04



 ――それは街外れにあった。


 元は軍需工場の一つであった一帯を、軍の払下げによりかなりの低予算で買い叩いた工業組合が、街に散らばっていた小さな工場を纏め、工場団地と倉庫街として生まれ変わらせたのも束の間、それまで力の大きかった労働組合と雇用者組織のぶつかり合いの末、大規模なストライキへと発展。ここ最近のマフィアとギャングの抗争続きの余波も受け、バタバタと連鎖倒産する工場が出るようになった結果、至る所に廃墟と化した工場や、使われることのなくなった倉庫が点在している。



「……まさか、こんなでかい倉庫をに出来る程にまでなっていたとはな」


 倉庫内に作られたプレハブ小屋の中、ダークでピッチリとしたスリーピースのスーツを着込み、顎には綺麗に切り揃えられた髭を蓄え、ポマードで髪をオールバックにした男が、ピカピカに磨かれた革靴のトゥキャップを、ハンカチーフで拭き上げながら話している。応接セットのテーブルに放り投げた足を組み替えると、もう片方の靴の先にも息を吹きかける。


「……」


 カウンターの向こうから引っ張り出してきた木製の椅子に縛り付けられ、猿轡をはめられた男は既に上半身裸でそこら中に痣が出来ている。かなり長い時間拷問されたのか、口からはよだれと血が混じった粘性の有る液体がダラダラと溢れている。髪は乱れ、既に抵抗する気も失せたのか、目は虚ろでただ床をぼうっと見つめていた。


「それで、誰からこのを受け取ったのかはわかったのか?」


 ソファに座った男が、椅子にくくりつけられた男を見つめながらそう聞くと、椅子の側に立つ一人が返事をする。


「……ニックと言う、タタキをやっていたチンピラだそうです。ハイウェイの受け取り所に二人組で現れたそうで」

「ニック……あぁ、仲介屋のハンチングの所に居たアレか。――だとすると、ジャポネも絡んでいるのか?」


 報告を聞いた男、トッテリア・ファミリーの幹部、セヴィリオ・バンチェッタはニックの事を思い出すと同時、揉め事の原因となったヤクザ達の事も思い出す。現在主に揉めているのはメディスン・ファミリーとだが、自分の息子に手を下したのはそのヤクザの下っ端連中だと聞いていた。そこでそいつらを渡せと話をつけに行ったのが今回の抗争の火種でも有り、大義名分の一つでもあった。そうしてメディスンと事を構えることになったのは既定路線だったが、思わぬ誤算が生じた。息子が万が一の為にと「ロッカールーム」に荷を預けたら、「引換証」ごと「ブツ」が煙のように消えていたのだ。このままではセヴィリオとしてもファミリーを動かしてもらったドン=アンドレアス・セルベッキオに申し開きが出来なくなってしまう。息子の仇討ちだけの為に全面戦争になったとは、とてもじゃないが言えないのだ。メディスン・ファミリーがのために手に入れるはずだった証拠の「ヘロイン」をなんとしてでも奴らより先に手に入れなければならないのだ。




「……二人組と言ったな? もう一人は?」




~・~・~・~・~・~



 ニックとジェイムスが街を離れてから、既に1年半が過ぎていた。


 あの日二人は荷物を受け取り、その足で街を出立。ハイウェイを一路北進し、まんまと州を抜けた。その後2つの街を素通りし、ニックの知り合いが住むと言う、小さな町のモーテルへと転がり込んだ。1週間ほどをそのモーテルを拠点とし、ニックは知り合い達と連絡を取り合い、潜伏先や仕事の斡旋などをしてもらった。ジェイムスもニックと行動を共にし、彼らの仕事を手伝ったりなどある程度の協力関係を続けてはいたが、仕事で出掛けた先のとあるダイナーで、まさかの再会を果たしていた。



「……まさか君がこの街で働いているなんてな」

「そう言う貴方こそ……顔も見せずに勝手に居なくなったじゃない」



 ――そこに居たのはかつての恋人、シェリーだった。


 彼女が言うには大戦時、部隊が向かった島では激戦状態が続いていた。当時、部隊全滅や壊滅等と言った誤情報がラジオの放送でよく流れていたと言う。その時彼が所属していたのはとある陸軍の部隊だったが、人の出入りが激しい戦時、所属部隊の再編成など、派兵先ではしょっちゅうだ。そんな話の流れで彼女も彼の部隊が消息不明の報を聞き、ジェイムスは死んだと誤解したらしい。



