第34話

 長谷部尚樹はマッスルフェアリーに指名されたが、彼は腕を前にして構えていた。戦うつもりなのだろうか。


「暴力はいけませんよ。僕と戦うなんて、筋トレこそ、マッチョイムズ。ここでは筋トレで挑戦してもらいます」

「挑戦?」


 俺は素朴な疑問を投げかけてみた。けれども、そのマッスルフェアリーは俺のことを無視し、長谷部尚樹の前に近づいていった。そいつが長谷部尚樹の構えている腕に触れる。


「緊張してるね。リラックス、リラックス」

「お、おまえはモンスターではないんだな?」


 長谷部尚樹が言うと、マッスルフェアリーは不気味な笑い声をあげるのだ。


「ふっふっふ、モンスターなんて低俗な生物ではありません。次元が違うのよ」

「妖精なんじゃないかな」


 俺が言うと、マッスルフェアリーはぎろりと俺のことを睨みつけてきた。


「ノン、ノーマッチョには要はありません。どうやってここに来たのか知らないけど、黙りなさい」


 そう言って、マッスルフェアリーは俺に背中を向けた。長谷部尚樹の体に触れようとするが、彼はマッスルフェアリーと対峙するのに恐れているようだった。


「もっと強くなりたいでしょ。僕と筋肉の宴に行きましょうよ」

「おまえと勝負してなにがあるんだ?」


 長谷部尚樹が言うと、マッスルフェアリーは答えた。


「僕と一緒に鍛えれば、今よりも何倍に強くなる。でもその前に挑戦してもらわないとね。さあ、筋肉を見せてください」


 長谷部尚樹はごくりと固唾を飲む。そして首を振った。


「挑戦するのはリスクが高い。モンスターではないなら、ここから退出したいと思う」

「ふふふ、出口はどこかな?」


 長谷部尚樹は周りを見渡した。トレーニングジムのような部屋に、窓もなければ扉もなかったのだ。


「どこかに出口になるようなアイテムがあるかもしれない」


 俺が言うと、マッスルフェアリーは露骨に嫌な顔を向けてきた。


「そちらは黙りなさいよ」


. それでも、俺はトレーニングエリアの側にあるロッカーに近づき、触れようとした。そのとき、マッスルフェアリーの怒声が聞こえてきた。


「しっと!! 座ってなさい」

「浩太さん、自分が挑戦してみます」


 長谷部尚樹はそう言って、マッスルフェアリーの前に立った。


「それでこそ、マッチョイムズ。さあ、ついてきなさい」


 マッスルフェアリーはそう言って、トレーニングエリアに足を運ぶ。長谷部尚樹はその後ろを付いていった。彼はバーベルに重りを付け足していく。バーベルは床に置いてあり、マッスルフェアリーはどんどん重りを付け足していくのだ。


「デットリフトは知っているね。ただ、これを膝上まで持ち上げるだけだ」


 デットリフトをするバーベルには200キロ近くの重りが加わっていた。


「さてと」


 マッスルフェアリーはそう言って、さらに重りを持った。100キロ近くの重りを付け足し、300キロは超えていたのだ。


「持ち上がらない、と思っているかい?」


 長谷部尚樹は固唾を飲んで、黙り込んでしまった。


「さらに100キロなんだよね。合計400キロのデットリフトだ」

「もし、勝負に負けたらどうなる?」

「安心するのだよ。筋トレに付き合ってもらうだけだから」


 マッスルフェアリーはそう言って、鏡の前に立った。バーベルはしなって、多少曲がっていたが、マッスルフェアリーはぐっと足に力を入れて、デットリフトをしてしまった。彼は鏡の前から離れると、長谷部尚樹を手招きするのだ。


「さあ、君の番だ」


 長谷部尚樹はすぅっと息を吸うと、鏡の前に立った。けれどもバーベルはびくりとも動かず、彼は瞬きを数回して、溜め息を吐いた。


「負けだ。筋トレに付き合うよ」

「さすが、素直だ。じゃあ、これから筋トレをしようか」

「どれくらいするんだ?」

「一千万年かな」


 長谷部尚樹はマッスルフェアリーの発言に言葉を失う。


「そんなの冗談じゃない」


 彼が言うと、マッスルフェアリーは腕を振った。


「約束は約束だから」

「約束をするなら、勝負の前に詳細を言うべきだろうな」

 

 俺が言うと、マッスルフェアリーは近づいてきたのだ。そして、勢いよく手で押してきたのだ。ぐっと重圧がかかり、ロッカーのほうに突き飛ばされた。


「なんと、いう、重量感」


 マッスルフェアリーはそう言って、俺のほうに近づいてきた。俺はロッカーに手をついて、彼の前に歩いていった。俺はマッスルフェアリーと対峙すると、顔を見上げた。


「俺と勝負してないけど」

「君の名前は浩太だったな。浩太、筋トレを一緒にするために、挑戦するかい?」

「尚樹くんの、拘束を解いてもらうけど、約束できるか?」

「約束はしよう。さあ、勝負だね?」


 マッスルフェアリーはそう言って、鏡のほうへと歩いていった。

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