第16話

 美雨さんは地面に倒れ、意識が朦朧としていたが、徐々に目に光が戻っていく。俺は少年の方を確認するが、彼の姿はなかった。すでにその場から立ち去ったようだ。


「危なかった」


 美雨さんが声を上げた。


「大丈夫ですか?」

「はい、少しびっくりしましたが」

 

 美雨さんは立ち上がろうとするが、足に力が入らないのかつんのめってしまう。倒れるところを支えるが、女の人の体にあまり触れたことがなかったので、俺のほうもパニックになるかもしれなかった。ストレス耐性はこういうときに上手く働いてくれないのか。

 しばらく時間が経過し、クラクションの音がした。トンネル内にトラックが停車し、運転手が降りてきたのだ。


「あんさん達、平気か?」


 トラックの運転手は俺の前に回り込み、しゃがみ込んで美雨さんの様子を見た。


「ちょっと貧血みたいで」

「そりゃあ、大変だよ。ここらに病院あったかね」

「あ、救急車は大丈夫です」


 美雨さんはそう言って立ち上がり、跳ねてみせた。


「この通りです」

「そうかい? あんさん達はどこに行くんだ? 途中までなら乗せていってやるよ」


 俺は高尾山口駅の名前を出すと、トラックの運転手は俺と美雨さんを乗せてくれたのだ。道中でヒールのことを思い出したが、美雨さんの体調も戻っていて、運転手と世間話をするほどだった。


「どうして、あのトンネルにいたんだ?」


 運転手はそう言う。


「肝試しに」


 俺が言うとトラックの運転手は不思議そうな顔を向けた。


「肝試しって、ここらの人は誰も使わないのに。とにかく無事で何よりだよ」

「ありがとうございます。送っていただいて助かります」

「そうかい、ありがとう」


 少し間を置いて俺は疑問に思ったことを聞いてみた。


「どうして運転手さんはあのトンネルを」

「さあな」


 運転手はそう言って前方を確認する。


「なんか、人が倒れている気がしたんだよ」


 まあ、偶然だろう。


「霊感あるんですか?」


 美雨さんが尋ねる。


「第六感だね。びびっとつかんじまうのさ」

「なるほど」

「そちらの兄さんは霊感ありそうだね」


 運転手はサイドミラーを見る。そしてふっと笑ってみせた。


「律儀に、乗っていらっしゃる」

「え、何がですか?」

「何でもねえ」


 俺はちらりとミラーを見た。トラックの側面に正座している赤髪の少女がいた。恐らく、運転手は見えているのだろう。けれども話を合わせることにした。


 高尾山口駅から京王線を利用し、俺たちは都心の方へと向かった。流石に疲れているのか、美雨さんは電車内で眠っていた。俺は視線を気にし、緊張感があって眠気は全然来なかった。家に着くと、ベッドの上に座り込む。いつの間にか俺は寝ていたのだが、1時間もしないうちに電話が鳴っていた。


 着信は長谷部尚樹からだった。


「もしもし」


 沈黙が流れる。


「もしもし?」

「あ、浩太さん。聞きましたよ。鬼退治したらしいじゃないですか」


 俺は薄れゆく意識の中で言葉を発した。


「たぶん、気のせいだと思う」

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