第14話
「鬼八神社に祀られている神様が芥神様と言われているんです。だから何かがあっても、芥神様の影響力で悪い幽霊はいないと思うんです」
「そうなんですか」
バスの車内での会話だ。高尾山口からバスに乗り換えて、目的のトンネルに向かっている。
「ちなみに」
美雨さんはバッグからスケッチブックを取り出した。
「スケッチブック」
「はい、絵を描くのが好きで」
「なるほど」
彼女は芥神様の絵を描けるのだという。角を生やした鬼のようだった。
「まるで鬼のようだ」
「だから鬼八神社っていうんです」
「へえ、長谷部さんは勉強してますね」
「好きなんで、あと美雨と呼んでもいいですよ。私も浩太兄さんと呼ぶので」
「美雨さんですか」
「はい」
俺は手汗を服で拭う。バスが鬼八神社前で停車すると、俺と美雨さんはバスを下車した。鬼八神社に先にお参りすることになり、長い階段を上がっていく。
途中で看板が立っていて、芥神様についての記述があった。
日本古来の神様であり、八百万の神の一つにあたる。衰弱した人間を好み、取り憑いてしまう。健康なものが芥神様に触れると、衰弱するまで呪いをかけられてしまうのだ。
鳥居をくぐると、美雨さんは声をあげた。
「ひどい」
神社の建物に黒いマジックで落書きがされているのだ。
「馬鹿って書いてあるね」
美雨さんはハンカチを出して水筒の水を含ませると、ゴシゴシとマジックを拭いていく。木製の柱に書かれた落書きは消えることはなかった。
「あとで神主さんに知らせます」
「それは俺がやるよ」
美雨さんは焦燥した顔を向ける。相変わらず美人な人だった。余計な考えを祓い、俺は鬼八神社の管理者が書かれていないか、辺りを歩いた。電話番号があり、俺はそれをスマホに記録させておく。
美雨さんは元気があまりなくなり、俺は彼女のあとを階段を降りていった。
「トンネル行きますか?」
美雨さんは振り向くと笑顔を見せるのだ。
「行きましょう」
鬼八神社から南に向かうと、小さな山をくり抜いたような暗いトンネルがあった。側に立つと涼しい風が吹いてきて、その冷たさが逆に不気味さを醸し出している。
『霊感が1上がりました』
霊感が1上がり、俺は念のため、索敵をしてみた。
探知した対象は4名。美雨さん。トンネル内部にいる、少し離れた少年。そして奥のほうに禍々しい黒い影がいたのだ。そして俺は頭上を見た。上に薄っすらと気配を感じるのだ。その場に崩れ、足を震わせる。
美雨さんは少年を指差す。
「あそこにいる」
美雨さんは少年の方にむかうと、少年の前で中腰になる。
「大丈夫?」
少年は顔を上げる。普通の少年に見えたが、顔は虚ろだった。生気を吸われているように目に精気を感じられない。美雨さんが少年の額に手を当てる。
「何をしているんですか?」
「きっと芥神様だと思うのです」
「え? あの黒いやつ?」
では、俺の頭上にいる気配は何だろうか。もう一度天井を見上げる。
「もしかして鬼八神社になにかいたずらした?」
美雨さんはそう言った。
「してない。僕じゃない」
少年は明らかに現世の人間だった。トンネルの奥にいるあの、黒い線が美雨さんの言う芥神様だろうか。
「神様なんて、戦える相手じゃないよ」
俺が言うが、美雨さんはトンネルの奥に向かった。
「美雨さん、この子を連れてここから逃げないと」
「その子は動けないの」
俺は少年を見下ろすが、微動だにしなかった。腕を引っ張るが岩に触れているような重さを感じた。
「芥神様、ごめんなさい。許してください」
奥の方から黒い影が迫ってくるのだ。輪郭がうっすらと見え、俺は漏らしそうになった。鬼の形相をした人間がいる。しかも身長が異様に高いのだ。
「美雨さん逃げて」
彼女は振り返らずに芥神様に向かっていく。俺はこんな時に機械音を聞いていた。
『霊感が2上がりました』
そして女の声を聞いた。
「美雨さん」
俺は美雨さんの方に駆け寄るが、芥神様を前にして体が動かなかった。美雨さんを庇うように前に出なければならないと思うが、足が動こうとしない。
女の声が再び聞こえてきた。
芥神様は美雨さんの前に立ち、首を締めようとした。
「上を見なさいよ」
俺は頭上からの声に反応した。そこには赤髪の少女が腕を組んで浮かんでいたのだ。
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