第30話

 羽を生やした男は宙を舞い、飛んでくる円盤を避けていた。村沢が手を挙げると、大男は銃口を下に向けた。


「仕方ない。窮屈で嫌なんだけどな」


 村沢はそう言って持っていたアタッシュケースを開いた。アタッシュケースから黒い物体が現れると、帯の形になる。そして村沢の全身が帯状のもので包まれていくのだ。

 まるで戦隊モノの変身みたいだった。


「すみません」


 大男が謝ると、村沢は手を挙げて親指を上に立てた。彼女はすでに黒い全身タイツに包まれている。彼女が地面を踏みしめると、羽を生やした男の元へと一直線に飛んでいったのだ。


 俺は呆然と村沢を目で追っていた。

 男は村沢を振り払うように、右腕でなぎ払う。村沢は空中で姿勢を変え、足蹴りをした。男の腹部に蹴りが入るが、そいつは村沢の右足を捕まえると、そのまま上空へと飛ぼうとした。高いところから、村沢を地面に叩きつけるつもりだ。男が村沢と共に落下してくる。


「目で追えるのですか?」


 大男が隣にいた。俺は顔を見上げる。イカツイ顔をしていた。鼻は潰れていたし、耳はカリフラワーのようにくしゃくしゃだった。目は細く、顔は大きかった。軍人のような硬派な男だった。

 俺は大男に聞き直す。


「目で追えるって話ですか?」

「そうですね。村沢さんの動きを追っているように見えたので」

「少しだけなら」


 村沢が地面に叩きつけられると、大男は大声をあげた。


「村沢さん」


 そう言いながら、大男は村沢の元へと走り出す。


「村沢さんが、村沢さん」


 繰り返し、彼女の名前を呼ぶが、砂煙が立ち込んで様子は分からなかった。砂煙がすっと消えていくと大男の前に現れたのは吸血鬼のような羽を生やした化物だった。大男は銃をそいつに向けるが、化物は銃の目の前に立ち、撃ってみろと言わんばかりだった。大男は引き金に指をかけて発射させるが、化物はぴくりとも顔を歪めなかった。体は無傷。俺は心剣を召喚し、2人の間に割って入ろうとした。その時だ。


 化物が悲鳴を上げたのだ。化物の後ろに全身タイツがいた。さきほどの落下地点に村沢はいなかった。全身タイツのやつは村沢だったのだ。化物の腹部に村沢の腕が貫通し、化物は紫色の血を大男に向けて吐いていた。


「2人とも油断したね」


 村沢はそう言って腕を引き抜く。化物は地面に崩れ落ち、血反吐を吐きながら倒れた。


「すみません」


 大男が謝ると、村沢は変装を解いた。スーツ姿の村沢に戻る。


「面倒だけど、事後処理をしないとね。空さん電話してくれる?」

「あ、電話ですか」

「まあ、いいわ。私が電話する」


 村沢は電話を取り出すと、どこかに電話をかけ始めた。俺は心剣を引っ込めて2人の側に歩いていく。


「ありがとうございました」


 村沢は頭を下げる俺を一瞥すると、笑顔を作った。でも電話中だから、と口を動かす。


 しばらくして黒いワゴン車が3台、公園の側に停車した。中から出てきたのは迷彩服を着た男達で、一人が懐中電灯を化物の亡骸に向ける。


「すでに死んでいます」

「モノ、死亡確認」


 別の男が言うと、迷彩服の男達はブルーシートを張り、化物は隠された。


 村沢の前に一人の男が立つ。スーツ姿で、不敵な笑みを浮かべていた。ヒルのようなネッチこい顔をしていて、目つきが嫌らしくて嫌悪感を覚えるほどだった。


「ご苦労様でした」


 男が言うと、村沢は男に嫌な顔を向ける。

 

「今度は民間人に犠牲が及ばないように配慮してほしいですね。あら、公園の木まで伐採してしまって。大変配慮にかけますね」

「すみません」

「まあ、いいでしょう。こうして犠牲者...は出なかったわけだし」


 男は俺に目をやると「おや」と声をあげた。


「いつの間かお仲間が増えたみたいですね」

「最近入りまして」

「名前は?」


 男は上目遣いで見てきたが、気持ち悪い印象は変わらなかった。いっそう際立った感じだ。


「藤川浩太ですが」


 俺が名乗ると、男は小さな声で復唱した。


「聞いたことない名前ですね。ダンジョン探索者ではないでしょう?」

「協力者です」


 村沢が言うと、男は訝しげに眉をひそめる。


「本当かな。まあいいでしょう。次はこんな状況にならないように」


 男が立ち去ると、村沢は大きくため息を吐いた。


「今のは誰なんですか?」

「ダンジョン協会のものだよ。西園寺っていう男で、協会の役員の使いみたいな感じだ」

「そんなお偉いさんだったんですか」

「まあ、そうだな」


 村沢はそう言うと地面に座り込んだ。


「藤川さん、巻き込んでしまって済まない」


 村沢はそう言う。俺は気になったことがあるので聞いてみた。


「最初からあの写真に目星をつけていたのはどうしてですか?」

「勘だよ」


 村沢はそう言って笑う。


「いやいや冗談。冗談。あの写真に何も感じなかったんだ。普通の写真が紛れ込んだと思ったんだが、とんだ曰く付きだったね」

「すでに怪物が抜け出した感じですか」

「まあそういう考えもできる」

「そういうことってよくあるんですか?」

「どうだろ聞いたこともないな」


 村沢はそう言うと立ち上がり、ポンポンと土を払った。


「君がやったわけじゃ?」

「僕がですか?」

「いや冗談だよ。冗談、さあ行こうか」


 俺は公園から出ると家に向かった。

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あの世で女神様からスキルをもらっていた @fox9378

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