった。何しろ、メディスンのトップであった、ジャック・ボールドウィンが射殺されてしまったのだ。お陰で今メディスンファミリーはかなり浮足立っている。下手をすればこの街の勢力図が一気に書き換わってしまうかも知れない。そしてその大きな功績をなしたのが今目の前で質問をしてきたトッテリア・ファミリーで、超武闘派の急先鋒セヴィリオ・パンチェッタなのである。彼の機嫌が少しでも悪い方に傾けば、指先の合図一つでこの店ごと綺麗サッパリ無くなってしまう。
「――わ、分かってるさ、俺達がここで商売出来ているのはあんたらのお陰だって」
「……」
「だ、だからさっきも言ったように、ジェイムスって野郎の事はただのチンピラだとしか――がっ!」
そこまで彼が口にした瞬間、開いた口に鉄の塊がねじ込まれる。撃鉄は既に引かれた状態で、トリガーには人差し指が近づいていた。
「このハンドガンはな、息子が19になった記念に俺が贈った物だ。カスタムを加え、前モデルの木製グリップまで拵えてある。街で手に入るようなチャチなもんじゃねぇ! 全て職人に一から部品を厳選させて造ったイタリアの心が込められたガンだ。……見えるか? ここに彫ってある文字が。読めるか?」
ねじ込んだガンの側面が見えるようにセルヴィオはガンではなく、トーマスの髪を掴んでぐいと押し込むように
――ガァーン!
カウンターの後ろに並んだ酒瓶に鮮血と肉片が飛び散り、幾本かの瓶は肉片の重みで地面に落ち、割れてしまう。全ての感覚を失ったトーマスだった大柄の肉の塊は重力の法則によってその場でまっすぐ身体を地に落とそうとし、流石のセヴィリオもその重量は手に負えなかったのか、ドチャと言う嫌な音をカウンターに響かせた後、そのまま倒れて見えなくなった。
「……俺の話をきちんと聞けよ。……聞いたのはこの街で俺が何年商売してきたかって事だろうが」
カウンターの向こうに消えたトーマスに視線を送ることもせず独り言のように話し、ハンドガンを取り出したハンカチーフで綺麗に拭き上げていく。店の中にはセヴィリオの手下が5人。……残っている客は4人。
「なぁ、ハンチング、俺とオメェの仲だ。聴きたい答えを持っているだろう?」
スタンド席の一番奥、ハンチング帽を目深に被った男は暑くもないのに額から汗を流し、咥えた煙草を灰皿に押し付ける。
――北だ。
その日、ダウンタウンの隅にあった小さな酒場はそこに居た全ての客ごと街から消えて無くなってしまった。
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