第26話

 財布を取り出し、名刺を大事にしまうと、注文したティーを飲んだ。村沢が立ち上がるので、俺はごくりとそれを飲み干した。


「行きましょうか」

「どこにですか?」


 俺は村沢の綺麗な顔を見上げる。彼女はゴホンと咳払いをした。


「ダンジョン協会よ」

「ダンジョン協会って、ダンジョンに行くんですか?」


 いきなりの話で困惑していると、村沢は一度椅子に座り直した。


「大丈夫、ダンジョン内ではないわ。だから安心して着いて来て」


 俺は村沢のあとに付いて病院を後にした。敷地内に停まっているタクシーを拾うと、彼女はダンジョン協会まで、と運転手に告げた。


 幹線道路を通り、都心に向かっていると、タクシー運転手が話しかけてきた。


「最近、ダンジョンはどうなんですか?」


 運転手はバックミラー越しに笑顔を見せる。俺に話しかけてきているのだろうか。村沢は運転手の質問に、「うーん」と唸り声を上げた。


「ぼちぼちですね」

「そうですか。一昔前だと、けっこう乗せたもんですが、最近はあまり見かけなかったので、お客さんが珍しくてね」

「そりゃあ、危険が付き物ですから」


 運転手は「あはは」とから笑いをする。俺は気になったので質問してみた。


「ダンジョン協会ってなんですか?」


 これには村沢が答えてくれた。


「ダンジョン協会っていうのはね。ダンジョンのお偉いさんが集って利権や権益を争うところ。ともう一つ。ダンジョン産の宝を保管しているのよ」

「今日はどっちに用があるんですか」

「そりゃあ、お偉方をぶっ飛ばしにいくのよ」


 運転席から笑い声がしたが、冗談と分かっているのだろう。しばらく幹線道路を走っていると、俺はさきほどの話を再度尋ねてみた。


「ダンジョン協会内にある宝の鑑定をすればいいんですか?」


 村沢が答える前に運転手が聞いてきた。


「納得。兄さん、目利きができるわけか」

「そうなりますね」

「それはたいそうなもんだ。でも危険もあるよ」


 運転手が言うとゴホンと村沢が咳払いをする。


「まあ、安心して」


 タクシーは門の前で停車した。ここまでの運賃を払う。タクシーから出ると、俺は第一声にタクシー運転手の話をしようと思った。


「よく話すやつだったな」


 村沢もそう思っていたのか、先に言うと、俺は笑った。


「何を笑っているのよ」

「いえ、別に」


 俺はそう言って敷地内にある建物を遠目に見た。

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