「……そんな時に支えてくれたのよ、彼が」



 ――別に言い訳が聞きたいわけじゃなかった。なのにそこから彼女は、聞きたくもないその優男の話を聞かせてくれる。


 いわく、その男は俺が出征した後にあの街に流れてきた流れ者。出逢った当時、職業が分からなかったが羽振りがよく、彼女の勤めていたキャバレーに毎日のように訪れては花を贈ってくれたと言う。服装にしてもきちんとスーツを着こなし、靴は土埃一つ見当たらないほどに磨き込まれていた。


 そんな男が自分の身の上話を聞いてくれたから……。


 

 そんな常套手段にのか――。


 聞いた瞬間に溢れたのはそんな感想と、思わず零れそうになった乾いた笑いだった。


 確かに俺たちの暮らした街は都会から見れば田舎だったろう。だがそれでもオフィス街はあったし、ホワイトカラーも存在していた。だからそんな奴らは五万と見てきたはずだったのに。……あぁ、当時は戦争一色だったから。等と自分に言い聞かせ、真面目な顔をして彼女の独白を聞き続ける。


「……でもそれは、私を堕とすための手段でしか無かったわ。私は彼にとってのアクセサリーの一つでしか……。付き合ってすぐに分かったの、彼の本当の職業が。あの街の都市部に存在したマフィアの元幹部の息子。元っていうのはその幹部が既に殺されていたから。……彼は身を隠すためにあの街へと流れてきていただけだった」


 つくづくそう言った連中と縁があるものだなと頭の痛くなる思いがした。そこからはお決まりのパターンで、なにかの集まりや違法賭博の場に連れ回されと、嫌な思いばかりしたと愚痴を聞かされ、そんな折に俺が生きてこの国に戻った事を風の噂で聞いたらしい。結局その男とは1年ほど付き合った後、奴が追われて街から消えて居なくなったそうだ。


「――そのすぐ後に、あの街に別のギャングが顔を利かせるようになった。多分、潰されたんだと思うわ。それで、私も面倒事になるのは嫌だったから、あの街を出たのよ。親が居るわけでもないしね」


 そう言って、彼女は自分の話は終わったと俺の顔を見つめてくる。……親が居ない。確かに彼女も思い出してみれば孤児だった。ただ彼女の場合は孤児院育ちだった分だけマシだったが。


「そうか。俺は――」


 彼女のリクエストに応えるようにして、俺はかい摘んであの街に戻ってからのことを話した。戻った時に君を見かけたこと、その時に居た男と結婚していると聞かされた事など、彼女は「結婚なんてしてないわよ!」等と抗議したが、俺は確かにそう聞いたと言い、フラフラと流れて、今は仕事の途中でたまたまこの街に来たことを話した。


「……そうなんだ。じゃぁ――」

「相棒、話し込んでいるところ、悪いが」


 すぐ後ろに来たニックが、申し訳無さそうに言葉を挟んでくる。俺が振り向き「あぁ、分かった」と応え「じゃぁ」とシェリーに声を掛けると、彼女はテーブルに置かれたナプキンを一枚取り、胸に刺したペンで何かを書きなぐると「今のアパートメント」と言って俺に握らせた。



◆  ◆  ◆



「……あの女に惚れたのか?」


 車に乗り込んだ途端、ニヤついた顔を隠そうともせずにそう聞いてくる。「唯の幼馴染だ」と答えると、「彼女の目線はそんなもんじゃなかったけどな」と言って、懐から新しいタバコを取り出し、オイルライターの火を点ける。


「――そろそろ金に変えようかと思うんだが、どう思う?」


 吸い込んだ紫煙を吐き出し、窓の外を流し見ながらニックがボソリと言ってくる。その言葉に一瞬ゾクリと背中が粟立ったが、あの街を離れてまだ2年も経っていないことを思い出して伝えると、彼は深く紫煙を吸い込んでから、ゆっくりと目を細めながら話し始めた。


「……確かにあの日からまだ1年半程度だ。だけどお前も知っているだろう? 新聞にデカデカとメディスンファミリーのドン、ジェイコブズが殺されたって載ってたじゃねぇか。トッテリアにしてもそうだ、どうやら内輪揉めを起こしてるらしい、イタリアンマフィアの内部分裂ってのは骨肉の争いになるって話だ。何しろファミリー、家族や親戚同士で揉めるんだからな。そんな事になってる今なら……。いや、今だからこそ、このドサクサに紛れてさっさと「物」を金に変えちまったほうが、身動きも取りやすいってもんじゃねぇか?」

「……身動き?」


 その言葉に若干の違和感を覚えた俺が鸚鵡返おうむがえしにその文言を発すると、奴はまたにやりと口角を歪ませて紫煙を口と鼻から垂れ流し、言葉を継いできた。



 ――あの女の住所貰ってたじゃねぇか。

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