第31話

 父の誕生日に、一家でローストチキンを食べようと言う話になった。


「母さん、肉はあまり食べれないんだが」

 

 母はチラシを眺めながら、何やら呟いている。


「あ、これこれ」


 スマートフォンを取り出し、電話を掛けようとしている。


「母さん」

「筋肉つけないとだめなんですよ」


 母はそう言って、スマートフォンを耳元に近づけた。やり取りをしている間、俺はチラシを眺めていた。1万円近くのローストチキンの絵が並んでいる。


「ケーキのほうがいいんじゃない?」


 俺が言うと、母は薄目になり、ふっと笑ったように見えたのだ。電話の応対が終わると、すまし顔をして何やら語り始めた。


「いくつになっても筋肉なの。ボケもしないし、あんたも若いんだからジムくらい行けば?」

「別にいいけど」

「変ね。素直で面白くない」


 父は呆れたような顔をして、俺の顔を見ると「あれ」と本棚のほうを指差すのだ。そこには健康に関する本が三冊並んでいた。比較的新しい本に見えた。前はそんな本は並んでいなかったからだ。

 長谷部尚樹から電話が掛かってきた。母は電話に出れば、という顔をした。


「なんか、迷惑をかけてしまってすみません」

「いやそんなことはないけど」


 村沢に誘われ、ダンジョン協会の財宝のある部屋に入ってから、変なモンスターに襲撃されたことを言っているのだろう。


「俺が名乗り出たわけだし」


 村沢から誘われた気がするが、ここは彼女を立てておくことにした。


「自分も、筋肉が付ければ、もっと助けになるんですが」


 筋肉。今日は筋肉というワードが多いな。


「ということで、ジムに行きませんか?」


 ということで、ジム? どうして俺もジムに行く話になるのだろうか。


「唐突だね」

「浩太さんって絶対に筋肉の才能があると思うんですよ」

「そうかな」

 

 俺は自分の細い腕を眺める。


「筋肉を付ければ、勝てる戦いもあるかもしれませんし」

「本当にそれだけか?」


 唐突にジムの話になったので、疑いの目を向けるが、長谷部尚樹は電話口で笑い声をあげた。


「何もありませんって」

「本当か?」

「ありません」

「じゃあなんで、唐突に振ってきたんだ」

「すみません」


 電話口で沈黙が流れる。


「ジムに開かずの扉があるんです」


 開かずの扉ってなんだ。


「気になりませんか?」


 長谷部尚樹に言われ、俺は頭の中で開かずの扉が何なのか想像した。幽霊の話になるのか。それとも、筋肉がつけば開かれるロールプレイング系の扉なのだろうか。


「少しだけ気になった」

「でしょう。行ってみませんか」

「え、ジムにだよね?」

「そうです」


 電話口の長谷部尚樹は笑い声をあげ、電話を切った。すぐにインターフォンが押され、玄関の扉の前に長谷部尚樹の精悍な顔が、インターフォンの画面に映っていた。

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