第10話

 椅子に腰掛けると手を両膝の上に置いた。持ってきた林檎は袋のまま消灯台の上にある。看護師は俺の斜向かいに立ち、長谷部淳子さんの様子をうかがっていた。


「しばらく起きていないんですか?」


 看護師は俯きながら答える。


「はい」


 長谷部淳子さんの腕には点滴の針が刺さっていた。起きない理由はさきほどの索敵で調べた幽霊の仕業だろう。除霊師を呼んだほうがいいが、どう切り出せばいいのかわからない。扉がノックされる音がし、扉が開かれた。姿を見せたのは、長身で屈強な男だった。顔付きは勇ましく、肌は日に焼けている。髪は短く、スポーツ青年に見えた。


「どちら様ですか?」


 青年が聞いてきた。俺は立ち上がり一礼をする。


「藤川と言います。向かいの家に住んでいて、林檎をお見舞いに持ってきました」

「あ、どもすみません。私は長谷部尚樹、孫です」

「あ、あのヤンチャだった」

「すみません、よくボールを蹴飛ばしていたやつです」

 

 うちの庭によくボールが飛んできていた。最近は見かけないが路上でボール遊びが許されていた時代はあったのだ。


「大きくなりましたね」

「ええ、まあこんな感じです」


 そう言って長谷部尚樹は屈強な体を少しだけ膨らませる。


「今は、ダンジョンの探索者をしていて、どうしても肉体的に強くならないといけなくて」

「十分に強いですよ」

「そうですか」

「自分も探索者に憧れていて」

「藤川さんも若いので、今からでも遅くないですよ」

「と言っても30ですが」


 長谷部尚樹はから笑いをする。少し沈黙し、俺はおばあちゃんの話題を振ってみることにした。


「どうして入院を?」

「なんか、始めは腰を打っちゃったんですが、入院している間に具合が悪くなってきて、いや看護師さんにはお世話になっておりますが、どういうわけか」


 長谷部尚樹は言葉を濁した。看護師は表情を曇らせている。


「もしかしたらなんですが、ちょっと長谷部さんいいですか?」


 そう言うと看護師は気を利かせて個室部屋から出て行ってくれた。


「俺に心当たりがあって、俺霊感があるんですけど」

「霊感」


 長谷部尚樹は真面目な顔を向けた。


「信じてもらえるかわからないけど」


 俺は急に首を締められたような苦しさを感じた。


『霊感が2上がりました』


 機械音が聞こえ、同時にその場にしゃがみ込む。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫、たぶん幽霊の仕業です」


 ペテン師みたいで信じてくれるかわからないけど、俺はまじで苦しかった。


「信じるも何も、首に手形が」

「まじかよ」


 俺は立ち上がってベッドから離れる。長谷部尚樹は俺とベッドの間に立ち、両手を構えた。


「この手の敵と戦うことはあまりないんですが」


 長谷部尚樹はポケットから袋を取り出して、宙に撒いた。


「塩です」


 俺は小さな声で索敵をした。廊下に気配はなく、3人の気配を感じた。幽霊と思われるのはベッドの下にいる。塩って本当に効くんだ。


『霊感が1上がりました』


 薄っすらとだが、靄みたいな白い影がベッドの下に潜んでいるのが視えた。


 

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