第20話
運転席に座っている男は笑みを浮かべて会釈をしたのだ。路駐してることを詫ているようにも見えた。けれどもこれは盗難車である。俺は立ち止まって考えていると、サイドミラー越しに男と目が合う。鋭い目つきを一瞬で柔らかくする。その手の人なんだ、と俺は感じた。運転席のドアが開く。男は腰を低くした。
「すみません、少ししたら移動します」
ああ、こいつは面倒事を一つでも減らすために低姿勢なのだ。実際のところ、この近所で何かをしている。それは窃盗だろうか。ふと悲鳴のことを思い出す。
「いや、女の人の声を聞きませんでした?」
男は表情を崩さない。笑顔を作ったままだった。これは不気味だった。
「いやあ、カーステレオを聞いていたので」
「なるほど」
俺はそう言って頭を下げると、向かいの長谷部さんの家のインターフォンを押そうとした。そこで、今度は男のほうから声をかけてきたのだ。
「たぶん留守にしてますよ」
「そうでした?」
「ええ、わたくし、〇〇出張所のもので、この地域を回らせて頂いているのですが」
そう言って男は名刺を取り出す。
そこには名前と出張所の名称が書かれていた。鑑定スキルがなければ絶対に信じていただろう。俺はそれでもインターフォンを押した。
後ろから殺気を感じ、振り向くと男は後ろに手を回しているのだ。
「何か?」
「いえ、いらっしゃいますか?」
「わからないです」
長谷部さんの家に侵入しているのだろうか。俺は一旦インターフォンの前から離れる。男は俺に背中を見せないようにして、俺から距離を取りながら回る。
俺はとっさに玄関の扉を開ける。男は怒気をあげた。
「不法侵入じゃねえか」
後ろを振り返ると、男の切羽詰まった顔がある。
「不法侵入ですか?」
男は一気に目つきを変える。
「このたぬき野郎が」
「あなたのほうこそ」
俺がそう言うと、男は体当たりをしてきた。後ろにある手を回し、スタンガンを持っていたのだ。全身に電流が流れる。機械音を聞いた。ストレス耐性と耐久が上昇したのだ。そして地面に倒れ込んで、体が落ち着くのを待った。そして立ち上がる。
「耐久を上げてなかったら、きつかったな」
俺はそう言って起き上がる。男は車の後ろを開けているところだった。男は俺を見ると手に持っていたガムテープを地面に落とした。
「電圧間違えたかな」
「そうだと思います」
男は腕を伸ばして殴りかかってきたのだが、右手で払ってみせる。
「い、いってえ」
男は右腕をぶらんとさせていた。脱臼をしたように見えた。
「長谷部さんの家で何をしているんですか?」
「うちの組織に歯向かったら、ただじゃ済まねえからな」
男はそう言ってスマートフォンを取り出すが、フラフラとなっている右手で操作できない様子。
「ちょっと借りますよ」
「貸すわけねえだろ」
男は俺の腕を強引に払い除ける。
「じゃお腹を」
俺は男の腹に蹴りを入れた。
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