第22話

 裏庭に長谷部尚樹の後ろ姿がある。奥に倉庫があり、その手前に刀を握った男が立っていた。男の傍らには胴体から血を流している男が倒れていた。刀を手にした男からは黒い妖気のようなものが漂っていた。俺は窓を開けると、長谷部尚樹が振り返ったのだ。


「浩太さん」


 名前を呼ばれる。その隙に尚樹が刀で斬られると思ったので、俺はとっさに窓から飛び出した。庭に着地するが、男は何もしてこない。


「ああ、どうするか」


 男はそう言って刀身を片方の手で触れていた。いつ指先を斬ってもおかしくないほどだが、男が刀に慣れているのは一目瞭然だった。


 戦ったら負ける。そんな空気がある。長谷部尚樹を見ると、彼も同じ考えなのだろう。足が武者震いしていたのだ。


「つかぬことを伺いたいのだが、お主らは刀を持たないのだな?」


 俺と長谷部に聞いているのだろうか。


「持ってはいない。けれども」

「そうか。丸腰の人間を斬るほどの者ではない。そちらもないな?」


 俺に聞いているのか。言葉遣いや戦闘慣れしてそうなところ。そして、刀の有り無しを聞くところからして何者かに乗っ取られているのだろう。こいつと戦えば負ける。それはわかっていた。威勢のいいことを考えていた時期もあった。ワクワクするだとか、強者と戦ってみたいとか。けれども実際に目の前に強者がいると、足がすくむものだった。


『ストレス耐性8を取得しました』

『霊感が1上がりました』


 これなんだよな。この音を聞くと、ゲー厶をしているようで、つい調子に乗ってしまうのだ。俺は心剣を呼ぶことにした。


「いつの時代の人間か知らないが、俺は持っている」


 俺は叫ぶ。自らの背中を押すようにして。


「心剣こい」


 青い剣が握られると、男はニヤリと笑ってみせた。


「普通の人間には視えないのだろうな。だが感じる」


 男は剣を片手で持つと、中腰になった。ライオンに睨まれているような錯覚がある。


「浩太さん、戦ったら駄目ですよ」


 長谷部尚樹が俺と男の間に割って入ると、男は容赦なく刀を手にして飛びかかってきた。刀身は男の背後に隠れている。俺は長谷部尚樹の後ろにいて、男から死角となっていた。まるで時間が止まったかのように景色が静止しているのだ。これもストレス耐性のお陰なのだろうか、と考える。


「ウィンド」


 俺は飛びかかってきた男に向かって風を起こした。長谷部尚樹はとっさに横に倒れ込み、視界に刀が飛び込んできた。寸前のところで、刀は振るわれたが届かない。そして右手にある青い剣が刀を振り払う。男は刀を手放し、目の色を変えて意識を失ってしまった。



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